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節目節目の時計。想いを新たに

ものづくり好きとしては、ぜひとも訪ねてみたいと思っている場所がある。グランドセイコースタジオ雫石だ。どうやらコロナが始まった2020年のタイミングに竣工したらしい。グランドセイコーが誕生して60周年にあたる年だ。建物は隈研吾さんの設計で木材に溢れている。機械式の時計の部品はなんとも精密でワクワクしかない。1日中楽しめそうな予感がする。

私と機械式時計との出会いは、今から二十数年くらい前だ。前職の経営コンサルティング時代の師匠の一言だ。当時、時間などガラケーで確認すればいい、デジタル時計がなにより正確で便利だと思っていたのだが、「機械式時計を身に付けるくらいは身だしなみの一つだ」と言われ、であれば持たなくてはいけないと、妙に納得したのを覚えている。来週には身に付けて出社しますと返事したのを覚えている。ただ、それまで機械式時計など調べたこともなく、どのブランドを買うべきかなど全く分からなかった。思わず師匠におすすめのブランドを聞いてみた。答えはブライトリングだった。

早速、高級な時計であれば百貨店だろうと、出かけてみたが、中々お店の人に話しかけることが出来ない。少し遠目からショーウィンドウの中を覗き込んでいたが、値札がよく見えない。ただ、どれも50万円は下らないようだ。中古車が買える金額だ!走らないのになんと高いと瞬時に思ったが、購入宣言をしてしまった以上、後には引けない。一流の社会人になるためには、通らなければいけない道だと観念して、目が合った一番優しそうな店員さんに声をかけてみた。機械式のブライトリングが欲しいのですが・・・。

ショーウィンドウに近づくと、時計がまるで宝飾品のように輝いていた(もちろん宝飾品なのだが、当時はそう思っていなかった)。文字盤を見ると、様々な色、デザインがあった。バンド(ブレスレット)も輝いていた。ただ、一番驚いたのは文字盤に書かれた数字の書体が美しいこと、クロノグラフのストップウォッチ部分にかかる文字は、わざと欠けたデザインになっている時計があったことだった。それを見た途端、運命の出会いのような感じがした。文字盤の色は上品なグレーを選んだ。お店の人に、一通り、機械式時計の注意事項を教えて頂き、ふわふわした感じで店を後にした。

車以外で初めての高額な買い物だったが、師匠の言っていた意味はすぐに分かった。時計をはめただけだというのに、立ち振る舞いが少しずつ変わっていった。服装にも気を使うようになっていったのだ。時計が歩いている状態にならないように、自然と品格のようなものを意識し始めたと思う。師匠に良いものを選んだなと、褒めてもらったのもとても嬉しかった。そこからは、それまで以上に気持ちを引き締めて仕事に向き合っていった。

次に時計を買ったのは、仕事を回す現場の役割に加えて、仕事を頂く役割を担う立場になった時だった。ブライトリングのイメージは上品ではあるものの、グイグイ進んでいくワイルドな感じだった。時計が立ち振る舞いに影響を与えると、実感したのを思い出し、今度は少しエレガントな時計を買いたいと思ったのだ。加えて、パワーリザーブというどれだけゼンマイが巻けているかを示すメーターにも興味があった。面白い機能だと思ったのと、半分冗談だが、まだまだエネルギーがあると、自分に言い聞かせられるのではと思っていた。色々探していたのだが、ふとスペインで立ち寄った時計店に置いてあったモンブランに一目惚れした。自社のムーブメントではなかったが、シンプルで美しく上品な時計だ。これが2本目だ。

その後、企業の役員さんとのお付き合いが急速に増えていった。商談の場でも、会食の場でも、しっかりとしたものを身に付けておくことの意味を実感した。普通に自然に、上品であること、上質であることが大事だった。自分自身がどのくらいエレガントになれたかはよく分からないが、この頃から製造業に関わる方々とのお付き合いが広がり、そして深まっていったと感じている。

しばらく時計を購入することはなかったが、今から10年くらい前に、もう一本機械式時計を購入した。シニアパートナーに昇進したタイミングだった。コンサルティングの現場が、そして役員さん達との触れ合いが、とても好きだった自分が、マネジメントをやる。新たな覚悟が必要だと感じていた。昇進はミュンヘンで決まったのだが、夜の食事までは少し時間があった。そのタイミングで街に繰り出し、ドイツのWEMPEという時計屋に滑り込んだ。その時のテーマはムーンフェースだった。月の満ち欠けを見ながら、自分を鼓舞してみたらどうだろうかというアイディアが湧いてきたからだ。

最初は有名ブランドの時計で探していたが、どれもこれもとんでもなく高額だった。ムーンフェースは特別な時計なのだと、諦めかけていたところに、この店のオリジナルの時計の中に、リーズナブルなものを見つけたのだ。ドイツのコンサルティング会社なので、できればドイツの時計と考えていたので、とても嬉しかった。これまでの機械式の中でも一番安価だったが、曜日や月の表示がドイツ語なのも気に入った。日にちは文字盤の数字を赤い月の針が指し示す。なんとも可愛い。これなら気分を高揚できる、新たな挑戦にぴったりだと購入したのを覚えている。

このすぐ後だったか、Apple Watchが発売になった。Apple好きとしては、当然購入してみた。とても便利だった。特にSUICAが使えるようになった機種がでると、すぐさま機械式時計の定位置に取って代わってしまった。機械式の登場は1/10以下にまで落ち込んだ。でも、部屋に置いてある機械式時計を見るたびに、当時の想いが呼び覚まされた。もっと出番を増やしてあげなければ、そんな想いを持ちながら、10年が過ぎた。

Apple Watchの感動を一通り堪能した今、再び、機械式時計を購入する機会を探り始めている。今度はおそらく文化の匂いのするレトロな機械式時計になるのではないかと考えている。これまでの文化を大事にした上で、新たな文化を育んでいきたい。日本を豊かにしたいと思っているからだ。「50年までに現状のスマホは、すべて腕時計型や眼鏡のようなグラス型などに置き換わる」といった予測もある。そうした利便性は享受しつつも、想いのつまった機械式時計と共に過ごす暮らしを、大事にしていきたいと思う。4本目の時計と時を刻むのが楽しみだ。


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