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問題解決のために必要な政治のかたち 細野豪志さんの新しい本を読んだ

東日本大震災から10年。この記事を読んで、被災地の人たちが抱えてきた長い年月の重みを思います。

あの震災のあとに原発事故収束担当大臣を務められた細野豪志さんが、新しい本を出されました。2021年2月末の刊行で、わたしはご厚意で一足先に校正刷りを読ませていただきました。

書名が「事故調」ならぬ「自己調」となっていることに注目です。あの混乱のなかで政府の中枢にいた細野さんが、関係者の人たちにインタビューを重ねていき、事故当時とそれ以降のとりくみを振り返るという内容になっているのです。

この10年は、ありえないようなデマがさまざまに吹き荒れ、風評被害で多くの福島の人たちが傷つけられた日々でした。しかしそれらにも負けず、地道に課題に取り組んできた人たちがいたということを、本書を読むとあらためて強く感じ、胸が熱くなります。

ステレオタイプな批判だけでは問題はいつまでも解決しない

しかしこの本の注目すべき点は、その先にあるといえるでしょう。ポイントは2つ。

第一には、ステレオタイプな政治家のことばを乗り越えているということです。自説を声高に訴えるのではなく、ひたすら謝罪するのでもなく、驚くほど客観的にみずからのおこないを点検しているのです。帯には細野さんのこんなことばもあります。「私は歴史法廷で罪を自白する覚悟を持って本書を書いた」

あの原発事故では、メディアでもSNSでもステレオタイプな言説があふれかえりました。しかしそのステレオタイプな物言いは、本当に問題解決を促したのでしょうか。共著者の社会学者開沼博さんが、この本の後半で端的に書いています。

『政権や東電といった「お上」の成果や失態のみを強迫的に問い続ける形式化された態度自体が、3.11に由来する根本的で深刻な問題を問うことと乖離し、その問題群を看過することと表裏一体になっているゆえだ。本書の内容に対して、「『お上』を もっと糾弾せよ」という指摘がでることが想定されるが、まさに10年で固着したその形式・「お作法」を反復することが不可視化させてきた問題が本書によって解き明かされているはずだ』

誰が火中の栗を拾うのか

第二に、細野さんが現役の政治家としてかなり踏み込んだ提案をしていること。「処理水の海洋放出を実行」「国家事業として除染土の再生利用に取り組む」「食品中の放射性物質の基準は厳しすぎる設定となっており、これを国際基準に合わせて緩める」

事故当時にはやむを得ない措置としてとられた政策も、10年が経って是正すべきところは是正すべき時期に来ているのは間違いありません。しかしこれを誰がイニシアティブをとって行ってくれるのかと言えば、票にもなりにくそうで、無理して火中の栗を拾いに行く政治家はあまりいません。それでもあえてこれらを提言し実行していこうという姿勢は、左右のイデオロギーに関係なくもっと評価されても良いのではないかと思います。。激しいことばの応酬ばかりが進むいまの政治状況の中で、政治家の意味が改めて問われているのは間違いありません。



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作家・ジャーナリスト。近代の終焉と情報通信テクノロジーの進化が社会をどう変容させるのかをライフワークとしています。