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短観が映す人手不足の深刻さ~需要急増のインバウンドに「受け皿」はあるのか?~


製造業・非製造業で異なる現状と展望

4月初頭、日銀は公表した全国企業短期経済観測調査(短観、3月調査)はヘッドラインとなる大企業・製造業の景況感を示す業況判断指数(DI)が前回(12月調査)から▲6ポイント悪化の+1となり、5四半期連続で悪化しました。片や、大企業・非製造業は前回比で1ポイント改善の+20となり、4四半期連続で改善を示しました:

過剰な防疫対策から解放されつつある非製造業と減速する海外経済環境に依存しやすい製造業の対照性が浮き彫りになった格好です。しかし、こうした製造業・非製造業の明暗は先行き(3か月後)の景況感の方向感を見ると逆転します。大企業・製造業で+3ポイントと2ポイントの改善が見込まれるのに対し、大企業・非製造業では+15と5ポイントの悪化が見込まれています。製造業に関しては原材料高の一服が改善要因として指摘される一方、非製造業に関しては高止まりする国内物価および人手不足への懸念が悪化要因として先行している模様です:

もっとも、後述するように、原材料高に起因する物価高への問題意識が本当に薄れたのかどうかは断定できません。直感的には原材料高や人手不足など製造業で従前から問題視されている論点がラグを伴って非製造業に降りてきているのが今後の日本経済の展開にも見えます。とすると、先行きが明るいとは言えず、日本全体が減速する予兆を感じ取るべきかもしれません
 
物価高に修正の兆候
パンデミックが発生した2020年以降の過去3年間、企業部門が直面してきたテーマが物価高だったことは間違いないでしょう。これは販売価格判断DIと仕入価格判断DIの動きを見た図表を一瞥すると分かります。確かに、3月調査ではこの点に関して若干の変調が認められます

販売価格判断DIと仕入価格判断DIを見ると、大企業・製造業はそれぞれ+41から+37へ、+66から+60へといずれも幅をもって低下しています。販売価格・仕入価格、いずれのDIに関しても前期比低下は2020年6月以来、11四半期ぶりの動きです。大企業・非製造業について見ても、販売価格判断DIこそ+28ポイントから+29ポイントへ加速が続いているものの、仕入価格判断DIは+53から+48へ5ポイントも低下しています。この低下もやはり11四半期ぶりの動きです。原材料高や各種供給制約が和らいでいることが、ようやく経済の各段階における需要超過の解消に繋がり始めている兆候でしょうか。

当然、需要超過が解消に向かえば、在庫動向にも影響が出てきます。具体的には需要が減っているのならば製商品や流通の在庫は積み上がるでしょう。この点、大企業・製造業の製商品に関し、在庫水準判断DIも流通在庫水準判断DIもそれぞれ+16から+18、+3から+8へといずれも在庫過大へ傾いています。欧米経済の減速(もしくは軽微な後退)がメインシナリオとなる2023年において企業部門の問題意識が物価高から景気減速の瀬戸際に差し掛かっている雰囲気は感じられます。昨年10~12月期の日本の実質GDP成長率が在庫投資のマイナス寄与(すなわち在庫取り崩し)によって顕著に押し下げられていた事実と合わせ見れば、日本企業は手持ちの(過剰な)在庫を解消する局面に入っている可能性があります。それはすなわち景気減速(ないし後退)局面の予兆です。

しかし、冒頭述べたように、非製造業の先行き景況感悪化は原材料高や人手不足など物価高に繋がる論点が意識され始めている結果という可能性もあります。実際、今回の短観で示された「企業の物価見通し」に目をやると、規模や業種を問わず、1年後の物価見通しは前回調査より若干強めの回答が出ている(例えば大企業・製造業であれば+2.3%から+2.4%へ、大企業・非製造業であれば+2.0%から+2.2%へ上方修正されました)。本稿執筆時点では4月2日に石油輸出国機構(OPEC)と非加盟の主要産油国で構成する「OPECプラス」が予想外の協調減産を発表したことで原油価格が急騰しており、現状ではまだ企業部門がインフレ警戒を解くのは難しい状況に思えます:

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR023RY0S3A400C2000000/

 観光産業、需要はあっても供給は不足
今後、日本経済が直面する最大の課題の1つが人手不足であることは論を待たないでしょう(人手不足は賃金上昇に繋がるため、これも広義には物価高の論点となります)。

具体的に雇用人員判断DI(「過剰」-「不足」)の水準を見ると、まず全規模・全産業ベースでは実績が▲31から▲32へ1ポイント悪化し、先行きも▲34へ悪化が見込まれています。日本経済全体として労働供給の制約が強まっている状況は続いてます

業種別に見ればインバウンド需要の受け皿として重要になる宿泊・飲食サービスの状況が非常に深刻であることも浮かび上がります。宿泊・飲食サービスの雇用人員判断DIは実績が▲63から▲67へ4ポイント悪化、先行きも▲70と人手不足の度合いは「全規模・全産業ベースの倍」といった印象です:

このマイナス幅は統計開始以来最大であり、そのほかの産業も概ねマイナスであるものの、頭一つ抜け出た状況と言えます(宿泊・飲食サービスに次いでマイナス幅が大きいのが建設で実績が▲52と前期比横ばいですが、先行きは▲55へ悪化見通しです)。

既に東京・京都・大阪などの中心部を歩けば、外国人観光客数の回復が鮮明に感じられる現状と言えます。関連ニュースは日々事欠きません:

例年4月から7月頃までがインバウンド需要のピークであることを踏まえれば、この回復傾向は4~6月期の日本経済を語る上で明るい材料の1つとして注目されてくるはずです。しかし、上述したような雇用情勢を踏まえると、観光産業では需要の回復に対して供給の修復が追い付いていない状況が懸念されます。昨年末には外国人に人気の高い北海道のリゾート・ニセコが人手不足で満室運営を諦めたという報道が見られましたが、最近では日本の居住者向けに実施されている全国旅行支援に関してもワクチン接種回数の確認など追加的な手間をかける余裕がないため参画を見送ったという宿泊施設のニュースも目にしました:

国内の観光需要ですら手が回らないのだとしたら、追加的に海外から発生する需要については言うまでもないでしょう。元より宿泊・飲食サービス業は外国人労働者に依存する構造で知られていましたが、過去3年にわたる厳格な防疫政策の最中、同業界を退出して他業界へと転換した労働者は相当に多いと推測されます。こうした労働者の多くはもう戻らないでしょう。

さらに、過去1年で見られた歴史的な円安相場もあって外国人労働者が日本で雇用されることの旨味も減退しており、海外からの労働供給も細る状況が窺い知れます。国際収支上、日本にとって貴重な外貨の収益源となる旅行収支ですが、せっかく需要が回復したところで供給の準備が無いという皮肉な構図が今後大きな政策課題として注目されるのではないかと思われます。

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