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人材募集をする前に、まず人手不足対策のグランドデザインを描こう

 日本の人手不足 がいよいよ待ったなしになってきている。

これまで限定的にしか就職が認められていなかった専門学校の外国人留学生に対して就職の門戸を広くする方針になるのだという。

 これに限らず不足する人手をなんとか人力で補おうという対応策が目立つ。様々な報道を見ていても、○○分野の人材を何年までに△△人に増やす、と言った対応策を取ろうとしているケースが大半ではないだろうか。

 例えばサービス業に関しては、日本流のおもてなしを維持するためには人でなければいけない、という暗黙の認識がこの記事からも伺える。

これは たまたま関西の記事であるが、こうした考え方は何も関西に限らず 日本全体においてあることだろう。こちらは東京の百貨店の事例だ。

もちろん、こうした労働環境の改善は大切で歓迎すべきことではあるのだが、営業時間を短縮する、あるいは休業日を設けるといった対策では、残念ながら抜本的な人手不足対策であるとは言い難いのではないか。

たとえば、時給が1,000円程度の人材で果たして本当に「日本流のおもてなし」ができるのであろうか。日本のおもてなしは、そんなに安く供給できるもの、あるいは安く供給してしまって良いものなのだろうか、というのが飲食店求人の記事を読んだ率直な感想である。百貨店の記事にしても、文面かからは詳細は不明だが、営業時間の短縮で支払われる賃金もその分少なくなるだけなら単なる人件費削減でしかなく、働く側にとって時間には余裕が出来ても経済的な余裕がなくなるのでは意味がない、とも思ってしまう。

 そして、各産業領域で増やそうとする人材の人数を合計した時に、果たして今の日本の人口でまかなえるのだろうか、とも思う。それが無理だから、冒頭の記事のように段階的に、あるいはなし崩し的に、外国人を労働力として受け入れていく方向にあるのだろう。人材を海外から呼び込んでくるにしても、先ほどの「おもてなし」のようなケースであれば日本人の就労が暗黙のうちに想定されているのだと思うが、その時に果たして日本人だけでこうした労働力がまかなえるのだろうか。

 そもそも人口の減少は今に始まったことではなく こうした状況になることは少なくとも数十年前からわかっていたことである。社会人になる年齢を20歳だとすると、今年新たに社会人となる日本人の最大数は20年前の出生数によって決まっている。 別の言い方をすれば、20年後に社会人になる人の数は今年何人の赤ちゃんが生まれるかによって決まってしまう。この単純な事実を考えれば、あとからどんなに対策を打ったところですでに生まれてしまっている人の数を増やすことはできない。一方で、少なくても少し前までは日本は外国人の労働力を受け入れることに対して極めて消極的であった。そうであれば、今になって若い労働力が足りないという議論が起きることは、すでに20年以上遅いということになる。

従って、新規に日本人の人材を確保しようという話は、特定のジャンルにおいて、例えば IT人材を増やそうといったことについてはまだ理解できるが、全産業分野においてそれを目指すということは、ナンセンスというほかはないだろう。その議論をするタイミングは、数十年前に過ぎ去っているのだから。

 そして外国人を受け入れるにしても、円が安いことも相まって、今のままの ような安い賃金では、海外から人を採用するということは非常に難しいことになるだろう。そうした人材は、賃金だけを考えれば、日本以外にいくらでも条件の良い働き先を見つけることが出来るはずだから。

こうした状況で、人手不足の解消は、人力に頼らなくて良いものはなるべく 機械化し自動化していくという方向で考えなければならない。そして、人手をかけるところについては、価格は高くてもそれに見合うだけの付加価値を提供することで、働く人に対する報酬・賃金も上げていかなければ到底維持できない

たとえば、この西鉄バスの取り組みのように、まず今できるところからでも人手に頼らないやり方を模索していくという取り組みが非常に大切だ。そのためには、AIなどのデジタル技術を理解し、理解するだけでなく取り入れることが出来ることが必要であり、特に経営層には必須のことになる。

だが、残念ながら、今まで通りの価格帯で、今まで通りのサービスや商品の提供をすることを前提に人手を集めようとしているのではないかと思われるケースが非常に多い。つまり、賃金・報酬のアップも、新技術の導入も念頭にない、ということであり、その意義も理解されていない、ということだろう。現状維持は不可能なのに、そこは目をつぶって昔のままでいたいという気持ちだけにすがっているように思えてしまう。

 そうしたことを象徴するのが、昨今、一部のメディアが問題にしているマイナンバー制度の件ではないか。

もちろん、指摘されている様々なミスなどの再発を防止することは必要だが、こうしたトラブルの発生をもってマイナンバー制度を元に戻そうとすることは、つまり行政のデジタル化・効率化をやめて、人海戦術に戻そうということだ。それでなくても人手が足りないのに、行政サービスに昔のままの人員を投入せよ、と言っていることになる、という認識が、問題視している人たちにどれだけあるのだろうか、と思う。

ここでも、人手が潤沢にあった時代の発想が、いまだに多くの人の無意識の中にあるということを強く感じる。残念ながらすでにそういう時代ではないのだが、特に日本社会の多数派である高齢者を中心に、新しいものになじめないことも相まってこうした論調になっているようだが、まさにこの社説の指摘の通り、

行政、民間を問わずあらゆる事務作業をデジタル改革で効率化しなければ、人手不足で経済・社会は回らなくなる。日本にデジタル改革を遅らせる選択肢がないことをみんなで再確認したい。

 そういう状況なのだ。

 単に、手が足りないから頭数を揃えようという発想ではなく、技術の利用で人数が少なくても同じサービスをする方法がないのか、あるいは人を抱えるのであれば高い報酬を払っても成り立つようにできるのかという発想で組み立てなければ、この人手不足問題は解決の糸口が見えないだろう。


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