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23年予想、「円高の年」に死角はないのか

2023年の重要な前提
プラザ合意以降では「史上最大の円安の年」となった2022年を経て、2023年のドル/円相場も大きな変動から幕を開けています。昨年12月30日、日本経済新聞が1月公表の「展望レポート」において日銀が消費者物価指数(生鮮食品を除くコアベース)の前年比上昇率を前回(10月時点)から上方修正する検討に入ったと報じました:

この一報を受けてドル/円相場は昨夏以来となる130円割れまで急落しています。しかし、引き続き燻るFRBのタカ派姿勢もあって、130円割れは定着していない情勢です。23年のドル/円相場の見通しに関しては既に多様な意見が飛び交っていますが、基本的に重要な前提は共有されているように思います。それは①FRBの利上げは春で終わること、②日銀のマイナス金利解除はないこと、③資源価格はパンデミック前よりは高いこと、の3つです:

筆者が想定する基本的なパスは「1~3月期まで円高、4~6月期以降で円安」という展開ですが、これも①~③が揺るがないことを前提としています。昨年末から年明けにかけて見られた円高は②の前提が崩れることへの思惑がもたらしたものです。

例えば①が崩れて春以降もFRBが利上げを持続する場合、そもそも1~3月期の押し目(円高・ドル安)は期待できないでしょう。もしくは②が崩れて4月の新体制発足と同時に日銀の利上げがあれば、円高・ドル安は1~3月期でとどまらず、4~6月期以降も加速するでしょう。

または③が崩れて(象徴的には原油価格の急落などによって)日本の輸入金額が鉱物性燃料価格主導で減少する場合、円の基礎的需給環境が著しく円買いに傾斜する展開(象徴的には貿易黒字への転化)などもあり得ます。その場合、後述するように、筆者の想定するようなキャリー取引が盛り上がったとしても、想定ほどは円安・ドル高(140円以上)にはならないかもしれません。こうした日米金利と日本の需給に関する重要な前提がまず2023年の相場を議論する上で共有されるものです。恐らくこれは識者が違っても大きな差はないのではないかと思われます。

2023年のドル/円相場のパスをイメージすると・・・
こうした重要な前提を抑えた上で、基本的な予想経路(パス)をイメージ図と共におさらいします:

1~3月期はFRBの利上げ幅が焦点になるという意味では昨年10~12月期と似た環境が予想されます。当面のテーマは「利上げ幅がいつ+50bpから+25bpになるか」ですが、その後は「+25bpの利上げがいつ停止するか」というテーマへ変わります。金融市場の予想が正しければ、こうした米金利を予想する時間帯は早ければ3月、遅くとも5月に終わります。ここまでを局面Aと呼ぶとしましょう。米金利低下とドル安が予想されそうです。

この局面Aまでの予想は殆どの市場参加者が共有するものであり齟齬が小さいように思えますが、これに続く局面Bについては見方が分かれています。現在の金融市場では局面Bに関し「来たるべき米利下げを念頭にドル売り(≒円買い)が継続する」と考える向きが支配的と見受けられます:

しかし、利上げ停止の直後に利下げが議論されるわけではないでしょう。1月4日に公表されたFOMC議事要旨(12月13~14日開催分)でも「2023年中の利下げを予想するメンバーは1人もいなかった」という事実が明記されています。利上げが停止した後に起きることは、「高水準の政策金利を据え置く」という展開のはずです

実際、3~5月に利上げ停止の判断に至ったとしても、その頃に消費者物価指数(CPI)や個人消費支出(PCE)デフレーターがヘッドラインで2%台まで下がっているとは思えません。そうした状況で利下げの議論が盛り上がるはずがないでしょう。筆者は春~秋にかけてFRBは高止まりする政策金利をもって物価圧力の沈静化をアピールする時間帯が続くと予想しています。そうしたFRBの政策運営が「凪」とも言える状況は市場にボラティリティ低下を促し、株高を招きやすいのではないでしょうか。

例えば、歴史を振り返っても、政策金利の水準変更が話題にならない時間帯はありました。例えば2006年6月から2007年9月にかけての1年以上、FF金利は5.25%で据え置かれた(利下げへの転換はもちろんパリバショックやサブプライムショックに触発されたものです)。もう少し遡れば2004年6月以降の利上げも+25bpずつの緩やかな利上げで、こうした2000年代半ばから2008年のリーマン・ショックに至るまでの低インフレかつ市場安定の時代は「great moderation」と呼ばれました。その時代、市場参加者のリスク許容度が著しく改善し、金融バブルに繋がったことは周知の通りです。

また、そうした環境下、政策金利に関する内外格差は相応に残り、為替市場では高金利通貨を保持することによる妙味(端的にはキャリー取引)が評価されやすいものでした。円相場に目をやれば、「円だけゼロ金利」という条件の下、円キャリー取引が最も華やかだったのが2005~07年です。当時の日本経済は円安バブルと称され、象徴的には亀山モデルという名で薄型テレビの生産などが持て囃された時代です。今春以降は「円だけマイナス金利」という条件の下で似たようなことが起きないのでしょうか。ちなみに当時の日本は貿易黒字大国だが、今は貿易赤字大国です。調達通貨として円を使うなら、需給面での安心感は今の方があります。
 
利上げ効果がフルに乗ってくるのは10~12月期以降か

その後、約半年と言われる利上げ効果発現までのラグがこなされ、資本コストの重さがフルに実体経済へ圧し掛かってくるのが10~12月期の後半ないし2024年1~3月期ではないかと思われます。

例えば最後の利上げが最短で3月と仮定しても、それが実体経済に影響を与えるのは9月以降、経済指標上で確認されるのは10月以降の話になります。こうした状況は前掲図で言うところの局面③にまつわる話ですが、この明確な時期に関して正確な予想を形成するのは困難であるため、図中では赤文字にしました。この点に関しては幅をもって評価すべきでしょう。

しかし、現時点で米住宅市場は利上げ効果もあって明確に減速しています:

住宅投資が滞れば、建設関係の雇用や消費・投資のみならず、転居に伴って消費・投資されやすい耐久財・半耐久財の消費などに影響します。米国の名目GDPに対し住宅投資は3~5%程度とさほど大きくありませんが、その減速は建築資材に限らず、自動車・家電・家具などの消費を下押しすることになります。当面利上げは続くわけですから、米住宅市場の減速は続くと考えるのが自然でしょう。これが雇用・賃金情勢に波及し、FRBが満足するほどに平均時給などが減速してくれば、いよいよ利下げの必要性に行き着きます。

そうした展開が懸念される時期としては、早ければ11月、順当にいけば12月のFOMCまでには利下げ可能性が声明文に反映されるでしょうか。そうなるとやはり10月以降、FRB高官の情報発信には警戒したいところです。ドル/円相場の下値を拾いたければ1~3月期か10~12月期、上値を狙いたければ4~6月期、7~9月期といったイメージになります。繰り返しにはなりますが、無論、冒頭の①~③の重要な前提に対し、想定外が生じない場合の話です。
 
米国の景気後退の「深さ」が予想外になるリスク
また、①~③の重要な前提以外では、米国の景気後退の「深さ」に対する見積もりも重要になります

というのも、4~6月期以降に話題になるだろう米国の景気後退は「基本的に軽微」というのが市場のコンセンサスです。しかし、そうではなく、意外にも「深さ」を伴う恐れもないわけではありません。そうなると予想以上に利下げ期待が高まり、必然的にドル安(円高)リスクも高まりかねません。そのように考えると「春以降、米国の基礎的経済指標がどの程度悪化するか」は為替(に限らず金融市場全体の)見通しにとって極めて重要になります。現状では殆ど予想されていないほどの実体経済悪化、例えば雇用統計の前月比減少やCPIの2%台への低下などが4~6月期に見えてきた場合、全期間にわたって米金利が低下し、想定外の円高地合いになるでしょう。

もっとも、直近のFOMC議事要旨を見る限り、FRBの最優先事項はあくまで「安定的に2%の軌道へ乗せること」であり、少々の基礎的経済指標悪化で利下げ判断に至る可能性は低いですが、米国の景気後退の「深さ」が予想以上のものになり、市場の一部で予想(期待?)されるような早期利下げが現実化するというのも2023年が内包する大きなリスクの1つでしょう。

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