行動経済学とWAmazing

「19歳はリフト券無料」は行動経済学から生まれた

前職のリクルートじゃらんリサーチセンター時代に、「19歳だけ、何万回滑ってもリフト券無料」という企画を立ち上げた。「雪マジ!19(読み方はゆきまじないんてぃーん)」と題した、この企画は、「へんな名前ですね」とか「なぜ19歳だけなのか?」とか「無料なんて絶対反対!」など、当初より様々な反応を呼んだが、今では10年続くスノーエリアの需要創出企画に育ち、毎年、のべ60万人以上の若者たちが雪山に足を運ぶようになった。コロナ禍でインバウンド旅行者が日本入国できなかった昨シーズン(2020-21シーズン)は、本企画によって札幌近郊スキー場は日本人若者たちにより盛り上がったようだ。


「雪マジ!19」の企画を考えていた当初、私は何冊か、行動経済学についての書籍を読んでいた。また、「フリーミアム」というビジネスモデルについて書いた本も流行していて私は、それを読んだのだ。結果として、行動経済学とフリーミアムをスキー場の再活性化に活かそうということに行きついた。当時、私が影響を受けた本を2冊紹介する。
「経済は感情で動く」は2008年に出版、「フリー」は2009年に出版され、それを読んだ私は、雪マジ!の企画を2010年に考え、実行に移した。
約1年の準備期間を経て、2011-12冬季シーズンに初めて実施された。そこから10年が経つ。

行動経済学は、「人間は合理的な判断だけで経済活動するわけではない」という理論に基づいている極めて人間臭い経済学だ。
大学時代は、竹中平蔵先生のマクロ経済を選択したものの「C」を取るという経済学オンチだった私だが、この”きわめて人間くさい”経済学には、強烈に魅せられた。心理学、社会学、そして経済学のミックスである。
2017年にノーベル経済学賞を受賞した米シカゴ大学経営大学院のリチャード・セイラー教授に関する記事を以下に掲載しておく。「投資家」という、一般的な印象では「きわめて合理的そうな」職種の人々でさえ、「不合理」な行動をとるという。

行動経済学の中でも、とりわけ私の目を引いたのは「無料の魔力」というものだった。0円には0円以上の魅力が潜んでいるということを証明する実験(高級チョコと普通のチョコの購買実験)は、本当に面白く、そこに、当時、全盛だったソーシャルゲーム業界では当たり前のように活用されていた「フリーミアム」というビジネスモデルが結びついて、雪マジ!は生まれた。チョコの実験を含めて、無料の魔力については以下のコラムに執筆している。

インバウンド市場で起業したい!と考えはじめた2015年

雪マジ!企画は、その後、Jリーグ観戦市場、ゴルフ市場、温浴市場、マリンアクティビティ市場など、市場拡大、若年層取り込みに悩む各業界からの要請を受けて次々と立ち上がり広がっていった。今も、「マジ☆部」というリクルートが提供するサービスである。

今となっては自覚があるのだが、私は極めて残念な性分で、事業が軌道に乗り始めると途端にモチベーションが低下し始める。新しいことに挑戦したくなってしまうのだ(涙)。事業に携わるのは赤字を垂れ流している間だけなので大企業では、最も出世から縁遠いタイプでもある(笑)。
観光産業には日本の成長産業として、また地方創生の切り札として大きな可能性を感じていたが、人口減少していく国内市場は維持が精いっぱいであるというのも感じていた。そこで、次なるターゲットをインバウンド、訪日外国人旅行者市場としたいと思い始めていた。奇しくも日本のスタートアップ業界も盛り上がりを見せ始めた頃で、20代の若者たちが「〇億円調達しました!」と威勢の良いプレスリリースしているのを見かけることも多くなった。既に30代後半、2児の母だった私は、プレスリリースの中の輝くような創業者たちの笑顔を見ながら、「事業経験だって人脈だって、私のほうがある。もう徹夜で仕事はできないけど、情熱なら負けないと思うんだよなぁ」という憧れや負けん気が入り混じったような気持ちになったものだった。

訪日外国人へのリーチをどうするか?が最大の課題

日に日に起業したい気持ちが高まっていく。インバウンド旅行者数は毎年、すさまじい伸びをみせており、「今やらないと!」という気持ちもあった。しかし、最大の課題はマーケティングであった。どうやって、世界70億人の中で、いつ誰が日本旅行にやってくるのかもわからない、その人たちに、日本の無名スタートアップのサービスを認知させるのか?と。
インバウンド旅行者は団体旅行社から個人旅行者(FIT)へ変化しつつあった。つまりは、かつて日本国内で、JTBなどの大手旅行会社から、じゃらん、楽天などのOTA(オンライントラベルエージェント)に旅行者が移っていったことがインバウンド旅行者にも起こっていると考えた。
調べると、日本へやってくるインバウンド旅行者はアジアからが8割。そしてアジアのスマホ普及率は日本より高く既にほぼ100%。日本旅行中に最も困っていることは「日本ではフリーWifiが少なく、自分のスマホが圏外であること」だった。そこで、再び、「フリーミアム」「行動経済学」の組み合わせの出番である。本当に同じことばっかりやっていて、すみません。
訪日旅行者が最も困難を感じていること(通信環境)を、彼らが最初にその困難を感じる場所(日本の空港)で「無料提供」すれば、話題になるんじゃないか?…ということで、成田空港に、改造したタバコ自販機を置き、無料のSIMカードを配りまくる…というWAmazingが誕生した。コロナ禍に見舞われる前の2021年1月末までの時点で、33万人のインバウンド旅行者による利用がされたが、認知経路は、口コミやパブリシティによるところが大きい。

経済はどこまでいっても人間相手のもの

経済活動の担い手は、どこまでいっても人間である。サービス提供者も人間であれば、受益者も人間である。人間心理や社会学をベースで考える「行動経済学」は私のお気に入りで、今後も、事業に様々なヒントと指針を与えてくれると思う。最後に1冊、「影響力の武器」という本も愛読書の一つである。原書の"Influence: Science and Practice"は1985年に出版されているので、35年以上も前の本だが、今でも版が重ねられているベストセラーなのは、人間心理の普遍性と、その面白さを物語っていると思う。


#日経COMEMO #経済学の生かし方


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