バイデン大統領で為替市場はどうなるのか? ~バイデントレードの対象は・・・~
トランプ感染に市場の焦点も定まらず
米大統領選挙まで1か月を切りました。金融市場の関心はもっぱら新型コロナウイルスに感染したトランプ米大統領の容態に集中している印象ですが、10月2日に入院したトランプ大統領がわずか3日で退院するなど、入退院を巡る経緯に疑義を唱える論調も浮上しています:
容態に関して筆者はよく分からないので詮索するつもりはありませんが、真っ当に考えれば直ぐに選挙活動に復帰するのはやはり難しいのでしょう。選挙直前にもかかわらず情報発信の機会が強制的に失われる以上、必然的にトランプ大統領の再選確率が顕著に低下し、バイデン候補の勝率が上がっていると考える向きは多そうです(図表):
金融市場では法人税増税や富裕層課税に積極的なバイデン氏の大統領当選は株価にとって逆風と解釈する向きが多く、陽性判明の一報が流れた日本時間午後、NYダウ平均先物は一時前日比▲600ドルとなる動きも見られました。一方で「結果が見通しづらい大統領選挙について見通しがついてきた」と不透明感の後退を評価する声も出ており、市場参加者の焦点も今一つ定まっていない印象です。
バイデン当選確率と人民元相場
株式市場以上に為替市場の反応ははっきりしません。トランプ大統領の感染によってリスクオフムードが高まり、円やユーロ、スイスフランを買う動きが強まるかと思われましたが、明確な方向感は見いだせていません。しかし、長い目で見れば注目すべき論点はあります。上で紹介した図表には両候補の予想当選確率にドル/人民元相場の動きを重ねています。図示されるように、人民元は5月末から騰勢を強めていますが、ちょうど同じ時期から両候補の当選確率が逆転しています。バイデン候補が大統領になった場合の政策メニューは未だ判然としませんが、前述した「増税路線」に加え、「親中路線」というイメージは比較的定着しているようです。そのことが影響しているのか、それとも単なる偶然なのかは断言しかねますが、興味深い符合であるようにも思います。7~9月期の人民元上昇率は12年半ぶりの大きなものでした:
以下の図表は8月11~12日にQUICK社と日経ヴェリタスが共同実施した月次調査の一部です。バイデン大統領で注目される政策としてはむしろ「税財政改革」よりも圧倒的に「対中政策」を挙げる層が多いようです。5月末以降に見られている人民元上昇は主に、主要国の中でも足取りが堅調な中国経済を反映したものとの解説が多いものの、「バイデン大統領誕生→対中関税など制裁措置の撤廃→対米輸出の増加→対米黒字の増加」との連想が働いている可能性もあります:
もちろん、今の米国政治では共和・民主のどちらが主導権を握ろうとも対中強硬路線は基本的に不変と考えた方が良さそうですが、その「強硬度合い」に差異はあるでしょう。共和・民主が描く対中戦略が同じであるはずもなく、戦略が異なれば戦術も当然異なるはずです。むしろ、トランプ政権のような朝令暮改を意に介さない戦術は党派を超えた属人的なアプローチであり、政権交代と共に変わるのが自然ではないでしょうか。ちなみに、「強硬度合い」の緩和と共に元安が容認されるのではないかとの発想もあり得ますが、現状のところ、市場反応はそのようになっていません。直感的にも、通商問題がここまで拗れている以上、表立って通貨安誘導を許すことはないでしょう。
バイデントレードの考え方
このように「トランプ大統領がこれまで辛く当たってきた国の通貨は買い」がバイデントレードだとすれば、メキシコペソも投資妙味があるかもしれません。北米自由貿易協定(NAFTA)に代わる新協定として、半ばトランプ政権に押し付けられるように交渉が始まり、今年7月1日に発効したUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)にも巻き戻し期待は持てます。下記のニュースはメキシコではなくカナダの件ですが、発効早々、ひと悶着ありそうであり、米国以外の2か国とっては悩みの種となりそうな気配があります:
そもそもUSMCAは(7月1日から)12月31日までの6か月間が「実施の第1段階」である準備期間と位置付けられ、この間はUSMCAの完全な執行が控えられることになっています 。事実上、USMCAの運用が走り出す年明け以降に政権が交代するならば、合意内容がある程度巻き戻されてもさほど不思議ではありません。5月以降、利下げが重ねられてもメキシコペソが堅調な背景にはそのような政治的思惑が働いている部分もあるのでしょうか。
過去5年程度を振り返ると、2014年中頃から見られた原油価格の急落や、2015年以降の米利上げ局面の始まり(に伴うドル高)がメキシコペソの売りを誘ってきたのは明らかですが、2016年以降の一段安の背景に移民や貿易に関して強硬な対メキシコ政策を押し出していたトランプ政権の誕生があったことも忘れてはならないでしょう。メキシコペソは産油国通貨の一面もあることから、コロナショックに伴う原油価格急落のあおりを受けた新興国通貨の1つですが、最近では持ち直し機運も強まっています。バイデントレードが隆盛となり、コロナ以前の水準に戻れるかどうかがは大統領選挙に絡めた為替市場の注目点の1つであるように思えます:
こうして「トランプ大統領がこれまで辛く当たってきた国の通貨は買い」がバイデントレードだとすれば、為替市場では人民元やメキシコペソに投資妙味があるように見えてきます。逆に、トランプ政権は株式市場に追い風を吹かせようとする姿勢は一貫していたので、バイデン氏の増税路線も相まって、株が手放される展開も納得感があります。
もっとも、バイデン氏が増税路線だからと言って、コロナ禍での臨時歳出が抑制される可能性は高くないでしょう。株価が動揺すれば米議会は動かざるを得ないはずです。「非常事態でやるべきことは誰がなっても変わらない」というのは安倍政権から菅政権への移行に伴っても指摘された点です。近年、注目材料に乏しい為替市場ですが、米大統領選挙に絡めてどの通貨が物色されるのかは問題意識として抱いておきたいところです。