ワクチン接種開始後の、エンデミックの世界
日本でも、まず医療従事者から新型コロナウイルスワクチンの接種が始まることになった。4月以降をめどに、高齢者への接種も始まる見通しという。
先進国の中では接種開始が遅い方に属するが、世界全体を見れば接種は始まったばかりであり、またワクチンを行き渡らせるには、なお長い年月が必要なのだろうと思われる。
昨年の夏頃の時点であれば、ワクチンがこれほど迅速に一般への接種までこぎ着けられるとは思われていなかったように思う。同時に、ワクチンが完成すれば、新型コロナウイルスにまつわる状況が大きく好転するだろうと多くの人たちが考え期待していたはずなのだが、この記事にあるように、ワクチン接種が始まっても、必ずしも社会状況がコロナ前と同じように元に戻るかと言うと、そうではなさそうだとエコノミスト誌が報じている。
その理由には、記事にあるように人々のワクチンに対する拒否感や効果について懐疑的であることに加えて、ワクチンがウイルスの変異に対しても有効であり続けるかどうか、また1回のワクチン接種による効果がどの程度持続するか、といったことが関係しているという。
新型コロナウイルスの問題は、一時的な爆発的流行である「パンデミック」から、恒常的に人間社会に存在していく「エンデミック」になりそうだ、というのが、この記事の見立てである。
日本に限らず、多くの国の多くの人々が、「パンデミック」が収束し、 コロナ前と同じような生活を送る事を待ち望んでいる。それは私個人としても否定できないところがある。
しかし、新型コロナウイルスとの長く共存していかなければならない「エンデミック」になるのであれば、それに合わせて私たちの生活やビジネスも変化し、エンデミック時代にふさわしい新しい産業が生まれてこなければ、エンデミック下の生活を豊かなものにすることは難しいだろう。
例えばリモートワークについても、既に1年以上、在宅勤務や外出自粛が推奨・要請されながらも、日本の企業はまだ十分に在宅勤務やリモートワークの体制を取りきれておらず、むしろ昨年の緊急事態宣言時とくらべ、オフィス勤務に戻る傾向がみられる、という調査結果もある。こうしたことで、エンデミックの状況を果たしてうまく乗り切れるのか、という疑問が残る。
産業の面でも、例えば交通や宿泊・観光といった産業に関しては、大きく考え方を改めて新しい方策を本腰を入れて考えていくべき時期ではないだろうか。
例えば、モビリティの分野においては「移動」がそもそもエンデミック下において、ビフォーコロナ時の需要が元通りには回復しないことを前提にビジネスを組み立てるだけでなく、いわゆる「密」を避ける移動手段とすることを意識しておかなければならないのだろう。
こうした節目の時代において、 DX(デジタルトランスフォーメーション)が言われているというのは、偶然とはいえ本当に好機かもしれないとも思う。DXを単なるデジタル化と理解するのでは本質を捉えておらず、第4次産業革命に対応したトランスフォーメーション=形質転換の意味での「変態」と捉えるべきで、その捉え方の点で、これまでの多くの日本のケースはDXというよりはデジタル化に留まるものが多いと感じている。
ほぼ全国民にワクチンを行き渡らせる仕組みの構築自体がDXである、というこの記事の捉え方は、行政のDXがどこまで進むか、たとえば省庁横断で迅速な対応がどこまで可能になるか、という課題を指摘している。
そして、既存の産業や企業のDXによる「変態」だけでなく、産業の再編や新産業の創出も求められる。
状況は日々刻々と変化していくので、この先どのようなことが起きるかはわからない。ただ、私たちはこの新型コロナウイルスによる「パンデミック」が「エンデミック」になる可能性を踏まえて、ビジネスや生活の未来、社会のあり方を考えていく時期に来ていると思う。
そしてこのエンデミックを前提にした社会は、単に新型コロナウイルスに対応するだけでなく、他の新たな感染症が発生した場合にも有効な対策にもなるだろう。また、新型コロナウイルスの影響で生まれているプラスの側面にも改めて光を当てていいくことが必要だ。例えばオフィスや人の大都市集中の緩和と地方への移転や移住については、都心オフィス需要の低下は不動産業にとっては深刻な問題であるが、一方で、長らく解決の糸口が見えなかった地方創生にとっては、大きなチャンスが訪れている。
パンデミックが過ぎ去るのを待つのではなく、エンデミック時代にいかにウイルスと共存していくか、という発想に頭を切り替える必要がありそうだ。