【学び直し】30代現役作家、東京藝術大学で社会人院生になりました:受験編
この春から、東京藝術大学大学院 美術研究科(修士課程) 先端芸術表現専攻に入学し、自営業+社会人院生になりました。
入学の経緯は以下のツイートの通り、卒業した学部は早稲田の文系学部で「いつかちゃんと美術教育を受けてみたいな」と思いつつも独学状態のまま作家人生が慌ただしく過ぎていき、ようやく仕事の忙しさがある程度コントロールできるようになってきたり学費もたまったりと時期や状況が整ったからです。
また、これまでいろいろご縁がありメディアアートという非常にニッチな分野で作家として活動をしてきたのですが、六本木クロッシング2022展で初めて現代美術のキュレーターの方々とお仕事をしたのをきっかけにもっと広い美術の分野で活動していきたいという志向性が芽生えてきたことや、あとはやっぱりシンプルにもっと良い作品、面白い作品を作れるようになりたいという理由が大きいです。
そのために、わかりやすくハンデになったり、取りこぼしがありそうだった、美術教育を受けていないため抜け落ちている基礎教育をしっかりカバーして、将来(というか死ぬまでの残りの作家人生)もっと自由にのびのび活動できるようになりたいという動機がありました。
ちなみに社会人なので当然ながら学費は全額自己資金です😂美大のなかでも国立で学費がまだ安いので助かりました。
受験の準備
森美術館の設営直前の超ドタバタの時期と、出願期間がもろ被りしてたので、スケジュールを忘れないように自分に「出せよ」「絶対に出せよ」とリマインドを繰り返しました。
(実は前年、オミクロン株での入国規制のドタバタで海外案件が大炎上し、修羅場すぎて出願できなかった痛恨のミスがあったので、出願ミスが一番怖かった)
↓こちらの新作大型展示を制作・設営・運用しながらの受験となり、それだけでなかなか大変でした
設営開始で本格的に嵐のように忙しくなる前日すべりこみで、制作追い込みでボロボロの身なりをどうにか整えて証明写真をとり、書類を郵送しました。
(ちなみにこの時の受験票の写真がそのまま入学後は学生証の写真になることが発覚、もっとちゃんと撮ればよかった)
社会人の場合は出身大学の成績とか卒業証明書とかを揃えたりするのが地味に時間かかるので、早めに書類をチェックするのをおすすめします。
なお、出願翌日から、森美術館で嵐のような設営が始まりました……(怒涛の日々でしたがそれはまた別のお話)
一次試験:ポートフォリオ作成対策
先端の一次試験はポートフォリオ提出+小論文。
一応現役作家なので、普段から使っているポートフォリオPDFを受験向けに再編集したものを用意しました(学会運営などアカデミアでの業績も少し多めに記載する、受験する専攻の分野に近い作品の解説を多くするなど調整したもの)
実は前年に藝大の他学部に合格したものの、自分が勉強したい分野が別の分野だと気付いて翌年に先端芸術表現専攻を再受験したという経緯があったので、ポートフォリオはある程度使いまわしができました。
とはいえ思ったよりやること多くて大変でした……。これからの人生かかってると思うと気が抜けなくて再現なく作り込みたくなってしまう(そして時間を吸い取っていく)。
一次試験:小論文対策
普段から仕事でちょくちょく執筆業もやっていたので、基本的な文章のライティングはできるだろう、とたかをくくっていたのですが、
とはいえ傾向と対策をつかむために、試験の3日前ぐらいから過去問題を8年分ぐらいチェックし、あと原稿用紙に手書きで文章を書くことに慣れていないので、なるべく手書きで書くことをやってみました。
あとApple Watchは禁止なので、前日までにダイソーで腕時計買いました。実際に試験会場に入ったら時計がなかったので、腕時計の持参は絶対にマストだったと思います。
(あと待機場所が寒いので、カイロ必須でした。寒空の下、待ち時間が長くて手がかじかむ……服装もなるべくあったかく、気温調整できるものがおすすめ)
一次試験小論文、受験当日
試験日当日の最大のプレッシャーは「朝10時に藝大取手キャンパス(茨城県)にたどり着けるか」ということ。宿をとることも考えましたが、荷物が増えるのも嫌なので頑張って都内の家から行くことにしました。
必然的にかなり早朝に家を出ることになるので、前日は試験対策もそこそこに「なるべくリラックスしてとにかく早く寝る」という睡眠マネジメントを優先しました。睡眠不足で思考力が落ちるのだけは避けたい……!
遅刻にビビるあまりかなり早めに到着したのですが、集合時間の定刻が近づくにつれどんどん受験生の数がワラワラと増えていくことに驚きました。
あれっ……受験生こんなにいんの!???(200人以上いて、集合現場が満杯)
物理的な圧がヤバい。コロナ明けのためか今年は留学生含め受験者数が激増し、倍率が8倍だったそうです。
ただこれまで、倍率100倍ぐらいのコンペティションや助成金を勝ち取ってきたので、それを思い出しながら「100人いようがなぎ倒す」という気合で、気圧されないようにしました。おとなげない。
これまでの試験傾向を見ていると、作家としてのスタンスやステートメントを問うような質問が多いな〜という印象だったのですが、今年は小論文の志向が少し変わって意表をつかれましたが、個人的には「俺はこういうことが知りたかったんだよ!!!」と興奮しながら試験文を読んでました。出題チョイスが面白い……!
美術の実践は言うが易し行うは難しであることが多いので(アイデア考えるだけなら楽だけど実際に他者を巻き込んで実行するのはクソ大変)、経験値の多い社会人受験生の強みとして思いつきのアイデアだけでなく実際にやった泥臭い実践を軸に解答を書くことで、他の受験生と説得力で差をつけるという作戦を立てました。
ただ、「あれ、これ、もしかして即時的な発想力を問う試験だったのでは……!?」「過去の既存プロジェクトについて書くこと自体が、そもそもお門違いだったのではないか」と試験終わったあとに不安になってました。
受験の予備校とかもいってない&周りに受験仲間もいないので、出題意図がわからない……😂
とはいえ無事に一次試験通過してました。よかった。
面接のスケジュールも直前までわからないので、2月の業務スケジュール調整がやや大変でした。
ちなみにこの小論文課題、何気に自己理解やステートメント整理に繋がってありがたく、自分の世界観や作家性をもう一弾深く理解したり、現在の現代アートシーンと自分のこれまでの活動との繋がりを理解したり、すでに色々と学びがありました。
なおこの時期、森美術館の未来SUSHIの展示で不具合が発生したため、小論文の試験が終わったら速攻でつくばエクスプレスに飛び込んで秋葉原に部材の買い出しにいってました。大変すぎた。
二次試験:面接
一次試験会場で大量の受験生を目撃したあとだったので、二次試験の対策はさすがに顔色が変わりました。自分なりに想定問答をイメトレしたり、なぜ院に入りたいのかという志望動機を整理したり、大学院についてのリサーチをしたりしていました。
面接会場は待ち時間が長く、待機部屋に漂う緊張感もなかなか凄かったのですが、ただ、社会人の強みとして、これまでの業務で体験してきたもっと緊張する場面を思い出して、「大丈夫、あれよりは全然緊張しない」と気を鎮めることができました(TEDxの登壇とか、アベプラのコメンテーター生出演とか)。
面接では志望理由を話したほか、なぜいまになって受験するのか、仕事の両立はどうするか、現代美術に興味を持ったきっかけは、具体的に学びたいことは、など色々な視点から先生方からのご質問がありました。
先端の教授・准教授の先生方との面接の中では予想以上に本音が出たというか、「そうか、こんなことを考えてたんか自分は」と自分でも発見が多く、これだけで受験の価値があるなと思います。
自分の場合は、「作家として社会とより本質的に/誠実に関わりたい」というのが大学院に行く理由の一番のものなんじゃないかなと面接を通して発見がありました。
観光誘客とか、経済効果とか、そういったわかりやすい指標だけじゃなくて、もっと根源的に社会に必要なことを見定めて、アクションを起こして行くにはどうしたら?という問い。
作家として生計がたつようになったものの、単に資本主義社会に過剰適応することが、作家が社会と繋がることじゃないと違和感に気付いてきたんだろうと思います。
合格発表までの期間
面接後、合否が判定するまでは生殺し感がすごかったです。周囲にも何も言ってなかったので、今後の進路に影響のでかい特大の爆弾をひとりでかかえている気持ち……
ただ、「まあでも言いたいことは言ったし、もう今さらどうこうしようもないし、なるようになるな」「多分受かっても落ちても、自分の人生はそれなりに面白いだろう」という気持ちでなるべく気にせず普通に仕事したり展覧会観に行ったりして過ごしてました。
合否発表の時間になり、「うわ〜〜、見たくねえ〜〜」と思いながらも意を決して合否のページを見て、自分の番号を発見したときは心底ホッとしました。
大学院受験について周囲の誰にもほとんど言ってなかったので、合格のタイミングではじめてSNSで公表したため、かなり驚かれました。
(ただ、受験の合格発表の日がちょうどアベプラのコメンテーター生出演の日だったので、合格の感慨に浸る間もなく、本番前の緊張感でドタバタで、喜ぶタイミングを完全に逃した感があります。社会人学生の悲哀・・・)
めでたく入学
ということで無事に入学しました。
(新入生とは思われず、新歓のビラがまったくもらえないなどの現象がありましたが🥺)
藝大入学1日目の感想は「ここは変人のユートピアや」でした。
みんな何かしら作っているのが前提で、最初の自己紹介で「私はこういう作品を作っています」とみんなが宣言する環境自体が新鮮で嬉しかったです。
キャンパスで出会う人みんなどこかしら変で面白いので、大変興味深く過ごしております。
パンデミック明けの時期だからか私の代の同期は留学生がかなり多く(クラスメイトの3分の1が海外からの留学生)、国籍も年齢もわりとバラバラで多様性があるためか、社会人院生でも比較的居心地が良いです。
早稲田での現役の大学生の頃は、周囲の学生と「人生の目的やプライオリティが違う」という違和感をうっすらと感じながら学生生活を送っていたので、周囲の誰もが作品をつくることを人生の主軸においている環境で、学生としてまた勉強できるのがかなり嬉しいです。
現役大学生のころの「こんなはずじゃなかった」「もっとこういうことを学びたかった」という怨念や後悔を、10年後に時間差で回収できている感覚がとてもあり、それだけで人生の中の胸のつかえがとれてきている気がします。
社会人院生、自分の仕事との両立は正直かなり大変なのですが(予想以上にしんどい)、日々学びは多く、無茶して入学して良かったなと思っております。
今回は受験についてですが、また入学後、どんな生活になっているかも記事化したいと思います!
文:市原えつこ
アーティスト。1988年生まれ、愛知県出身。早稲田大学文化構想学部表象メディア論系卒業。東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻在学中。2016年にYahoo! JAPANを退社し独立、フリーランスに。日本的な文化・習慣・信仰を独自の観点で読み解き、テクノロジーを用いて新しい切り口を示す作品で文化庁メディア芸術祭優秀賞、アルスエレクトロニカで栄誉賞を受賞。2025大阪・関西万博「日本館基本構想事業」クリエイター。
ついでに宣伝
3月に会期終了した森美術館・六本木クロッシング展で大好評だった「未来SUSHI千社札アクリルキーホルダー」のオンラインショップが公開されました!よろしければ見ていっていただければ幸いです。