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人生としての成長を促す「ライフアップ複業」 〜 #成長につながる複業とは

(Photo by Standsome Worklifestyle on Unsplash)

日経COMEMOからのお題、「成長につながる複業とは」に意見を述べたい。

私自身、長きにわたり数々の「複業」を経験してきた。そして、複業が自分を成長させてきたという確信がある。しかしこれは、「キャリアとしての成長」(=キャリアアップ)に過ぎない。

複業の範囲を「社会のあらゆる営み」に広げてみると、「人生としての成長」(=ライフアップと呼びたい)を複業が実現してくれることが見えてくる。複業には、もっと大きな社会システムを変革する可能性があるのだ。

キャリアとしての成長

私自身のキャリアを大きく変えてくれた複業経験について、二つのケースを紹介したい。

一つめはサラリーマン時代のこと。富士ゼロックスでKDI(Knowledge Dynamics Initiative)という知識創造経営のコンサルティングをしていた時、国際大学GLOCOMで主幹研究員を兼務した。当時GLOCOMの所長をしていた元富士ゼロックス社長の宮原さんに「富士ゼロックスでできない研究をこっちでもやってみないか?」と勧められたのがきっかけだ。GLOCOMでゼロから研究分野を立ち上げ、スポンサー企業を募り、NPOとの連携を生み出していった経験は、その後の株式会社フューチャーセッションズの起業に必要な知識と自信となった。

二つめは起業後だ。フューチャーセッションズを立ち上げた後、もう一つの複業先として客員教授をしていた、金沢工業大学(KIT)虎ノ門大学院というビジネススクールで、改めて教授に就任することになった。社会人大学院なので、学生も平日の日中は仕事があるので、授業とゼミは夜と土日だ。なので、KIT虎ノ門大学院の教員は、ほとんど全員が複業である。本来休むべき時間にもう一つの仕事があることを心配したが、いざ始まってみると、二つの別の仕事をすることは非常にイノベーティブだった。ビジネスでやっていることが授業のコンテンツになったり、研究がビジネスになったりとシナジーが多かった。研究とビジネスという二つの視点を持つことで、「つなげる30人」というクロスセクターイノベーションの方法論を確立することができ、Slow Innovation株式会社という二社目の起業に至った。

このように複業は私にとって、自分自身の「能力の異分野への転用」を通じて、「起業のチャンスを広げる」ものだった。

人生としての成長 = ライフアップ

複業の可能性は、ここで終わらない。次に、いわゆる「仕事」の範囲を越えた、新たな複業の可能性を掘り下げてみたい。「子育て」や「地域貢献」を含め、複業を「社会のあらゆる営み」に広げて考えてみると、「キャリアとしての成長」だけでなく、「人生としての成長」につながる複業の活用の仕方が見えてくる。

次の記事は、シニアの複業に注目したものだ。「スキルシェア」を通して地域に貢献し、やりがいも感じている。お金を稼ぐための仕事(=ライスワーク)に対して、この複業は明らかに生きがいの仕事(=ライフワーク)だ。ライフワークは、自分自身のアイデンティティであり、喜びであり、そして人生としての成長を目的とするものである。

しかし、人間としての成長を遂げるような複業を簡単に見つけられるのだろうか、という疑問が浮かび上がる。最初は楽しく始めたはずの複業が、だんだん負担になり、もう一つのライスワークになってしまうこともあるだろう。

ビジネススクールに「キャリアアップ」を期待して入学する人は多い。だが私が社会人大学院生に提供したい価値は、キャリアアップのためのスキルよりも、「OS(オペレーティングシステム)のアップデート」だ。キャリアやスキルというものは、何が社会や仕事の中で必要なのかの前提によって変わってくる。

例えば、これからの10年はSDGs達成に向けて、ビジネスのルールが大きく変わっていく。「利益の一部を社会に還元」していればよかった時代から、「社会や地球環境への一貫した取り組み」をいかに生み出すかがイノベーションの焦点になる。このような「発想の前提」を変えることは、社内での議論やOJTからは生まれにくい。

このようなシーンにおいて、複業は大きなインパクトを発揮する。もしあなたがプロボノ(専門知識を活かして非営利組織で無償活動すること)で、環境NGOのプロモーションを支援しているとしよう。そこでは、「どうしたら営利企業にサステナビリティ戦略の重要性を理解してもらえるか」という、ビジネスパーソンにとっては「自分を説得するロジック」を考え、実行することになる。感度が高い人であれば、このような経験を通して、OSのアップデートができる。

このようなOSのアップデートは、もちろん仕事にも役立つが、いわゆるキャリアアップのためのスキルとは異なり、「これからの社会や企業はどうあるべきか」という思想を育てることになるのだ。このことは、あなたの人生にも大きな影響を与える。これまでの「できるだけ稼いで、豊かな暮らしをしたい」という考えが、「そもそも豊かに暮らすとはなんだ?」という問いを持つようになるかもしれない。

これこそが「人生としての成長」であり、このことを「キャリアアップ」の対語として、「ライフアップ」と呼ぼう。この「ライフアップ」のための複業こそが、これからの社会を変革していくのだ。

ライフアップ複業

次の「どうなる来年の経済」という記事に、少子化のメカニズムについて書かれていて面白い。

経済学の視点から、子どもに対する親の性質が3つ挙げられるそうだ。1つ目は、子ども一人ひとりの幸せのためにできるだけ多くの資源を投入したい。2つ目は、すべての子どもを同等に扱いたい。3つ目は、子どもが増えるほど子どものために割く時間は増える。そして、これらの性質が組み合わさることで、「裕福な家計ほど子どもが少ないという傾向になる」と述べている。資源をより多く持っているはずの家庭に子どもが少ないとうジレンマは、お金を稼ぐ人ほど時間の制約を大きく受けているからといえるだろう。

「お金を稼ぐ人ほど時間の制約を大きく受ける」のは、フルタイムで働くことが良い給料をもらう条件になってしまっているからだろう。「キャリアのために結婚や子育てはまだ先」や「子育てでキャリアが途絶えた」などのセリフは、どこでも聞かれるものだ。

一方、複業を許されると、最初に発見することが「自分の時間の使い方が自由になっている」ということだろう。一見仕事が増えているので、より時間が不自由になりそうなのだが、「フルタイムの呪縛」から解き放たれることで、自由を感じることができるのだ。

改めて考えると、「フルタイム」という言葉は恐ろしい響きだ。私たちは、決して24時間365日のフルタイムを企業に提供したりはしていない。しかし企業は、無限定正社員の年金・健康保険や社会的信用などのメリットと引き換えに、「うちの会社の仕事以外はしないでくれ」という約束を求めてきたのだ。

Slow Innovationでは、正社員、契約社員、業務委託、インターンが、まったくフラットな状態で一緒に働いている。プロジェクトベースで働くといえば「ジョブ型雇用」でもあるが、それだけではなく「この人がいるからこういう仕事ができるね」とプロジェクトを立ち上げていく、いわば「コミュニティ型雇用」での運営をしている。未経験でもインターンからスタートできて、そこから「その人らしいプロジェクト」を一緒に考えつくっていく。仕事のアウトプットが持続的になってくれば、結果として社員という雇用契約になるが、その契約の違いはコミュニティの中での関係性には影響がない。つまり、「誰もフルタイムではない」というマインドセットでいられるのだ。

議論をもう一歩進めて、「人生としての成長」という視点で「OSのアップデート」をしてみよう。「仕事」も「人生」も、どちらもプロジェクトの集まりだと捉え直してみてほしい。会社で所属するプロジェクトは明確に「仕事」だが、ビジネススクールに通うことや、異業種の仲間と事業を構想することは、必ずしも自分の会社で実施するとも限らない。今のところ誰からもお金をもらっていないので、「仕事」なのか「趣味や勉強」なのか曖昧である。会社の接待がきっかけで始まったゴルフやワインの活動も、曖昧だ。子育てのプロジェクトは明確に「人生」だと思われるが、親友の子育てを有償で手伝ったら「仕事」にも見える。つまり、クリアだと思っている「仕事」と「人生」の切り分けは、意外に曖昧なのだ。

そこで、思い切って仕事と人生の切り分けを外してしまって、「すべてを複業」として捉え直すことを想像してみてほしい。すべての仕事と人生のプロジェクトを同等な複業の一つと捉え直し、複業間に優劣をつけないところがポイントだ。その上で、自分の複業をすべて並べて、「これは自分の人生として満足か」と問いかける。「そういえばこんなこともしたかった」というものが思いつけば、まだスタートしていないプロジェクトも複業の一つとして加えるといい。

あなたの仕事は、決して「フルタイム」ではない。あなたの仕事は人生の一部であり、人生は数多くのプロジェクトの集まりとして定義できる。あなたらしいプロジェクトを複業の一つとして小さく始めるなら、いつどこで始めればいいのかを考えよう。すぐに稼ぐ必要はない。子育ても複業の一つだ。自分の子どもをどう育てたいか、他人の子育てにも参加するか、あるいはコミュニティ内の子どもたちに貢献するかなど、「複業」と捉え直すと、社会のあらゆる営みを自分ごとにすることができるだろう。

一人ひとりが「会社へのフルタイム貢献」という呪縛から解き放たれ、「自分の人生を通しての社会貢献」を「ライフアップ複業」でリデザインすることで、私たちは「社会インフラを支える」こともできるし、「CO2やプラスチックを削減する商品・サービスを選ぶ」こともできる。つまり、私たち一人ひとりの「人生としての成長」とは、「より良い社会の実現」とピッタリと一致するのだ。

「会社で精一杯働いて給料をもらっているから、自分は社会に役立っている」と考える時代は終わろうとしている。仕事の範囲を超えた「人生のプロジェクト」をデザインし直し、フルタイムの呪縛を超えて、「人生としての成長」を実現してみてはどうだろうか。ライフアップ複業によって、誰もが「より良い社会の実現」をいつでもどこからでも始めることができるのだから。

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