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サイバー攻撃は、企業の株式資金調達や株価に長期的に影響するのか?〜大規模データからの検証〜

 今朝報道された大手航空会社JALに対するサイバー攻撃において、年末年始の交通網への影響も懸念されています。JALの株価は一時的に大きく下落するなど投資家も、その影響を危惧しています。すでに復旧したとのことで、状況は落ち着いていますが今後の余波が気になります。
 近年、デジタル技術の進展とともに、企業が直面するサイバーリスクが増大しています。今回は、サイバー攻撃が株価やIPO、そして資金調達にどれほど影響をもたらすのかについて検証したファイナンス論文を参考にしながら、企業のリスクヘッジ対策について考察します。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC261BE0W4A221C2000000/


サイバー攻撃による経済損失のリアル

 ネットワークを介した攻撃や情報漏洩は、企業に多大な損害をもたらし、経済全体にも影響を与える重大な課題です。例えば、ある調査では、サイバー犯罪の世界的なコストが年間1兆ドル以上に達し、これは世界GDPの1%以上に相当するとされています。では、このようなサイバー攻撃が企業の株式市場や資金調達にどのような影響を及ぼすのでしょうか?これについて検証したのが、ファイナンス業界TOP3に掲載された下記の論文です。

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S092911992400172X


サイバー攻撃と企業の株式調達

企業が新たに資金を調達する手段として、株式を発行する方法があります。特にシーズンド・エクイティ・オファリング(SEOs)(=上場企業による公募増資など)は、既存の上場企業が追加で株式を発行する仕組みとして広く利用されています。しかし、サイバー攻撃が企業のSEO決定に及ぼす影響については、これまで十分な分析が行われてきませんでした。

この研究では、2005年から2019年にかけて、米国企業を対象にサイバー攻撃の影響を調査しました。その結果、サイバー攻撃を受けた企業が増資を実施する可能性は非攻撃企業と比較して大幅に低下していることが明らかになりました。攻撃後1〜3年の期間において、公募増資を行う確率が3〜5%ポイント低下するという結果が得られています。この理由として挙げられるのが、サイバー攻撃による評判の低迷資本調達コストの増加です。

つまり、サイバー攻撃を受けた企業は、投資家からリスクの高い企業として認識され、株式の価値が下がります。これにより、株式を発行しても得られる資金が少なくなり、結果として株式調達を控える動きが生じるのです。

業界全体へのスピルオーバー効果

 更に興味深いことに、サイバー攻撃の影響は攻撃対象企業だけでなく、業界全体に波及する傾向が確認されました。同じ業界内の他の企業も「次は自分たちが攻撃を受けるのではないか」というリスク認識が高まり、株式調達活動が抑制される傾向があるのです。特に、攻撃対象企業が大きな評判損失を被った場合、その業界内の他企業も同様に投資家から警戒される可能性が高まります。

業界全体で株価が下落し、公募増資を実施する企業の数や調達額が減少するという現象が確認されています。これは、サイバーリスクが特定の企業だけの問題ではなく、業界全体の課題として認識される結果を示唆しています。

サイバー攻撃の長期的影響

サイバー攻撃の影響が短期的に留まるのではなく、長期的に続く点も重要です。サイバー攻撃後1〜3年間、公募増資活動の低下や株価への悪影響が持続することがデータ検証から明らかになっています。さらに、攻撃対象企業はサイバーセキュリティ対策の強化やリスク管理体制の見直しに多額のコストを割く必要があり、これが資金調達の優先順位を変える要因となる可能性があります。

ビジネスパーソンへの示唆

今回紹介した実証研究による、サイバー攻撃が資本市場や株式調達に与える影響を踏まえると、以下のような示唆が得られます:

  1. セキュリティ投資の優先順位向上
     サイバー攻撃による評判損失や株式調達コストの増加を防ぐため、企業は事前のセキュリティ投資を強化する必要が今まで以上に高くなっている。特に、投資家への情報開示を透明化することで、サイバー攻撃に関するリスク管理能力を示すことが重要になっています。

  2. 業界全体のリスク管理
     サイバーリスクは個別の企業問題に留まらず、業界全体の信頼性に影響を与えます。業界団体や政府の主導によるサイバーリスクへの集団的対応が、投資家の信頼を回復する鍵となります。

  3. 資金調達の多様化
     サイバー攻撃後、株式調達が困難になる場合には、債券発行や内部留保の活用など、資金調達の多様化が求められます。

まとめ

 以上をまとめると、サイバー攻撃は単なるIT上の問題に留まらず、企業の株式調達戦略や業界全体の資本市場に広範な影響を及ぼすことが確認されました。このような長期的な影響を軽減するためには、当然ですがリスク管理の強化、投資家への適切な情報開示、業界全体での連携が不可欠です。企業経営者にとって、サイバーセキュリティはコストではなく、競争力を維持するための重要な投資と捉えるべき時代になているようです。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
応援いつもありがとうございます!
久々のnoteアップになりました。
仕事も子育ても楽しみつつ、精進します!

崔真淑(さいますみ)

*冒頭の画像は、崔真淑著『投資1年目のための経済・政治ニュースが面白いほどわかる本』(大和書房)より引用。無断転載はおやめくださいね♪


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崔 真淑/エコノミスト(MBA in Finance)
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