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戦争はESG投資家の行動を、どのように変化させたのか?〜ESG理念と投資リターンのジレンマ〜

 ESG投資のパフォーマンスに注目が集まっています。というのも、下記の記事にもあるように、ここ数年のESG(環境・社会・企業統治)意識の高まりで、ESG投資家(国連PRIに署名した機関投資家)が投資対象に脱炭素の動きから石油や石炭関連の株を持たないことが増えてきたのです。持続可能な社会作りとして素晴らしい取り組みに見える一方で、ESG投資の理念を再考する契機にもなりつつあるのです。

ESG投資の理念とは?

 そもそも、ESG投資とは、投資戦略の際に使われてきた財務情報だけでなく、投資企業の環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)の取組みも考慮して投資することを指します。特に、年金基金など超長期で運用する機関投資家を中心に、投資先企業の「ESGを意識した経営」(=サスティナビリティを意識した経営)を評価して投資するように変化しつつあります。しかし、曲者なのが、投資先企業の経営がESGに資する行動をしているかどうかを判断する「評価軸」が曖昧なのです。
 というのも、私たちの年金などを預かって運用する機関投資家は、私たち受託者に対して投資リターンを提供することが仕事です。そして、投資リターンとESG投資をすることのジレンマに悩ませられることもあります。

ESG投資ファンドが抱えるジレンマ!?

 例えば、ESGな経営とはいえなさそうだけど、しっかりと投資リターンは上げてくれると予想される投資候補先企業が存在するとします。そうして、こうした企業に投資をしないと、当該ESG投資ファンドはマーケットインデックス(S&P500、TOPIX、FT100など、その国を代表する株価指数)に投資パフォーマンスで負けてしまいかねない状況だとします。マーケットインデックスに負けるということは、手数料の高いESG投資ファンドでなく、手数料の安いインデックス投資ファンドに顧客が逃げる可能性が高まることを意味します。なぜなら、ESG投資ファンドにお金を入れている投資家(主に個人投資家)は、社会をより良くする企業に投資をしたいだけでなく、投資リターンを上げたいからこそお金を入れている人が圧倒的多数と考えられるからです。そもそも、投資リターン関係なく社会をより良くする企業に投資をしたいと考える投資家は、投資でなく寄付などクラウドファンディングなどを選択すると考えられるからです。持続可能な投資リターンが見込めないファンドに、理念だけでお金を投じ続ける投資家はかなり少ないでしょう。

今、目の前で起きているジレンマ

 そして、こうしたジレンマが今起きつつあるのです。上述したように、多くのESG投資ファンドは脱炭素の動きから石油や石炭関連の株を持たないことが増えてきました。しかし、石油価格は急上昇しており、石油開発企業の株価は右肩上がりで伸びているのです。イギリスを代表する株価インデックスFT100は、原油開発企業の影響から株価は世界の中でもパフォーマンスの良さが目立っています。しかし、イギリスなど欧州のESG投資ファンドの一部は、こうした株価指数ファンドに負けが続く状況にもなっています。
 更には、脱炭素関連だけではなく、防衛関連企業の株をESG投資ファンドに組み込むかのジレンマも佳境を迎えているようです。下記のFT記事では、ドイツでは防衛関連企業を組み込まないESG投資ファンドは10% ほどしか存在せず、欧州全体では約40%のESG投資ファンドが防衛関連企業に投資をしていることが報告されています。理由は、世界中であらゆる企業の株価が急落している中で、数少ないリターンを上げている投資先の一つだからです。もちろん、防衛は国家の持続可能性を担保するための重要な要因です。しかし、戦争の道具を生産し続けなくてはいけない世界というのは、持続可能な社会作りへと繋がるのでしょうか?ESG投資ファンドも営利団体ですし、投資リターンを上げる必要があるだけに、悩ましいことです。

結局、ESG投資ファンドのリターンはどうなっているのか?

 ESG理念を守りながら投資リターンを継続的に上げ続けるというのは、沢山のジレンマを抱えているのかもしれません。
 しかし、ロシアのウクライナ軍事侵攻前のデータを用いた下記のサーベイ論文では、株価の源泉である企業業績と、ESGスコアとの関連性が検証されています。2015年時点で2000以上の論文が存在しており、約9割がESGスコアが高い企業ほど、高い企業業績にあると報告しています。そのメカニズムは、多岐に及んでいます。慈善活動に積極的な企業は、それが高い営業力と企業業績に繋がりやすい、取締役主導によるESG活動はROAや営業成績の向上につながりやすい、製品を差別化する力のある企業ほどESGスコアと業績のとの相関が強い等々などです。

Stuart L.Gillan, Andrew Koch, Laura T.Starks, (2021), “Firms and social responsibility: A review of ESG and CSR research in corporate finance” Journal of Corporate Finance, 66-101889
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0929119921000092


 さて、この傾向は、軍事侵攻後も継続しているのでしょうか?また、それは従来のESG理念と整合的なファンドからのリターンからなのでしょうか?今後のデータ蓄積次第で、私も検証してみようと思います。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
応援いつもありがとうございます!
崔真淑(さいますみ)

*冒頭の画像は、崔真淑著『投資1年目のための経済・政治ニュースが面白いほどわかる本』(大和書房)より引用。無断転載はおやめくださいね♪



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