伊勢市が宮本亞門さん、相川七瀬さんらクリエイター130名を招致できた理由
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伊勢市が宮本亞門さん、相川七瀬さんらクリエイター130名を招致できた理由

コロナ禍で打撃を受ける地方の観光業を盛り上げるプロジェクトとして、ひときわ注目を集めた「伊勢市クリエイターズ・ワーケーション」事業。
伊勢市が滞在費を全額負担し、さまざまな分野のクリエイターに伊勢市内で過ごしてもらうこのプロジェクトには100名の参加枠に全国から1271人もの応募が殺到し、募集記事は美術手帖のアクセスランキングでも1位になるなど、各方面から大きな反響をあつめました。

伊勢市への滞在が決定したクリエイターとしては、世界的な演出家の宮本亞門さん、国民的シンガーの相川七瀬さん、写真家の石川直樹さんなど、各分野の一流のプロクリエイターの方々が選出され、錚々たるメンバー(これだけの人が集まった時点で、大成功なのでは)。
私(市原えつこ/メディアアーティスト)も伊勢への想いが通じたのか、参加作家としてご選出いただきました。

晴れて伊勢市入りしたときに、「これだけの事業を回すのだからさぞかし巨大な運営委員会があるんだろうなぁ、伊勢市予算があるな〜……」と漠然と思っていたのですが、
滞在初日に参加作家さんたちと飲みに行った時に「企画者である、伊勢市役所の立花さんがほぼ一人で回している」という衝撃の事実が発覚。なんだそれは、正気の沙汰じゃないぞ……!???

どういうことなのか。この謎の熱意や、クリエイターへの深いリスペクトの源泉はなんなのか。
伊勢を満喫しながらも疑問がふくらみ、つい滞在最終日に企画者である伊勢市役所・観光誘客課の立花健太さんに取材を申し込んでしまいました。

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伊勢市役所観光誘客課・立花健太さん(36)
京都大学で現代文化を専攻したのち三重県職員に。4年前に伊勢市役所の職員となり、観光誘客課に所属。
なお特に文化行政のご担当というわけではないそうです。


長い目での観光PR目線で企画した、クリエイター特化型ワーケーション


——クリエイターズワーケーション事業を立ち上げた動機と経緯は何だったんでしょうか?観光誘致の側面は強いと思いますが。

やはり新型コロナウイルスのことですね。春に緊急事態宣言があって、その解除後もお客様が来られない状況が長く続いて。GWの伊勢市は全国でも1位、2位をあらそう来訪者の減少率だったんです。観光業は泊まっていただかないとお金が落ちない。宿泊旅行が減るというのは、飲食、宿泊、土産屋など観光産業でもっているうちのような市にとって、すごく大きな痛手で、非常に重大な事態だとわかった。

5月の「おはらい町」

5月の「おはらい町」の様子

国の予算も動いて新型コロナウイルスに関する経済支援はあったのですが、観光視点からの事業として、宿泊客を増やす施策をやらなきゃいけない。GoToキャンペーンが象徴的ですが、国や県でも「お金を割引でお得にしてたくさんの方に旅行に来てもらう」施策はあったので、同じことをやっても仕方ない。そこで「不特定多数ではなく特定・少数の方に長く泊まってもらう」という施策として、その時に注目も高まっていたワーケーションに着目しました。

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——本質的には話題性やPRのための施策なんですね。

一般的なワーケーション誘致として企業を呼んでも、対外的な発信力は限定的だと思うんです。瞬間的な報道のされ方はあるでしょうけど、先々にじわっときいてくるようなPR効果は期待できない。
僕は根が貧乏性なので、せっかくお客さんに来ていただくのなら、副次的に長期的なPR効果につながるものを構想したいと思っていた。そこで、文化芸術分野のクリエイターの方に伊勢に滞在していただくという企画を思いつきました。

——そこに結構な発想の飛躍があるようにも思うのですが、何かきっかけはあったのでしょうか。

去年、ブリティッシュ・カウンシルの事業として、英国で活躍するアーティストを少人数、日本のどこかに滞在してもらうアーティスト・イン・レジデンス事業があり、伊勢市に白羽の矢が立ちました。アーティストの方々とのお付き合いも含め、まったく初めての経験でしたが、市内に約2週間滞在してもらって、手探りながら考えつく限りのプログラムを用意しました。市内の伝統工芸などいろんなものを見てもらったり、様々な人に会ってもらったり。

その事業を通して、アーティストの目って僕らが「ここがささるだろう」と思っていたところと違うところに興味を持つことを実感して。僕らとしては、観光地は伝統的な古い建物で統一された町並みが理想で、でも今は新しい家もあれば普通のビジネスマンもいるし、ガチャガチャで統一できていないことを懸念していた。でも、英国のアーティストの方々にはむしろ「日本人の今の暮らしがリアルに反映されていていい」と、観光地化されていない場所が刺さった。「古き良き日本の姿だけでなく、リアルな日本の姿をみることができた」と喜んでもらえたんです。


僕らは毎日ここに住んで仕事をしているから、伊勢の新しい魅力を見つけることが難しい。でも、常にアンテナをはって感度を高めている文化芸術分野のクリエイターの方々の目からすると 、僕らが想像しなかったような観光の魅力を発見してもらえるのではないか。僕ら観光PR担当としてのミッションとしてはそういった狙いもあります。生々しい話ですが、僕らとしても税金を使っているので。

予算事情と、前代未聞の企画を議会で通したプロセス

——我々アーティストからすると、「よくそんな厚遇で呼んでくれたな」という感じだったんですが、そういった目的もあるんですね。予算総額を伺ってもよろしいでしょうか?

最終的な予算総額は、約2400万円。「新型コロナの経済対策をなんとかしなければ」と事業の構想をしたのは7月で、8月に補正予算として提案し、当初は1200万円の予算をとりました。
内訳としてはほとんどがアーティスト・クリエイターの招聘にかかる実際の金額で、全額負担の宿泊料金を人数分と、滞在支援金としての5万円を人数分。これだけでも大半を占めています。
そういうこともあって、基本的な運営業務を観光協会に委託しつつ、予算削減のために、クリエイターに関わる部分は僕が自力で回しています

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常時、多様なクリエイターと連絡をとり、伊勢市内を駆け回る立花さん

僕は応募が集まることに自信はあったんですが、大半の人は懐疑的で、当初は50名招聘で、応募数も500名ぐらいの想定をしてたんですね。
ただ実際に9月4日に応募をスタートしたら早々に、その数をゆうに越えていく応募の勢いだった。そこで「50名とは言わず、100名来てもらっていいんじゃないか」という議論が起こり、10月に2400万円に増やす補正予算を提出し、それが通りました。

——補正予算を通す際には、満場一致だったんでしょうか?

そうですね。ただ、初回に予算を通す際にはいろいろな議論がありました。
どうして文化芸術分野のクリエイターじゃなきゃいけないのかと。

——ご招待いただいた自分が言うのもアレですが、いまだに「なんでアーティストなんだろう」と思っていました。

ただ、そこは議会でもご説明したんですが、ひとつには先程も申し上げた通り「新しい伊勢の魅力を見つけてもらえる」こと。
もうひとつは皆さん作品を作られる方々なので、伊勢市でつくったインスピレーションをもとに作品をつくってもらえる。クリエイターのおひとりおひとりには、その作品のファンがついている。さらに作品は未来永劫残っていくものであるそうやって作られた作品は、ずっと伊勢のイメージを高めていくことに僕としては自信があったので。そこは胸を張ってご説明し、議会で認めてもらいました。

イラストレーター・斉藤知子さんが伊勢滞在中に書いたスケッチ。
めちゃくちゃ拡散されてます

私も大好きな漫画家・今日マチ子さんが、
伊勢市の餃子屋「美鈴」を描いている……!!?😱

観光業とアートは親和性が高い? 地方へのアーティスト招致のメリット

——伊勢市クリエイターズワーケーション事業は、「滞在中に作品の制作が必須」ではなく、「成果を何も求めない」ということに驚いたのですが、これはなぜなのでしょうか。

そこは、どうしても譲りたくない部分だったんです。実際、自治体としても公務員としてもチャレンジングだったんですよね。 僕らの仕事は、どこかに何かを発注する際には仕様書があって、明確に「こういう成果物をつくってください」と細かくお願いするのが普通なので、「成果物を求めません」という事業はイレギュラー。 「税金を投じるからには、それ相応の得られるものがないと」という部分は当然の発想としてはあって。

長年の公務員生活でそれはわかっているので、代わりに滞在記をよせてもらうんです。プロとして活躍されていてファンもいらっしゃるクリエイターの方なので、発信力もありますし。
その方々が伊勢に来て、何を感じたか、何を見たか。それを発信してもらうという行為自体が100も集まるんです。これだけでもすごいことですよね。

やっぱりクリエイターの方の作品って人の心を動かすし、ファン一人ひとりからする重みも違う。この方が言うなら、この人のおすすめするスポットなら、私も行ってみたいという思いがある。

——確かにアーティストは熱量の高いファンが多いかも。あと、YouTuberなど若年層向けのインフルエンサーだと客層が若いし無料の視聴者なので、あまり観光誘致の面では適切でないかもしれないですね。アートファンの方が、まだお金を落としそうな気も……。

そうですね、そういう現実的な問題はリアルにあります。美術手帖さんもメディアガイドにも書かれてますけど、アートコレクターの方であったり、アートを日常的にご覧になっている方は、所得層が高い

——文化的なものに興味があり消費活動を行う層ですから、伊勢とも相性がいいですね。観光もある意味やらなくても生きていけるものではあるので、アートの分野とも近いのかもしれないです。目から鱗でした。

僕も自分のやりたいことをやれる会社を持っている社長でもなければフリーランスでもなく、やはり伊勢市に利益をもたらすのが僕の仕事なので。そういう側面から考えた事業ではあります。

市の職員が徹底的なリサーチを行った、怒涛の審査プロセス

——審査プロセスについてもすごく気になっているのですが。

審査については、まず応募数が想定外で、こんなに応募がくるとは思ってなかった。最終的に1271件の応募をいただいたんですが、特に最後の追い上げがすごくて最終日に300件以上の応募をいただき、審査には時間がかかりました。

——採択分野も多岐にわたっていますが、審査は何人か体制なんですか?

当初は外部の審査委員会にイチから見てもらおうと思っていたんですが、あまりに応募数が増えたので、まずは審査の元となる事務局案を作ることにしました。事務局案をつくったのは実質僕一人です。選ぶにあたって、個人差をなくすためにひとりの目で一気呵成に見なければいけないと思っていたので、あえてそうしました。まず僕が一通り選んで、事務局案としてお示しして。応募情報を徹底的にみて、徹底的にリサーチし、110名ぐらいにまず絞り込みました

そこから美術手帖の岩渕総編集長、地元の商工関係の方と観光関係の方、三重県職員でクリエイター関連の事業をされている方、地元の伝統工芸の作家さんの5人からなる外部審査委員会に審査をお願いしました。 特に岩渕さんにはよく見て頂いて、「この人が漏れてる」とか、細かくご指摘をいただきました。

——審査の観点としては?

今回の事業は根本的には観光誘客事業なんです。なので、広い意味で伊勢市の観光にポジティブな影響を、その人が来ていただくことによって得られる方。これが根本にあります。
その判断要素としては、まず著名であること。そして、これまでのお仕事や創作が広く世間的に評価されていること。また若手も拾いたかったので、前向きな話題性を持っている方。観光誘客的な側面だと若い方にもお越しいただきたかったので、これからの長いスパンを考えて、今後伸びていく方に来ていただきたいという気持ちもありました。

——採択分野も現代美術、音楽、メディアアート、演劇、ゲーム、漫画、伝統工芸、落語、料理などなど多様なジャンルに渡っていますが、それも全部しっかり見ていったんですね。

そうですね、とにかく調べて。例えば落語業界の機微が僕にはわからないので、色々と詳しい人に聞いたりしていました。

——今さらのご質問ですが、大変じゃなかったですか?Twitterでも過労死を心配してる方もいらっしゃったんですが……

大変は大変ですけど、必要な大変さというか。長時間労働ではありましたけど、本当に嬉しい作業でしたよ。1271人それぞれの「伊勢に行ってこういうことがしたいんだ」といった伊勢に対する思いを見ていく作業って、本当に市役所職員冥利に尽きる

——では、その地獄のようなフィルタリング作業も、立花さん的には苦ではなかったと……。

全然、多ければ多いほど嬉しかったですね。予算の制限もあるので絞り込まなきゃいけないけど、今回お越しいただけなかった方々にも、これからも伊勢をごひいきにしてもらいたいですし。

実際に、全ての応募者に伊勢うどんなどをプレゼントされた模様

街の新たな魅力をつくるため、クリエイターの力を取り入れるには

——いろんな地方の知人友人からも、「伊勢のワーケーションいいね、うちの県でもやりたいんだけど」という問い合わせが結構あって。他の地域の横展開についてはどう思いますか?

これ、本当にいいと思ってます。今回の応募の内訳も東京からの応募が半数で、首都圏 (東京、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、神奈川、山梨)を含めると7割を占めているんです。
ということは、いかに文化芸術のプロのクリエイターの方が首都圏に一極集中してる状況かこの数字からわかる。プロのクリエイターの方々が日々行われている活動に触れたり日常の中で拝見する機会が、それ以外の地方では圧倒的に少ないんです。

でも、いま街の中を歩くと一流のクリエイターがいるかもしれない。そういう状況ってすごく豊かなことだし夢がある。クリエイターの方にとっても、いろんな場所でいろんな人に会うことって刺激にもなるだろうし、双方にとって良いことだと思います。

——では、他の地域での横展開みたいなものは歓迎なんですね。

してほしいですね。僕もそういう状況が日本で巻き起こるってすごくいいと思うし、日本全体の文化の力も高まっていくんだろうなと。

——地域振興であっても、「アーティストを呼ぶ」みたいな話って、企業のメセナ活動みたいな慈善事業のニュアンスが多い気がするんですけど、実利的な効用としてここまでメリットを整理してやっているケースを初めて知りました。
伊勢市の利益とクリエイター側の利益、両者のバランスをみて、ぎりぎりのところでガイドラインを決めていったんですね。

そうですね。ただ、強調しておきたいのは、公務員としても一人の人間としても、クリエイターへの敬意を忘れてはいけないという考えが根本にあります。僕はなにかをつくりだす才能はありませんが、マンガに芸術作品に映画、そういったものに自分も支えられてきたし、そういったものが人々を支えている状況を強く認識している。

特に日本においては文化芸術を軽視する風潮も強いですが、僕ら行政公務員がこういった新たな取り組みをやろうとするときには、文化芸術に関する素養や知識がないといけない。そこを身につけるのは僕ら公務員の努めだし、これからの地方行政はそこを持っていないといけないと思っています。

——それが根底にあるから、クリエイターの方も安心して応募できたんでしょうね。しかし、そういった思いの根拠は一体なぜ……?

コロナ禍において突きつけられたのが、街も「変わらないといけない」ことだと思うんです。ずっと変わらない伊勢神宮をいただきつつも、社会情勢や経済情勢にあわせて、街としては常に変化・進化するべきなんだと。行政も自分の街をさらに高める努力をしないと次第に陳腐化し、魅力が失われる。

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そこでクリエイターやアーティストといった「新しい価値を創造する」ことに長けたプロの方々の力を理解し、まちづくりに取り入れていくことが必要で、かっこいい街であるかどうか、若い人が「ずっとこの街で暮らしていきたい」とか「いずれ戻ってみたい」と誇りをもてるかどうか、という指標は長期的に街の財政にも大きく関わってきます。
アメリカのポートランドも、街全体がクリエイティビティに満ちていて、その結果として人や産業をひきつける。そういった街のあり方が理想だと考えています。

——ありがとうございました!今回の滞在で伊勢が大好きになったので、また来られることを楽しみにしています。

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「100名超もの作家の成果を伴わない招待」と聞くと「どれだけの慈善事業なんだ」という印象だったのですが、立花さんのお話を伺っていると「何気に双方にとってWin -Winのモデルなのかも……!?」と目からウロコの落ちた取材でした。
観光業の支援として大々的に展開されているGo Toキャンペーンとは全く違った切り口からの観光誘致の施策は、新たな発想として他の地域振興のモデルになりえます。

また、「アーティストやクリエイターが社会や街に対してできること」を非常に明晰な言葉で言語化していただき、コロナ禍において「不要不急業」とされたクリエイターとしても、非常に励まされる取材でした。

余談ですが、伊勢シーパラダイスのセイウチ芸、素晴らしかったです。伊勢に行った際にはぜひ。おすすめです。

文:市原えつこ
メディアアーティスト、妄想インベンター。早稲田大学文化構想学部卒業。Yahoo! JAPANでデザイナーとして勤務後、2016年に独立。日本的な文化・習慣・信仰を独自の観点で読み解き、テクノロジーを用いて新しい切り口を示す作品を制作する。アートの文脈を知らない人も広く楽しめる作品性と、日本文化に対する独特のデザインから、国内外から招聘され世界中の多様なメディアに取り上げられている。第20回文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門優秀賞、世界的なメディアアート賞「アルス・エレクトロニカ賞」栄誉賞、EU(ヨーロッパ連合)による科学芸術賞「STARTS PRIZE」ノミネートほか受賞多数。2025大阪・関西万博 日本館コンセプト策定事業 有識者委員。
http://etsuko-ichihara.com/



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市原えつこ(メディアアーティスト)

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メディアアーティスト、妄想インベンター。弔いロボや喘ぐ大根、仮想通貨奉納祭など謎の発明品多数💡文化庁メディア芸術祭優秀賞、アルスエレクトロニカ栄誉賞、総務省異能など。 日本経済新聞COMEMOキーオピニオンリーダー http://etsuko-ichihara.com/