SoftBank Gをめぐる仮説〜株主と債権者の対立コストは企業価値に影響する!〜
SoftBankグループ(以下、SBG)の企業戦略が話題です。話題の理由は、下記の記事にある通り、自己株式取得と負債削減に向けて4.5兆円の資産を資金化すると発表したからです。売却資産は、SBG出資先の中国・アリババや通信子会社ソフトバンクなど投資先の上場株が主な対象です。ここから得た資金は最大2兆円の自社株買いのほか、負債圧縮に充てることで財務を強化するとSBGは宣言しています。
*このニュースから感じた違和感
最大2兆円の自社株買いとのことですが、これはSBG発行済み株式の約45%を占めます。多くの企業で行われている自社株買いの規模は、せいぜい発行済み株式の1~2%です。世界には、自社株買いや株主還元をしすぎて倒産の事例もあるぐらいですし、この異常な規模での自社株買いを発表したのは、SBGは何かの意図があり、株価をどうしても下げたくなかったのではと私は感じました。つまり、ただの株主還元と片付けるには違和感が残ったのです。では、何が真の目的なのでしょうか?
*銀行団の影響力も株価に影響?
頭の中で想起されたのは、SBGが銀行借り入れの際に同社株式を担保に差し出したニュースです。記事中には、”孫社長の保有株式は、38%がみずほ銀行や大和証券など19金融機関に担保提供されてる”と言及されています。当然ですが、これはリスクもあります。仮にSBG株価が下落すれば、SBGは銀行から追い証を請求されます。担保の株価が値下がりし、担保価値が低下すると、期日までに借入先に追加で保証金を預け入れる必要があります。この追加保証金が、追い証です。銀行でお金を借りて事業を大きくし、株式に価値がついて、更にその株で銀行を借りて…無限大に資金調達が広がるように感じますが、一度逆回転が起きると怖いのです。だからこそ、SBGは意地でも株価を下げたくなかったのだろうと考える投資家は少なくないです。
一方で、これを契機にSBGは守りの財務に転換するとのことで、失望した株主は少なくないのでしょう。SBG株主は、財務でリスクをとるレバレッジ経営による積極投資による企業価値向上に期待しているから、同社株を保有していたと考えられます。それが、守りの財務となれば…。一方で、貸付側の債権者は資金確保に安堵しているでしょう。
上記を踏まえると「SBGの株主利益が、銀行側の利益確保から影響を受ける」という仮説が浮かび、銀行側の利益と、株主側の利益が相反するような事象が起きているのかもしれません。これは、対岸の火事ではありません!コーポレートファイナンスの学術研究分野では、この事象をビジネスパーソンや投資家が活かしやすい形へと汎用性のある形に昇華してくれています。
*債権者と株主の利害対立は、企業価値も株価も下げる!?
上記で説明したような、株主と債権者間の利害対立を、学術界では負債のエージェンシーコストいいます。このコストは、どんな問題を引き起こすのでしょうか?
例えば、株主は投資が成功する場合、その成果(債権者への支払い等を除いた部分)の大部分を、自分のものにできます。一方で、債権者は投資が成功しても、事前に約束した元本と利子しか受け取れません。株主なら投資した100万円が1億円になることもありますが、銀行など債権者は投資先企業が成功しても100万円と利息した回収できません。このようなペイオフ構造では、株主は投資先の企業価値を損なわせるような、過度にハイリスクハイリターンなプロジェクトをするよう経営者に働きかけることがあります。この問題は、株主が低リスク資産を高リスク資産へ代替させようと行動するインセンティブを持つことから、資産代替問題(Risk shifting, overinvestment)とも言います。
一方で、有益な投資機会があるにもかかわらず、経営者が債権者への返済を優先し投資を控えることで企業価値を損なわせることもあり、これは過少投資問題(Debt overhang)と言いいます。
今のSBGは、債権者も株主も同じ投資家ではあるものの、その投資回収方法やメリットが違うために、お互いにSBGに求める利益の違いが起きているのかもしれません。それがSBGの意思決定にも影響し、株主利益や企業価値を押し下げている可能性はあるでしょう…。
今後のSBGは債権者と株主の対立構造を見ると、同社の今後や戦略を考えるうえで新しい視点を提供してくれそうです。
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崔真淑(さいますみ)
(冒頭イラストは、崔真淑著『30年分の経済ニュースが1時間で学べる(大和書房)』から引用したものです。無断転載はお控えくださいね)