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リアルな通貨安戦争~1ドル=7.0元突破問題~

現実味を帯びてきた通貨安戦争
ドル/人民元相場が遂に1ドル=7.0元の節目を割り込みました。オンショア人民元(CNY)としては2008年5月以来、11年ぶりの安値、オフショア人民元(CNH)としては過去最安値となります。人民元急落を受け、2015年8月11日の「チャイナショック2.0」を想起する市場参加者も多く、金融市場は株・為替・債券の主要資産市場を中心に大荒れとなっています。元安に応じて為替操作国認定で打ち返すという強いリアクションを予想した市場参加者は殆どいなかったのではないでしょうか。チャイナショックから丸4年。これまで軽々に使われてきた通貨安戦争というフレーズがかつてないほど現実味(リアル)を帯び始めています。

全力の殴り合い
今回の動きは8月1日にトランプ政権から発表された対中輸入3000億ドルに対する追加関税への対抗措置とみて問題ないでしょう。理論的には10%の追加関税は10%の通貨安で相殺することが可能である以上、米国が中国に追加関税を課すたびに対ドルで人民元が下落する筋合いが出てきます。資本流出のリスクにさえ配慮できれば、通貨安は中国政府からすれば極めて真っ当な基本戦術です。これまでのドル/人民元相場の動きを振り返ってみても、米中関係の緊張化と共に元が進んできた経緯があります。とはいえ、今回の下落はこれまでにない性急なものであり、「もうどう思われても構わない」という意思を強く感じます。7.0を突破した後、人民銀行はQ&Aで今回の元安は米国の保護主義を受けた動きであり、6.0台に戻ることは当分ないというニュアンスを滲ませています。通貨安誘導に躊躇なし、という面持ちです。ここまで踏まえれば米財務省による為替操作国認定はある種必然の流れなのかもしれません。いずれにせよ、8月1日の追加関税ツイートから短期間に全力で殴り合っているという印象が非常に強く、株式を中心としてリスク資産を敬遠し、為替市場では円やフランに逃げる動きが強まらざるを得ません。

米商務省はどう出るか?
片や、こうした元安に対して米商務省も静観するのか定かではありません。5月23日、商務省は政府の補助を受けて不当に安く輸入された製品に課す「補助金相殺関税」の計算手法を見直す方針を発表しています。この際、「どの程度の補助を受けているか」という論点が重要になるわけですが、当該国政府による通貨の低め誘導も考慮するとしている。これは事実上、「通貨安で追加関税を相殺」という対抗措置を無効化する動きであり、5月中にはっきりと下落していた人民元相場を意識した動きでした。為替操作国認定が下された以上、財務省に続き商務省からもより制裁色が強い一手が出てきても不思議ではないでしょう。

基本戦術としての元安
なお、もはや中国の経常黒字国として地位はもはや磐石ではなく、金融危機後、旅行収支赤字に引きずられる格好で徐々にその水準を切り下げてきたという現実があります。IMFは2022年には経常赤字国へ転落するとの見通しを示しているくらいです。こうした中、中国政府としての警戒はチャイナショック2.0のような制御の難しい状態に直面し、外貨準備をまとまった幅で費消してしまうことを警戒しており、制御不能の資本流出を被りかねないリスクを冒してまで大幅な元安を欲しているわけではないと思われます。既にIMFからは中国の外貨準備水準を不十分と評価する尺度も示されておりますので、今以上に外貨準備を使わされる展開は中国政府にとって脅威でしょう。しかし、矢継ぎ早に米国から追加関税を課される中では「基本戦術としての元安」がある程度、必要になります

悩ましいトランプ政権の理解不足
問題はこうした元相場に対する中国政府の複雑な立場をトランプ政権が正しく理解していないことです。追加関税を打ち込むトランプ政権のアプローチが続く限り、中国はある程度の元安でその痛みを緩和せざるを得ません。巷で評論される通り、両国対立の源泉が次世代技術やこれに伴う軍事上の覇権争いにあるとした場合、経済合理性を超えた次元で摩擦はまだ激化するかもしれません。結果として「追加関税⇔元安」という負の循環にいて元相場が新安値を断続的に更新し、そのたびにリスク回避ムードが強まって円高が進む可能性はあるでしょう。


相場見通しにとってはどのような影響がありそうでしょうか。元より米国の経済・金融情勢が弱気に振れることを背景にドル全面安が進み、その結果として円高が進んでいる現状を踏まえれば、円高リスクを一段と高める材料が中国側から提示されたという整理でいいでしょう。米中貿易戦争は水物ですので、完全解決でもしない限り、この論点でシナリオの方向そのものが変わることはないというのが筆者の基本認識です。大前提として今の金融市場は「米金利が下がる」が取引の根底にあると思われ、これは当分変わらないでしょう。あくまで円相場を見る上での焦点は「円高がどこまで進むのか?」であって、円安に進む要素は見通せる将来において殆ど期待できそうにないと考えられます。

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