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上がる米国のインフレ期待と金利の意味

約2年2か月ぶりの2%
 1月4日の金融市場では米国の10年物ブレークイーブンインフレ率(以下10年BEI)が遂に2%を突破しました。それからも続伸しており、本稿執筆時点では2.10%付近まできています。その傍らで10年債利回りも遂に1.0%の大台に乗せて、上値を窺う雰囲気です:

ちなみに10年BEIの2%突破は2018年11月16日以来、約2年2か月ぶりであり、FRBが2019年に利下げ路線に転換する以前の水準に回帰したことになります。2018年11月と言えば、既にFRBが年3回の利上げを済ませ、翌月には4回目の利上げを敢行するタイミングです。今とは対照的でしょう。感染拡大が深刻度を増すたびに裁量的なマクロ経済政策の発動が期待され、10年BEIが上がる(しかし実体経済はついてこない)という構図が続いてそろそろ1年になります。

FRBが抑制するフィッシャー効果
 こうしたインフレ期待の高まりと、インフレ耐性に優れるとされる株価の上昇は一応の整合性が取れるものです。しかし、理論的には人々の期待するインフレ率が上昇すると、名目金利も相応に上昇すると考えられています。いわゆる「名目金利=実質金利+インフレ期待」で定義されるフィッシャー効果の議論であり、上述したように、既にその雰囲気は強まりつつあります。2021年はFRBがそのフィッシャー効果の発現を如何に抑制してくるかというのが注目点になってくるだろう。
昨年来の株価上昇はインフレ期待上昇に伴う実質金利低下に依存しているという解説が目立ちます。過去のnoteでも議論しましたが、ドル安も含めて2021年の金融市場を説明するドライバーとして実質金利の議論は人気があります:

そうした巷説が正しいとすれば、名目金利上昇に伴う実質金利上昇は株価下落を招く可能性が高いでしょう。まだ、そうなってはいないのは「名目金利-インフレ期待」で計算される実質金利について、インフレ期待の上がるスピードの方が速く、実質金利のマイナス幅がまだ大きいからだと思います。
ちなみに、利上げや量的緩和の縮小といった具体的な正常化プロセスが始まらなくても、経済・金融情勢が正常化に向かう過程で名目金利が上昇するというのは「普通のこと」です。2021年にFRBが正常化判断を下すかどうかは大事ではありますが、それがなくとも名目金利は上がります。その「普通のこと」をFRBがどれくらい抑制しようとするかが今年問われると思います。

名目金利横ばいの想定には無理がある
真っ当に考えれば、FRBの責務は株式市場ではなく「雇用の最大化」と「物価の安定」の2つなのですから、明らかに先走っている株価の騰勢にブレーキをかけること自体、さほど不思議なことではありません。しかし、コロナ禍からの立ち上がりを図ろうとしている最中、敢えてそうした株価潰しをやることについては相応の勇気も必要なのは間違いないでしょう。それゆえに「どれくらい抑制しようとするか」という匙加減が重要になります。ここから先は様々な見方があるでしょう。名目金利が現状から横ばいで全く変わらないという見方もあれば、大きく上がる、小さく上がる、もしくは逆に(感染再拡大に応じて)下がっていくという見方もあるかもしれません。
筆者は、有効なワクチン接種も順次始まっている以上、2021年の米金利が「横ばいで全く変わらない」という想定には無理があるという立場です。実際、10年BEIの上昇スピードが速いので実質金利低下ばかりに目が行きますが、上述したように、昨年10~11月を境として名目金利も少しずつ上昇しています。米10年金利は、1~3月期に1.0%台に乗せ、年央までに1.2%、年末までに1.5%程度までの範囲ならば上昇余地があり、ドル相場の一方的な下落もこれに応じて止まると考えます。この辺りの相場観は以下の記事でインタビューしていただきましたのでご参照下さい:

ちなみに、逆の展開として、ここから米金利が下がる展開があるのでしょうか。なくはないでしょう。コロナ変異種の強毒化やそれに伴うワクチンの無効化など、コロナ絡みでは何が起きるか分かりません。実情はどうあれ、2021年はメディアを中心として副作用の存在を面白おかしく囃し立てる時間帯が必ずあると筆者は構えています。その際、思惑主導で米金利が低下する可能性はリスクシナリオとして十分想定されます。米金利の上昇に賭けておく方が無難だとは思いますが、逆サイドのリスクがゼロというわけではないでしょう。

「ドル化した世界」の難しさ
話を米金利上昇に戻しましょう。金利が上昇すれば株価の調整は元より、ドル建て債務を積み上げた途上国への影響も不安視されると思います。リーマンショック後、金融市場ではドルを安価で調達できるようになり、とりわけ新興国では民間部門を中心としてドル建て債務が急速に積み上がったという経緯があります。こうした、いわば「ドル化した世界」の危うさはそれだけでnoteを1本書けるものなので、今回は割愛させて頂きます。とりあえず、未だ多くの途上国がドル建て債務を抱えたままの現状が放置されていることは知っておいて貰いたい事実です。かかる状況下、米金利が上昇する過程では株価の動揺に加え、新興国通貨の減価が当該国の債務負担を増すという展開も十分懸念されるものでしょう。

バランスの取れた政策運営が必要に
一方的な政策運営(緩和)に尽くせば良かった2020年とは異なり、2021年以降のFRBは国内外への影響に鑑みつつ、タカ派とハト派のバランスを取ることに腐心する難しい局面に入ります。既にFRB高官の発言が年初来複数出ていますが、量的緩和の縮小を示唆する高官もいれば、拡大を示唆する高官もいたりして足並みの乱れが目立ちます。

必然的に、米金利低下とこれに伴うドル安だけを既定路線として見ておけば済んだ2020年とは違った相場観が求められることになるでしょう。筆者はドル高局面への転換とまでは言いませんが、米金利とドルの相互連関的な下落が一旦収束し、次の潮流に向かう「踊り場」のような年に2021年は位置づけられるのではないかと考えています。

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