米株高と米消費者心理の間に生じている「ねじれ」
米国株が高値波乱含みの展開となって参りました:
この点、米国経済には気になる兆候が見られます。8月下旬に発表された米8月コンファレンスボード消費者信頼感指数は84.8と前月(91.7)から大幅に低下し、2014年5月以来、6年3か月ぶりの低水準となりました。前月比改善を見込んでいた市場予想の中心(93.0)を大幅に裏切る結果である。現況指数(95.9→84.2)、期待指数(88.9→85.2)、共にまとまった幅で悪化しています:
直近のハードデータを見れば、個人消費も堅調な回復軌道にあり、住宅周りの計数(住宅販売や住宅投資)もはっきりと改善しているだけに、こうした消費者心理の悪化は「ねじれ」として非常に目立っていました。比較的知られているように、米消費者心理は基本的に株価と素直に連動する傾向にあります:
これは家計金融資産に占める株式保有割合を踏まえれば当然の話で、例えば2020年3月末時点で米国は32.5%とユーロ圏の17.2%、日本の9.6%と比較しても突出して大きいものです。株価上昇で含み益が増えれば、消費者マインドは改善し、消費・投資も多く出ることが期待されます。そうした分かりやすい資産効果の存在が日欧にはない米国経済の特徴でした。しかし、図示されるように、株価はコロナショック前の水準を取り返しているにもかかわらず、消費者心理は腰折れしたままです。厳密には腰折れ後、まだ「底」を探っているような動きにも見え、やや不気味です。
「ねじれ」の正体
今回の結果に関しコンファレンスボードの景気指数担当(リン・フランコ氏)は「個人消費はここ数か月で持ち直したが、消費者は景気見通しや自身の懐具合に対する不安を深めており、今後数か月には消費が落ち込む公算が大きい」と述べていました。これは併せて発表された雇用に関する調査にはっきりと現れていて、「職が十分」との回答が前月の22.3%から21.5%に低下する一方、「就職が困難」との回答が前月の20.1%から25.2%へ大幅に上昇しています。春先以降の消費・投資行動の改善はあくまで失業保険の上乗せ給付に代表される政府部門の手厚い助成の結果であり、実体経済の自立的な改善(特に雇用・賃金環境の改善)の結果ではないということでしょう。
堅調な動きが認められるハードデータ(個人消費や住宅販売、投資など)と悪化の一途を辿る米消費者心理の「ねじれ」は「このような公的支援がいつまでも続くはずがない」という不安に起因するものだと推測されます。その不安払しょくは感染終息に賭けるしかないと言わざるを得ません。目下、大統領選挙を巡って様々な思惑が交錯しており、尚の事、各種公的助成の持続可能性に疑義が生じ始めているのではないでしょうか。既報の通り、追加経済対策(第4弾)を巡っては延々と議論が続いており着地が見えず、実体経済の悪化が置き去りにされている印象もあります。
依然1200万人以上の雇用が喪失中
結局、消費者心理が元に戻るためには職を得て、安定的かつ継続的な賃金が得られる環境が必要です。この点、非農業部門雇用者数(NFP)は3~4月の2か月間で計▲2216万人が失われていますが、5~7月の直近3か月間で+927.9万人が職を得ています。株価に象徴されるように経済・金融情勢は一見して「悲観の極み」から脱却しているように思われますが、差し引きすれば依然として▲1200万人以上が職を失ったままであることは忘れてはなりません。
雇用の先行きを占う上で重要となる新規失業保険申請件数は3月半ばから顕著に減っていますが、直近その改善傾向はやや落ち着いてきているようにも見えます。もちろん、4週平均で見れば、減少傾向は続いているため雇用環境の悪化は底打ちしていると考えるのが妥当ですが、4~6月期に見られたような「顕著な改善」から「緩やかな改善」に切り替わっていることは間違いなく、目先で「緩やかな改善」から「横ばい」のようなイメージに切り替わることがないか注視すべき雰囲気も漂っています。繰り返しになりますが、未だ1200万人以上が職を失ったままであり、改善の余地はまだ大きいものと考えられます。改善の動きが「横ばい」になるわけにはいかない情勢です:
いずれにしても、歴史的な高値を付ける株価によって実体経済の深手が糊塗されやすく、それゆえに米議会も切迫感を持って追加対策を検討してくれないという皮肉があるように思えます。しかし、どう見ても米家計部門をとりまく環境は未だに相当の危機感を帯びた状況にあります。その前提の下、金利や為替の中長期的な絵を描くべきでしょう。実体経済と金融経済の間に横たわる「ねじれ」の存在を踏まえれば、足元で見られた米株の急落のような動きは、今後も断続的に発生しやすいと考えられます。