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「CFO思考」〜エコノミックアニマル日本復活に向けて

「CFO思考」という希望



「CFO思考」という徳成旨亮さんのベストセラーを読んで、少し明るい気持ちになった。ここに、日本企業最大の欠落を明確に指摘され、かつその処方箋が明確に指摘されていたからだ。

そもそも海外の企業では、CFO(最高財務責任者)は、CEO(最高経営責任者),COO(最高執行責任者)と並ぶ、3名のCスウィートの経営体制の一角を占める。財務戦略、予算管理、IRといった財務経理戦略を担うだけでなく、経営計画、コーポレート戦略、投融資判断の先程の戦略企画の機能や、リスクマネジメント、IT企画も担う。機関投資家や株主との対話能力が問われる現在、CFOを経験した後にCEOに就任するケースも多い。

日本では、長く金庫番としての安全第一を旗印に資本を溜め込む財務・経理担当役員はいたが、本来のCFOは存在しなかった。

日本においても特に2015年にコーポレートガバナンスコードが制定されて以降、女性取締役や社外取締役を増やし、株主還元を充実させることが求められCFOの役割と責任は大きくなっている。また2023年3月期決算から「人的資本開示」を有価証券報告書で行うことが求められ、人材の多様性に関して、「男女間賃金格差」「女性管理職比率」「男性育児休業取得率」を追加開示することが企業に求められるようになり、人事に関してもCFOは一定程度責任が生じるようになった。

リスクと資本と収益を三位一体で捉えてマネージできるCFOこそが、その力を発揮しより積極的な投資成長戦略に関与することが、日本経済復活の鍵となる。

そして「CFOは、企業の価値保全を第一義とする金庫番思考ではなく。「冷徹な計算と非合理的なまでの熱意を併せ持ち、企業成長のエンジンとなるべきだ」という「CFO思考」をこの本では提唱している。

そして、再三ここ30年の日本企業に欠落しているものとして指摘されるのが「アニマルスピリット」という言葉だ。元々英国の経済学者ジョン・メイナード・ケインズが企業活動の本質は、合理的計算だけでなく、将来に対する非合理なまでの熱意や衝動であるとして重要視していた言葉だ。

日本の失われた30年を招いた欠落

バブル崩壊と90年代の金融危機以降、長く低迷した日本経済の状態が続いている。1989年と2020年の世界の企業の時価総額ランキングのリストを比較して、1989年には、NTTや日本興行銀行を始めとして多くの日本企業がランクインしていたが、2020年には米国と中国の企業に取って代わられているという図を、よく見かける。しかし実は日本企業の時価総額も現状維持か少しは増加している。海外のランキングトップ企業の時価総額が10倍近く増加しており、抜き去られているのが現状だ。

イェスパー・コール氏は、これを安定と存続を収益追求というここ30年間の日本の経営者の選択だったとしている。本業を大きく変えず、売上が上がらない中で、利益追求を徹底し、会社の存続は盤石のものとした。将来に閉塞感はあるが、給与は上がらないが雇用は守られ、アメリカやヨーロッパと比べると社会は比較的安定してはいる。

但し、金融、グローバル、ITといった成長領域に、アニマルスピリットを持って積極的な投資を行ってきた欧米企業と比べると明らかに株価は低迷している。株価は将来の企業業績に対する期待であり、新領域において積極的に従業員や設備に投資しない限り日本企業は本当の意味では復活しない。

新卒一括採用の慣行の残る日本では、採用時に狭き門をくぐり抜けて漸く手に入れた正社員の立場を従業員も大切にし、給与が上がらなくても転職せずに耐えるケースが多かった。

また更に企業は非正規雇用を増やすことで人件費を押さえ、内部留保を溜め込んできた。

日本企業と付き合っていて時折痛感することが、とにかく将来に向けた思い切った投資判断をしない。年度の予算管理が厳しすぎ期中で柔軟な変更が利かない。研修費等の社員教育にも予算を割かない。そして、オーバーコンプライアンスといえる程、社内ルールが複雑で、意思決定がとにかく遅い。
日本企業はリスクと資本と収益の3つを統合的に見ることができるCFOに権限を集中させて、溜め込んだ内部留保を元に、いまこそ積極的な戦略投資にでるべきではないか。

ソフトバンクの3人のCFO

CFOと英語で呼んでも実態は財務経理担当役員でしかない役職の日本の企業組織には、その代わり全社戦略や経営計画の立案を行う経営企画戦略担当役員や組織が存在する。優秀な大学を出た社内エリートが配属されることも多い。
マッキンゼーで働いていた頃、クライアント企業には総合企画本部や、経営戦略室等の組織が有り、そこからプロジェクトチームメンバーが選出されたりしていた。
コンサルティングという業種が日本企業にとってもまだ馴染みがなかった頃、この「キカク畑」の優秀なクライアントメンバーが変な縄張意識を持って議論を挑んできたりして面倒に感じたことも多い。
これは旧日本軍の組織に因んだものかもしれない。トップは、人格者で戦略思考や作戦は頭脳は参謀本部(戦略担当)が担う、そして最後にそれらを兵站(財務担当等)が実現に向けて動く。

1999年ソフトバンクの社長室に転職して気づいたことは、社長室はあったが日本の大企業に存在した経営企画本部、経営戦略部等の組織がなかったことだ。ダイナミックに事業領域も変化するため中期経営計画などもない。社長のアイデアを私のような数名の社長室スタッフが資料化したり調査したりして練り上げる。そして買収、出資、資金調達等を、CFOが孫社長の右腕として存在し様々な相談に乗る。CFO部門では、会計経理、予算管理等の財務経理だけでなく、出資交渉における法務審査も担当していた。

北尾吉孝

入社当時のCFOは北尾吉孝さん。現SBIホールディングス代表取締役会長兼社長兼CEOだ。

CFOとしてソフトバンクの成長のための資金を合計で4800億円調達をしました。そのころはまだソフトバンクは店頭公開したばかりでしたから、当時はもちろん今でも信じられないぐらい多額な資金です。また、本邦初の社債管理会社を置かない財務代理人方式による債券(500億円)の発行もしました。

北尾吉孝

当時は、11行の銀行団から500億の借り入れをしていたが、大型買収は全行の合意が必要でこれでは機動的な買収ができないと、これを返済し、代わりに同額の初めての方法で社債を発行した。この調達によってアメリカのコムデックスやジフ・デイビスの買収を行い、ジフ・デービスからの貴重な情報がヤフーへの100億円の出資へと繋がっていく。

笠井和彦

二人目のCFOは、北尾さんがSBI独立後の後任として迎えた笠井和彦さんだ。
旧帝大ではなく、香川大学経済学部出身にも関わらず、例外的に都銀副頭取に上り詰め、当時は安田信託銀行の会長になっていた。温厚で安定感のある笠井さんだったが、孫社長より実は「僕より凄腕のギャンブラー」だと聞いたことがある。ニューヨーク駐在時代に、為替相場で大勝負をし、大きな利益を稼いだ実績などを元に副頭取に上り詰めたのだ。笠井さんは、インターネット革命が到来しアニマルスピリッツの塊の様に熱くなっている孫社長を時に巧みに諌めつつ、日本テレコムやボーダフォンの買収など本当に会社の社運を賭けた重要な意思決定の時は、大きく背中を押して資金調達に動いた。そして笠井さんのCFO精神は、ソフトバンクグループ最高財務責任者、最高情報責任者、最高サステナサステナビリティ責任者、である後藤芳光さんとそのチームに引き継がれている。

孫正義

そして3人目の、CFO。それこそが創業オーナーの孫正義社長自身だ。事業の証券化や端末の割賦販売等の独自のスキームを、次々と編み出していく。IRにおいても株主総会のプレゼンテーションではワンマンショーだ。ソフトバンクの最大の強みは、事業キャッシュフローを生み出す事業会社(通信、ソフト流通、出版等)と投資キャッシュフローを生み出す投資会社の両方の思考が、孫社長という稀有な才能の元に1つに統合されていることだ。日本テレコムやボーダフォンといった大型投資を行う際には、常に事前に買収後の新サービスによる収益増の予備検討を行っていた。その検討には、孫社長自身が徹底して現場の技術担当レベルの詳細まで入り込んで検討する。買収後の事業キャッシュフローが読めていたので、一見、世間には割高と批判されていた企業の買収金額が、孫正義社長にとっては割安だったりするのだ。CEOとCOOとCFOのCスウィートが、一人の天才の元に統合されている、それがソフトバンクの最大の強みだ。また、ソフトバンクの経営会議では、孫社長への財務状況やシミュレーションの報告を営業や技術のトップも聞いており、それによって例えば「割賦販売台数」をどの程度達成することが、今期PLとフリーキャッシュフローのそれぞれにどの程度影響を与えるか、等を営業部門が理解しながら数字を作って行っている。冷徹な計算を理解して、アニマルスピリットを発揮し企業を成長させていこうと、まさに「CFO思考」で営業を含めた現場が動いているのだ。

いまこそエコノミックアニマルとしての日本復活を

実は日本企業でも、「CFO思考」の著者である徳成旨亮さんがCFOを務めた三菱UFJファイナンシャルグループが、3メガ体制になってから海外展開において成長し規模は3社の中で最大、事業収益もほぼトップを維持してきている。

また5大商社の中で伊藤忠が絶好調だ。


伊藤忠商事において経理出身丹羽社長が、自らを「掃除屋」と呼び、社長だった2000年3月には社内の反対を押し切って不動産などで4500億円もの巨額損失を一括計上。翌年度には伊藤忠商事史上最高益(当時)を計上してV字回復につなげた。この時の丹羽社長のその時点での思い行ったCFO思考での判断が、伊藤忠の非資源分野への長期的投資を可能とし現在5大商社においてもダントツの強さを誇る礎になっている。

右肩上がりで、誰が経営しても成長できた高度経済成長の昭和はとうに過ぎた。過去の事業基盤から、予算管理と経費節減で、利益だけを確保する平成経営も限界だ。私は、たまたまソフトバンクで会社が大きく投資をして急成長する過程で様々なことを学ぶことができた。在籍14年の間に、売上20倍、利益60倍(但し借入金も40倍)という事業成長を肌身で体験できた。

私が懸念するのは、失われた30年の間に会社の生存をかけた大きな投資とそれに伴う事業運営というアニマルスピリットの獣の匂いを嗅いだことがない社員が増え続けているのではないかということだ。

「人は仕事で磨かれる」(丹羽宇一郎)

逆に会社も本人も、生死を賭けたような大きな仕事を時に経験しないと人間は磨かれない。
世界では、中国企業、韓国企業、米国企業が激しくアニマルスピリットをむき出しに戦っている。日本企業もかつては「エコノミックアニマル」呼ばれていた。誤解をされているが、この1969年のパキスタンのブット元首相は「日本人は経済活動にかけては大変な才能がある。将来は立派な経済大国になるだろう」という称賛の意味での発言だった。

日本企業は「CFO思考」を備えたCFOを配置し、将来の時価総額をあげる大きな投資と事業運営に組織的に取り組まないといけない。

明日の日本を担う社員のアニマルスピリットを呼び覚ますためにも。





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