フリーランスに対する労災保険の適用拡大と乗り越えるべき課題(労災保険の社会保障化、民業圧迫…etc)


こんにちは、弁護士の堀田陽平です。
子どものRSウイルスをもらってしまい、副鼻腔炎にもなってしまいました。右顔面が痛みます。

さて、以下の記事にあるように、ウーバーイーツなどの自転車配達員とフリーランスで働くITエンジニアを労災保険の特別加入の対象とすることが決まりました。

労使保険の拡大の動きは、既に芸能関係、アニメーション制作作業従事者等でも進められており、これらの方々については、今年の4月1日から対象となっています。

今回は、労災保険の対象の広がりとそのハードルについて、制度的なところも踏まえて書いていきます。

元々は労使関係が前提の仕組み

まず、もともと制度的(法的)にこの「労災保険」がどういう制度であるか見てみましょう。


私も「労災保険」と書いていますが、正式な名称は、「労働災害補償保険法」といいます。

名称からも読み取ることができますが、もともとは「労働災害補償」の保険です。
どういうことかというと、労災保険は、労基法の第8章で定められている使用者(事業主)が従業員に対して負う「災害補償」を、その重要性に鑑み、国の保険によって確実に支払われるようにしようという責任保険制度ということです。

したがって、「労災保険」は、単に「働いているときにケガをした場合には、国がお金を払う」という仕組みではなく、「働いているときにケガした場合には、使用者(事業主)が従業員に補償をしないといけないけれども、支払を確保しないといけないので国の保険で払う」という制度が、“当初の”制度的な前提でした。

課題1:労災保険の社会保障化の評価

しかし、労災保険は、現在では、労基法第8章で定める内容と異なる内容が労災保険法独自で定められるに至っています。

たとえば、典型的には通勤災害です。通勤災害は、労基法第8章のメニューにはない、労災保険法独自のメニューであり、既になじみの深いものなっています。
また、昨年9月から始まった、複数就業者に対する労災保険の給付の関係も、それぞれ単独でみた場合には、労基法の災害補償責任を生じさせるものではないものでも、保険給付を行うというものです。
そして、冒頭述べたような特別加入も同じです。

その他、給付内容も併せて様々な労災保険法独自の仕組みが出来上がり、こうした動きは、「労災保険の社会保障化」と呼ばれています。

いかにも玄人的な議論ですが、労災保険を、労基法の前提とする「使用者(事業主)・従業員」の関係から切り離し、責任保険の性質から社会保障化を進めていくべきか否かは、元々の労災保険法の制度の根本をどう見るか、そしてこれを変えていくべきかという点で、学説、肯定説・否定説が対立しています。

課題2:危険防止責任をだれが果たすか

労災保険の役割として、災害の危険の未然防止という役割があります。金銭的な面よりも、本質的にはこちらの方が重要かもしれません。

この点は、「使用者(事業主)・従業員」という関係性を前提にする場合には、使用者が労働災害の一次的な防止の責任を負うことはわかりやすいです。

問題なのは、「使用者」がいないフリーランスの場合はどうするかという点です。

そこで出てくるのが、「使用者」に代わる役割を担う存在である「特別加入団体」ということになってきます。特別加入団体は保険事務を扱うだけでなく、そうした災害防止の責務も負うことになります。
こうした災害防止責任をどう重く捉えるかも、社会保障化を進めるべきかという議論につながってきます。

課題3:民業圧迫

さて、3つ目の課題が、「民業圧迫」の点です。
あまり意識されない点ですが、実は、この点はかつて厚労省の部会でも話が出てきています(2020年6月1日第87回労政審労災保険部会)。

労災保険の対象とならない場合の保険給付は、必ずしも国が行う必然があるわけではなく、民間企業がそのサービスを作ることも可能で、その方がよりよいサービスとなる可能性があります。ところが、その領域を先に国が行ってしまうことで、民間企業における当該サービスの発展可能性を阻害してしまうのではないかという問題です。

フリーランスの方に対する所得補償等は既に一部の保険会社でサービスが展開されていますが、労災保険の拡大の議論をする場合には、こうした観点も必要になってきており、現に厚労省としてもこの点を意識しているようです。
ただし、こうした民業圧迫の議論は、聞けば「確かに」と思いますが、やや抽象的な議論でもあり、制度的対応を避ける単なる口実ではないのかをしっかりと吟味する必要はありそうです。

労災保険の制度的の在り方の議論も必要

今回、特別加入の対象が大幅に拡大され、芸能関係、ITエンジニア、そして自転車配達員等のフリーランスと呼ばれる方々にも広く労災保険の適用がなされることになりました。
しかしながら、枠組みとしては、「特別加入の拡大」であり、「特別加入団体・フリーランス」という2者構造は維持されており、労災保険の制度的枠組みは維持しているとも見ることができます。ここに、労災保険の社会保障化の難しさが表れているでしょう。

今後、さらなる拡大の議論をする場合には、単に「必要だから拡大していこう」というだけではなく、そもそもの労災保険の制度的枠組み、制度的な意義も併せて議論していく段階にきているように思います。
                                以上


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