
地方は「創生される」準備と「東京一極集中」から人を取り戻す覚悟があるか
先日、ある企業のインターネットを活用したサービスが地方の事業者が利用するのに有益ではないかと思い、サービスの概要を伺うとともに、地方の事業者向けに説明会を開催してもらえないかと打診した。その企業は、創業年数こそやや長いものの、いわゆる中小企業とは呼べない成長企業である。
回答としては、説明会の実施自体は可能であり、そうした実績は多々あるものの、地方の事業者への対応は非常に難しく時間を要するため、オンラインでの説明会であっても数十万円の費用が発生するとのことであった。数万円程度であればまだしも数十万円もの費用がかかると聞いて、正直なところ驚いた。説明会はその企業にとって営業の場でもあり、そういう場をこちらは無料で提供しますと言っているにもかかわらず、それに加えてこちらが費用を負担しなければならないのが現実なのだ。
いろいろと話を聞くうちに、この企業が過去に同様の依頼を受け、対応した際に苦労した経緯があることが透けて見えてきた。インターネットサービスであるにもかかわらず、地方の事業者の中にはサイトからの簡単な登録の段階から自力ではできない人もおり、また、ネットで受注はしたもののFAXと電話でなければ対応できないといったケースもあったようだ。そのため、この企業側としては対応に多くの時間と労力を費やさざるを得なかったのだろう。その苦労が背景にあるため、説明会開催にも慎重になっているのではないかと推測された。
実は、この企業にアプローチするため、よく知っている人を介して話を持ちかけたのだが、それでもなかなかアポイントを取ることができなかった。おそらく、これまでにも同様の依頼が多く寄せられ、そのたびに対応の難しさを痛感してきたのではないかと想像している。
観光DX関連のサービスが資金調達を行ったというニュースが報じられている。記事によれば、この企業のユーザーは500社に上るというが、そのうちどれくらいが地方の企業なのだろうか、と考えてしまった。
石破政権になって以来、「地方創生」の掛け声が再び活発になり、今後大きな資金が地方に流れることが予想される。それが本当の意味で地方創生につながるのであれば喜ばしいことだろう。
しかし、地方の実情を見ると、依然としてインターネットの活用が進んでいない地域が多く、上記のような状況は決して珍しいものではない。もちろん、先進的に取り組んでいる地方や事業者も存在するが、それでもインターネットの波に乗り切れていない事業者の方が圧倒的に多いのが実感だ。
30年前、ちょうどWindows95の普及が始まった頃、フランスのホテルを予約したことがある。当時、まだインターネット予約には対応しておらず、電話で予約方法を確認した上で、FAXで申し込み用紙を送信し、さらに相手に電話で届いているかを確認して予約を確定したことをよく覚えている。相手はホテルだったため英語での対応が可能だったが、当時はパリの街でもまだ英語が通じない店も多く、買い物にも苦労したことが思い出される。
現在のフランス、特にパリでは英語が通じることが当たり前になっており、この30年間の変化は大きい。しかしこの点で、日本の、特に地方は30年前のフランスとあまり変わらない状況にあると言えるのかもしれない。
「インバウンド、インバウンド」と掛け声は盛んだが、実際に日本がインバウンド客を受け入れる体制が整っているのかと言えば、実態は上記のような状況である。大都市にインバウンド客が集中し、地方では思うように客を呼び込めていないという話も聞く。
この記事でも、
秡川直也観光庁長官は18日の記者会見で「インバウンド(訪日外国人)の宿泊は三大都市圏に70%程度集中している。地方により行ってみたいと思うような発信を続ける」と述べた。さらなる訪日客数や消費額の増加には、地方へ需要を分散させる取り組みも重要になってくる。
と指摘されているが、「地方へ需要を分散させる取り組み」の受け皿は地方の側に用意されているのか。こうした環境のままでは、インバウンド客が地方に足を運ばない・運べないのも当然と言えるだろう。よほど魅力的な場所等でもない限り、FAXや電話で予約を取るという方法を海外の旅行者が使うはずもない。
以下の記事では、
新しいものや便利なものを「面白いな」とモチベーションにする人は、すでに都会に行っています。今、地方には「できれば、昨日と同じことをやり続けたい」「平穏無事が第一」と考える方がたくさんいることを忘れてはいけません。
と指摘している。
そのような状況の中で、「東京一極集中を是正せよ」という掛け声は地方から聞こえてくるが、では、そのために地方はどのような努力をしているか。
もちろん、東京一極集中には問題があり、地方の創生が必要であることに全く異論はない。しかし、地方自身がそれに向けた具体的で実効的な対策・施策をどれほど実行しているのかという点については、不都合な真実だとは思うが、疑問が残る。これには、首長や地方議会議員などの政治家が結局は地元の票を取らなければ生き残れず、上に引用したように地方の人、つまりは有権者の多くは”「できれば、昨日と同じことをやり続けたい」「平穏無事が第一」と考える”ことの影響も無視できない。
この記事の中で、
中川氏は「過疎がより進む地域はデジタル技術を活用して都市との連携を強化し、持続可能性を高めることが重要だ」と分析する。
と指摘している。しかし、実際には過疎が進む地域ほどデジタル技術を活用できていないのが現状である。このままの状態で地方に資金だけが流れても、それが国の意図する方向に活かされるのかどうか。
日本はすでに人口減少が進み、長期的に税収も減少が予想される。限られた財源をどのように効率的に活用するかが重要な課題となる中で、何の準備も覚悟もない地方へ資金を投じるだけで問題が解決するのかという点については、慎重に考える必要があるのではないだろうか。