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「みんな出世したい」という前提が崩れた時代の、マネージメント能力のリスキリング

「出世はしないけど成功」というキャリアは想像できなかった

子供の頃、ソーリーといえば中曽根ソーリーでヒットチャートには数曲演歌が入るような時代ですが、出世して課長や部長になることは、夢とまではいかなくてもある種の憧れでした。お父さんが自動車会社の部長だという出来杉くんのような友だちがいて、家に遊びにいくとたまにその御仁に出くわすのですが、そのちゃんとした感じは何とも世間離れした映画の中の人のように見えたものです。

そんな時代に生まれ育ち、昭和の空気が、まだ二日酔いのように時代の吐息に混ざる時分社会人になった私は、当時当たり前のように出世を目指して働きました。働く以上出世を目指さないという選択肢はなく、「出世はしないけど成功」というキャリアは想像できませんでした。

何年かして同期の一人が主任のような立場に出世したとき、その同期は辞令を受けたその場でこっそりとガラケーを取り出し、母親に報告のメールを打っていました。出世とはそのようなものでした。圧倒的に人生の晴れ舞台だったのです。今はどうでしょうか。母親は私の役職など知らないでしょうし(教えていないので)、ましてや家に遊びにくる子供の友達が知る由はありません。隔世の感です。

若い人の出世意向に関する調査は色々とあり、その結果は対象や実施時期、聞き方により大きく異なりますが、ざっと見渡すと40%〜80%が出世や管理職を望んで「いない」という結果になっているようです。副業としてやっているキャリア相談で若い人とお話ししている感覚だと、少なくとも過半数はそうした意向を持っています。実際に、確実に、令和のこの世では出世や管理職を望まない人が増えているのです。

出世に頼らずとも承認欲求を満たし、生活を豊かにすることができる現代

その理由はなんだろうなと、管理職の育成もミッションの一つである私は日々考えています。シンプルに言えば、中間管理職がワリに合わなくなった、ということなのでしょう。給料が上がっていないのは、何も中間管理職に限ったことではなく、日本社会全体が抱える宿痾です。そうなると、管理職の仕事がことさら大変になったことがその不人気の元凶だと考えられます。

確かに管理職の仕事は大変です。私の管理職経験はまだ10年とちょっとですが、その10年の間にさえ、マネージメント業務の難易度は目に見えて高まったと感じています。年功序列による権威のボーナスのようなものがなくなったことや、ハラスメントに対する意識の高まりなど、その要因は一つではないでしょう。ただ、その中でも最も根深いと考えるのが、他ならぬミドルマネージメントへの関心の低下です。

「誰もが基本的には出世したい」という前提の下では、評価者である管理職を、チーム全員が「初期設定として」仰ぎ見ていました。管理職というだけで、最初から無条件に、ある程度の権威があったのです。下駄を履いていたわけです。そして、会社で評価され出世すること以外に、承認欲求を満たし暮らしを上向かせる手段がなかった時代には、まさにそうした前提で社会が回っていました。

転職したり、副業したり、仕事以外でもソーシャルメディアなどで影響力を持つことで、現代人は出世に頼らずとも承認欲求を満たし、生活を豊かにすることができるようになりました。そうなると、「別に今の会社で出世しなくてもいい」という層が若い世代を中心に増えてくるのはごく自然なことです。

マネージメントスキルにもリスキリングが必要

そうした人たちを相手には、評価者としての権威はあまり機能しません。伝家の宝刀を奪われた管理職の中には、部下をうまくマネージできずに苦しむ人も出てきます。そんな苦悩を目の当たりにした若い層は、ミドルマネージメントへの関心をさらに失っていきます。負のスパイラルです。

この悪い流れを断ち切るために、中間管理職は本質的なマネージメントスキルで再武装する必要があるのですが、ハラスメントに、コンプライアンスにと防御を固めるのに手一杯で、なかなかそこまで手がまわらないということもあるでしょう。武器が減り、社会や会社から新たな武器が供給されないままに、乗り越えなくてはならない試練だけが増えているような状態なのです。

ここに、社会に潜むもう一つのリスキリングの課題が浮かび上がってきます。マネージャーの、マネージメント能力のリスキリングです。「誰もが基本的には出世したい」という前提が崩れ、権威の下駄がことごとく取り去られたいま、マネージャーはこれまでのやり方ではうまく部下を管理できなくなってきています。

それにも関わらず、管理職のマネージメントスキルのアップデートは、デジタル化文脈のリスキリングとは異なり、社会全体でほとんど議論されていません。ベテラン世代には、デジタルの専門知識では若い世代に及ばずとも、そんな若い世代をまとめるマネージメントで力を発揮する道が残されているはずです。しかし、それにはマネージメント能力のリスキリングが必要不可欠なのです。

ポータブルなスキルを持つ「マネージメントのプロ」

将軍や軍師が優れた軍略を持ち、士気も練度も高い兵が揃っていても、戦略を理解してそれを現場に落とし込む千人将や百人将がまったくもって機能していなかったら、その軍は間違いなく敗走を余儀なくされるでしょう。

軍略を考える将軍や軍師の優秀さと、戦いの最前線で奮闘する兵士の優秀さ、それを間で調整する百人将の優秀さはそれぞれまったくの別物であることを考えると、そのようなことは十分に起こりえます。3者のうち、中間の将の能力のみあまり重視されない状態がしばらく続けば、ある日たちどころにそうなるでしょう。

トップのビジョン、現場の士気と能力、そしてミドルの管理能力。このどれかが重要なのではなく、全てが重要なのです。そのどれが欠けても、組織はうまく機能しません。そして、今起こりつつあるのは、ミドルの空洞化と機能不全です。これを放置すれば、企業の生産力は大きく傾き、ひいては日本の国力が傾くことは避けられません。

管理職にはマネージメント能力のアップデートが必要不可欠です。マネージメント能力のリスキリングです。コーチング、デリゲーション(委任)、目標設定などの技能を体系的に学び、それらを日々の実践で磨くことで、いつどこに行っても通用するポータブルなスキルを持つ「マネージメントのプロ」になる必要があるのです。強い自戒を込めて。

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