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9月ECB政策理事会の読み方~2度目の利下げと3度目以降~

利下げ路線主張も10月は現状維持に
9月のECB政策理事会は市場予想通り、主要政策金利を▲25bpずつ引き下げることを決定しました。この辺り、報道されない部分も大きいように思えるので、掘り下げて解説させて頂こうと思います。ECBは総裁会見のスクリプトが日本時間翌朝にはアップされていますので、こちらをしっかり読み込むことがECBウォッチの基本となります:

確実に減速が予見される域内労働市場に加え、足許の一般物価情勢も減速が確認されていることから、今回の決定自体は元々既定路線と考えられており、市場の反応も穏当なものにとどまっています。

後述するように、域内の経済・金融情勢がスタッフ見通しに沿って推移しているため、ラガルドECB総裁は会見において「decision to cut by 25 basis points was perfectly legitimate and, as I said, unanimously decided(▲25bpの利下げは完璧に正当であり全会一致で決定された)」と述べ、政策運営に対する自信を示しました。

その上で気になる今後の政策運営については興味深い発言もありました。注目されたユーロ圏消費者物価指数(HICP)に関し、ラガルド総裁は「次回発表の9月分こそ鈍化するものの10~12月期は騰勢を強めるが、年明け以降は再び下落に転じるはず」と述べたのです。今後明らかになる10~12月期の強いインフレ指標はあくまで一過性であるため、過剰反応すべきではないというのが政策理事会の本音と見受けられます。

敢えて目先のHICPが不都合な(強い)動きをすることを明かした上で「data dependency does not mean data point dependency(データ依存はデータポイント依存ではない)」と述べており、利下げ期待が後退する展開を押さえようとしている発言は興味深い。それほどの自信があるのでしょう。ちなみに、次回会合である10月17日については「過去のインターバルに比較すれば相対的に短いインターバル(a relatively short period of time compared with other intervals)」とラガルド総裁は表現しておりますので、データ依存を強調するにも時間が十分ではない様子が透けます。10月は現状維持と考えて差し支えないでしょう

ドラギ・レポート
なお、会見では9月9日に公表されたEUの対外競争力改善に関する報告書に対する質問も多く見られました。同報告書は前ECB総裁および前イタリア首相であるマリオ・ドラギ氏が取りまとめていることからドラギ・レポートと呼ばれ公表前から注目されていた欧州委員会の成果物です(作成自体は1年前から決まっていました:

詳しい内容は別の機会に議論させて頂きたいと思いますが(なにより私が読めていませんので・・・400ページあります)、同報告書では米国や中国に劣後するEUの産業競争力を如何に改善するかという問題意識の下、執筆されています。記者からは同報告書に因んで「ドラギ・レポートの提案を実現するために、何らかのかたちで金融政策を調整するつもりがあるか」という質問が飛んでいます。これに対しラガルド総裁は「報告書には、ECB の使命を変更するべきだという示唆は見当たらない」としてほぼ取り合っていません。あくまで報告書が要求するのは「政府が責任を負うことになる多くの重要な構造改革」と述べ、それは「中央銀行の責任ではありませんが、政府の責任です」と重ねて政府の役割を強調しています。

実際、報告書では「EUは年間7500億ユーロから8000億ユーロの追加投資が必要」と述べられており、かつて戦後復興に用いられたマーシャルプランよりも遥かに大きな規模での財政出動を要求しています。ゆえに、一義的には加盟国政府とその執行機関である欧州委員会に矢印が向けられた報告書と言えるでしょう。実際、EUないしユーロ圏の歴史は「政府の失政をECBが尻ぬぐいする」という構図が続いてきたこともあり、ECBとしてはドラギ・レポートに賛同する部分が非常に大きいのではないかと察します。

2025年以降への言質は得られず
このままいけば今年末までは労働市場の減速とHICPの安定は確認されそうですから、12月会合で3度目の利下げに至ることの難易度はさほど高くないと筆者は考えています。会見でもラガルド総裁は「我々の以前の予測が裏付けられ、タイムリーに目標に向かっている。特に 2025 年の間に、インフレ率は我々の 2% 目標に向かって低下する」と述べている。2024年中の利下げ路線は堅く、2025年に入ってからもその歩みは持続可能というのが現在のメインシナリオになるでしょう

政策金利の長期見通しに関わる中立金利水準について質す記者も現れましたが、ラガルド総裁は観測不能な中立金利についてコメントすることを避け、「目標に近づくにつれて、目標に到達したかどうかがよくわかるようになる(as we get closer to it, we will know certainly better)」と濁しています。実際、中立金利の捕捉を気にしても詮無きことです(分からないので)。

しかし、これまで執拗に論じているように、仮に求人広告賃金の先行性を信じるのであれば(実際にこれに応じた労働市場の減速をECBは予見してきた)、年明け以降の賃金・物価情勢が果たして減速し続けるのかという不透明は残るでしょう。今回改定されたスタッフ見通しを見ても、インフレ率(HICP)は総合ベースで24年から26年にかけて+2.5%、+2.2%、+1.9%と6月時点の予測が引き継がれているが、コアベースでは24年から25年にかけて+0.1%ずつ引き上げられています:

この点、最新のHICPにおいてサービスの加速が見られていることを指摘し、その問題意識を質す記者も現れていました。これは事実でして、8月HICPではサービス価格が加速しているのです(+4.0%→+4.2%):

ラガルド総裁は基本的には好調な企業利益が賃上げを吸収するためサービスの騰勢も落ち着いてくるという従前の見方を踏襲していますが、その一方で「it’s obviously a sector that is resistant and to which we have to be very attentive」と述べ、警戒を解くべきではない姿勢も示しています。ちなみに実質成長率に関しては24年に+0.8%、25年に+1.3%、26年に+1.5%とそれぞれ▲0.1ポイントずつ下方修正されており、これらは個人消費の弱さや地政学リスクによる純輸出の落ち込みを織り込んでいるとされている。現状程度の修正幅であれば大きな問題ではありませんが、「成長率は下方修正、HICPは下げ止まり」という構図が続けば、スタグフレーション的でもあり、利下げを既定路線とするECBにとってはリスクシナリオと言えるでしょう。

「日銀以外は全部ハト」という前提の怖さ
ちなみに議論を欧州の外まで拡げて展開した場合、必要以上に欧米中銀のハト派傾斜を織り込もうとする動きにはやはり警戒が必要にも感じます。

というのも、現状、過去2年半では最も欧米を中心とする世界の中央銀行に対して利下げ期待が強まっており、足許では米債市場にける逆イールドの解消(順イールドの定着)が話題になっています

目先の利下げ路線に対する強い確信が市場を支配している状況と言えるでしょう。片や、欧米とは対照的な立ち位置にある日銀の状況を踏まえ、円に対する強気な見方が跋扈する現状があります。

こうした「日銀以外は全部ハト」という前提はどこまで盤石なのでしょうか。多くの市場参加者は今後の欧米経済の継続的失速を自明の前提としており、これは過去の利上げ効果が今後顕現化する以上、必然の帰結ではあります。しかしながら、リーマンショックやパンデミックを経て「実体経済減速には超低金利対応」という常識が刷り込まれている市場参加者が多いことは気がかりにも感じます。この点は本日出演したモーニングサテライトの中でも少しだけコメントさせて頂きました:

過去15年以上にわたって、多くの市場参加者は「普通の循環的な景気後退」に慣れておらず、極端な失速と極端な対応に慣れきっている面が大きくなってはいないでしょうか。必然、円金利から見れば、対米金利差、対欧金利差の顕著な縮小とこれに伴う円高が叫ばれやすくなるわけですが、実際は自然利子率が恐らくは日本より高い欧米の景気失速が限定的で、円金利との格差も左程縮まらないというシナリオも十分考えられるのではないでしょうか。

今回のラガルド総裁会見はハト派方向に視線を向けつつ、いつでもタカ派方向へ旋回できる半身姿勢を強調するものでした。HICPや雇用・賃金に係る計数次第で状況が急変する可能性を念頭に置くべきであり、ユーロ相場に関しても「利下げに応じてユーロ安」という単純な見通しが今後1年間にわたって本当に通用するのか熟考が必要な局面と言えそうです。

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