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『薄めず広める』、クラッシック音楽と哲学

今月から、日経新聞で気になる特集が始まりました。
その名も「クラシックの常識 ぶっ壊す」。

舞台から流れてくる音楽家たちの演奏を静かに座って聞く。そんなクラシックの常識を壊そうとする試みが相次いでいる。経営者との二刀流で音楽院設立を夢見るショパニスト、「クラシカルDJ」を名乗る金髪の指揮者、「聴き方改革」を進めるプロデューサー、名曲の即興演奏を世界に発信するYouTuber(ユーチューバー)ピアニスト――。ファンの裾野を広げようと奮闘する人々の姿を追う。

日経新聞

もはや聞き飽きたであろうコロナ禍がもたらした文化への打撃の中で、引き続き音楽に与える影響は大きくそして難しいものがあります。そんななかでポップスの市場規模の10分の1であり、なかなか生計を立てるだけでもかなり難易度が高いとされるクラッシック音楽の困難さには、幼少期にヴァイオリンを齧ったことで、この世に”才能”というものがあるんだと実感させてもらった(もちろん自分はモブの1人として)経験を持つクラッシック好きとしても思いを重ねてしまいます。

そんななか、ポーランドの首都ワルシャワで開かれた第18回ショパン国際ピアノ・コンクールで反田恭平さんが、日本の出場者で歴代最高に並ぶ第2位となったニュースからすこしクラッシック音楽にも光が当たってきました。

今回の日経の特集はそんな反田さんから始まり、様々なクラッシック音楽界のイノベーターを取り上げて、クラッシック音楽の胎動を伝える記事の模様。これは連載が楽しみです。

まずは読んで頂きたい「カラヤンの後輩は金髪DJ 水野蒼生のとがった挑戦」

そんななか特集第二回の水野蒼生さんの記事は是非読んで頂きたい!
実は記事にあるとおり水野さんは今月開催のワンマンライブ開催の為にクラウドファンディングをMOTION GALLERYでご一緒したご縁がありつつ、我々のPODCAST番組「MOTION GALLERY CROSSING」の今月の12月特集『薄めず広める』にもご出演頂いたばかりだったのでものすごくタイムリーだなと思うとともに、PODCASTで伺ったお話と通底する価値観についてとても分かりやすい記事になっていて、記事とPODCASTの双方でお話を見聞きしてもらえると、すごく考えさせられるものがありました。

18年2月のイベントがユニバーサルの目にとまり、日本法人トップとの面談に呼ばれた。そこで語った夢は「日本武道館でクラシックコンサートをやる」。同社の制作担当者は「ここまで『若い世代に聴いてもらいたい』との思いが強い音楽家には会ったことがなかった」と振り返る。
同年9月、アルバム「MILLENNIALS -We Will Classic You―」でデビューした。グラモフォンの名盤の音源を大胆にミックスした作品だが、意外にも音楽評論家やファンから高い評価を受けた。「大反発を食らうだろうと身構えていたので、むしろ肩すかしを食らった」(水野)
クラシック界には「若者を呼び込まなければ衰退する」という危機感が漠然とある。実際、他の娯楽や文化芸術に比べて音楽会に出掛ける20~30代の割合は少ない。業界を活気づけるため、とがった挑戦が求められていたということだろう。

日経新聞

水野さんの活動や考え方などは是非記事を読んで頂きたいと思いますが、
色々とお話を聞けば聞くほど、文化産業全体に通底する課題と向き合っているんだという思いが去来します。クラッシック音楽に限らず、文化や表現を自分ごととして生活の一部となる層が若年層がどんどん減っていると言われています。映画業界や出版業界でも状況は同じ。そんななかで、もしかしたらもっともそのハードルが高いであろうクラッシック音楽を若者世代のものとするチャレンジに本気で取り組んでいる水野さんの活動はとてもとても魅力的にうつりますし、そんな水野さんから学ぶことが多いなと思います。

実は今月のPODCASTのゲストにお招きしていたのもこの日経の記事の視点と近しものがあってでした。
我々MOTION GALLERY がとりくんでいることの1つのとして、価値観の多様性や新しさをいかにエンハンスして社会に実装し豊かな公共をつくっていくのか、というものがあるのですが、そんな中で常に抱えている問は「スケール」との戦い。スタートアップ的な価値観が支配的になっていくことで加速主義的な側面でプラスの面もおおくある一方で、こと文化表現領域から見るとあらがわなくては行けないところも多くいつも困難さがつきまといます。ブリッツスケール的手法では単なる消費やウオッシュで終わってしまう「スケール」になってしまい意味がない。価値観を「薄めない」ことを担保した上で「広めていく」戦い方ってありうるのか?そんな疑問を年末の12月だからこそ今年の締めくくりとして企画しました。

特集名を『薄めず広める』として、水野蒼生さん(指揮者/クラシカルDJ)と、永井玲衣さん(哲学研究者)をゲストにお迎えし、それぞれ薄めて広げても意味がないかもしれない領域においてそれぞれ若者層に広げていこうとしている実践者からお話を伺いました。

クラシカルDJと哲学対話

水野蒼生さん(指揮者/クラシカルDJ)と、永井玲衣さん(哲学研究者)をゲストにお迎えし、非常に長い歴史と研究・実践がある分野で、それを易しく大衆化するでも難しく学問的に振り切るでもなく、今の文化やくらしにフィットするように、その真髄を薄めず広めるそのご活動について、ディープなトークとなりました。
ゲスト水野さんがクラシック音楽を本格的にはじめたのは中学時代のヴァイオリンということから、楽器の奏者とは異なる指揮者の意外な年齢層やキャリアについて、さらには主催したライブハウスでのクラシック音楽ライブで試しにやってみたDJが世界最古のクラシックレーベルからオファーされた!という驚きの「クラシカルDJ」はじまりのエピソードが。

MOTION GALLERY CROSSING

遠いものを近づけたい

哲学・哲学対話の”はじまり”のお話からスタート。歴史上のものであったり難しい印象のあるクラシック音楽と哲学が実は今の私たちの日常にもあることを気付かされるゲストお二人の最近のご活動についても伺いました!
「なんで?」という問いは「驚異・懐疑・自己喪失」から”やってくるもの”と話すゲスト永井さん。哲学は掘り下げる学問・実践であり、哲学対話は相手が何を言おうとしているのか聞くことを大切にしているという部分からも、震災やコロナ禍といった社会状況に連動して考えざるをえないことの多い今だからこそ、渇望され必要とされているのだと感じました。
最近のご活動の話題では、新型コロナウィルスの影響でおよそ2年ぶりとなる水野さんの有観客ライブとそのクラウドファンディング、そして最新アルバム「VOICE -An Awakening At The Opera」での歴史的なオペラや歌曲を今のポップスに生まれ変わらせるチャレンジについて。そして永井さんの最新著書「水中の哲学者たち」が哲学書でありながらエッセイという表現に至った経緯について、哲学が日常的な営みであり、そしてクラシック音楽が”歴史上”だけのものではないことをより深く感じられるトークとなりました。

MOTION GALLERY CROSSING

一緒に溺れる

「フラットに対話するにはどうしたら?」という、演劇、哲学対話、クラシック音楽に共通する非常に重要な”問い”からスタート。
哲学対話はファシリテーターに集うのではなく問いに集うのであって、ファシリテーターもまた、ともにもがきながら一緒に考える存在であるという永井さんのお話に、水野さんからも指揮者としてこうしたいという誘導はあってもコントロールするものではなく、気持ちよくドライブできるよう促せることが大切、という強い頷きが。長井さんの演劇での経験含め、共通する課題とそれぞれの難しさを分かち合うトークとなりました。

MOTION GALLERY CROSSING

態度をいちばん大切に。

素晴らしいものと思わなければならない・わからないのは恥ずべきこととなりがちな空気感やそのジャンルの捉えられ方を変えていくための、ゲストお二人の”薄めず広める”挑戦に込めた思いが詰まったトークとなりました。
いわゆる過去の”偉大な”作曲家や哲学者を恐れすぎているという共通する考えを紐解いてみると、過去の作曲家や哲学者もきっともがきながら書いたのであって、そこから生まれた譜面や哲学書を、そのわからなさを、まずは自分に許すというゲストおふたりの意外なエピソードが。
また、近年ブームとなった”超訳”によってその存在が身近になる一方で、薄まって広まってしまうことをどう食い止めていくのか、”わからさに耐えてもがきながら時間をかけてやることこそ哲学”と話す永井さんと、クラシック音楽を再解釈して”一緒に近づいて楽しめる環境をつくる”と話す水野さんそれぞれの”態度”に、わからないままに、わからないからこそ知ろうとしていいんだ、という後押しをいただいたようでした!

MOTION GALLERY CROSSING

ジャンル行き来する交易船に

わからないものをわからないままに、わからないからこそ知ろう、楽しもうとする”態度”で発信者と受信者双方がありつづけること、その態度それ自体が重要なのではないか。

近年ブームな”超訳”の様に確かに広まるものの薄すぎてビジネス的視点以外では何も残らないアプローチに抗いつつ、薄めず広める環境をどうつくっていくのか。
そんな一つの(仮)結論が、クラシカルDJと哲学研究者のお二人の異色対話で編み出されたPODCASTでしたが、日経記事でもそんな論点に対してのとても示唆に富んだ水野さんの言葉がありました。

自らの作品や活動を、初心者がクラシックを楽しむための入門編と位置づける。名曲の聴きどころを集めたコンサートは世にあふれているが「内容を入門的にするのではなく、誰でも行きやすい環境をデザインするほうが大事だ」と考える。

日経新聞

そしてそのデザインの重要な要素の1つとして「交易船のような存在」になるという言葉もありました。

DJ活動を通じ、クラシック以外の音楽家とたくさん巡り合った。「自分も新しい世界が広がったし、他のジャンルのアーティストや彼らのファンからもクラシックの魅力に気付いたと言われる」という。歴史上、芸術は様々な背景を持つ者の出会いによって新しい表現を生み出してきた。「他のジャンルの音楽とクラシックを行き来する交易船のような存在になれれば、すごく楽しい」

日経新聞

内容が入門的になってしまう超訳ではなく、環境を入門的にする。
それには確かにいろんな文化が混じり合う交易船のようなデザインにすることで成立していく気が僕もしました。そして、その様に実践できているのって、やっぱ「クラッシック音楽なのにDJ」という水野さん自身が意識的に交易船のようなアクションやプレイをしているからこそ実感と実践が成立しているんだと思います。

その様に、薄めずにたくさんの場所に届けていく交易船のような活動の実践者がふえたり、そんな交易船同士が混じり合う機会が増えればきっとブリッツスケールに毒されずに、文化表現活動の良さを広げられる。そんな希望を持ちました。

今自分が取り組んでいる、下北沢のミニシアター『K2』で掲げたビジョンの1つも「マイクロコンプレックス」。つまり多様な文化の結節点たろうとしています。MOTIONGALLERYもK2も、交易船のような存在、そして交易船が行き交う港となれるように引き続き頑張りたいと思います。


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大高健志@MOTION GALLERY
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