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1ユーロ=1ドル、その背景

為替市場ではドル/円相場が高値水準のまま動意を失う一方、ユーロ/ドル相場の急落が注目を集めており、いよいよ1ユーロ=1ドル、いわゆるパリティ実現が話題になっています:

ユーロ圏経済最大のリスクと目されていたロシアからのエネルギー供給遮断が現実味を帯び始める中、「果たしてECBの正常化は宣言通り進むのか」という疑念が浮上していることが最大の理由として指摘されています:

6月に公表されたECBスタッフ見通しではメインシナリオ(baseline scenario)と悪化シナリオ(downside scenario)が提示され、後者は「2022年7~9月期以降におけるロシアのユーロ圏向けエネルギー輸出の完全停止(a complete cut in Russian energy exports to the euro area starting from the third quarter of 2022)」が想定されています。結果として商品価格の騰勢とサプライチェーン混乱が引き起こされ、実質GDP成長率に関し、2022年は+2.8%から+1.3%へ、2023年は+2.1%から▲1.7%へ大幅に引き下げられることになります。片や、ユーロ圏消費者物価指数(HICP)は2022年が+6.8%から+8.0%へ、2023年が+3.5%から+6.4%へ急騰します。この悪化シナリオはスタグフレーションと言って差し支えないでしょう:

実際、5月時点でロシアはブルガリアやポーランドへのガス供給を停止し、ドイツでも国営ガス大手ガスプロムの元ドイツ子会社ガスプロムゲルマニアがロシア側の制裁措置を受け、ドイツに天然ガスが入ってこない可能性が取りざたされました。6月22日には国際エネルギー機関(IEA)が「欧州はロシアのガス供給停止に備えよ」と警告を発しており、ECBの想定する最悪シナリオが現実味を帯びている感は否めません。これに合わせてECBのタカ派路線に影響が出るのかという状況にはあります。

ECBハト派傾斜に賭ける危うさ
ここもとのユーロ/ドル相場の急落の背景にECBのタカ派路線に対する疑念があるのは確かでしょう。7月21日の政策理事会で+25bp、9月8日の政策理事会で+50bpが大方の予想ですが、ここにきてロシアからのエネルギー供給不安は元よりノルウェーの石油・ガス業界のストライキが重なり、天然ガス価格が急騰、域内景気の後退シナリオも視野に入り始めています:




米独2年金利差とユーロ/ドル相場の動きを見る限り、「域内景気後退→ECBのハト派化→域内金利低下→ユーロ売り・ドル買い」という筋書きは確かにありそうです:

しかし、悪化シナリオでHICPの加速が想定されている以上、景気の減速や後退に合わせて緩和策を検討するという可能性は現実的とは言えません。5月23日にブログという掟破りの手法で正常化への意思を表明し、6月9日の定例会合ではこれをしっかり追認した。HICPの抑制見通しが立たない中、軽々にハト派へ傾斜するわけにはいかないというのが台所事情でしょう。

また、ECBはインフレ抑制と並行して市場分断化対応という名目で政策運営におけるハト派色を完全に消すわけにはいかない事情もある。いくら「政策波及経路を確保するため」と丁寧に説明しても荒れた市場の中では伝わりにくいものがあります:

ECBの政策運営は景気後退、インフレ高進、市場分断化という3つの課題を追う羽目に陥っています。これもまたECBのタカ派色が市場に浸透しづらい一因になっているように感じます。
 
ユーロ急落、本当に重要な材料
しかし、筆者はここもとのユーロ急落に関してはECBに対するハト派観測よりも遥かに重要な材料があると思っています。それはドイツ貿易黒字の消滅です。景気が悪くとも、金利が低くとも、政治情勢が流動的でも、ユーロ相場にある程度強気の予想を筆者が提示してきた背景は「世界最大の経常(貿易)黒字」という盤石の需給環境があるからでした。ですが、図示されるように、2021年中頃からドイツの貿易黒字は減少が始まり、その動きは2022年に入り加速、ドイツ5月貿易統計は▲10億ユーロと遂に東西ドイツ統合の余波を引きずっていた91年6月以来、約31年ぶりの赤字に転落しています。なお、赤字額としては統計開始以来最大であり、仮に上述のECBが示す最悪シナリオが実現すればさらに拡大するはずです:

過去のパターンに照らせば、ユーロ圏全体が窮地に立っても、その影響でユーロ相場が下落すればドイツの対外競争力が押し上げられ貿易黒字が増えるという需給面での必勝パターンがありました。ユーロ圏の崩壊まで囁かれた欧州債務危機においてパリティ割れが実現しなかった理由の1つがそうした需給環境にあったと筆者は考えています。

しかし、今回は輸出面に関して言えば世界的な景気減速を背景に需要が細っているところに供給制約で稼働率が思うように上がらないという足枷があります。一方、輸入面に関して言えば、脱炭素やウクライナ危機に伴う資源価格の高騰で押し上げられやすいという事情があります(もっとも、脱炭素はドイツを含め欧州の自業自得という部分も相当にあるように感じます)。

かかる状況下、ユーロ圏の需給環境がドイツ貿易黒字の復活と共に早晩復活するというのは想像が難しい状況と言わざるを得ません。本当にロシアからの天然ガス供給が本格的に停止するのであればパリティやその先の展開まで視野に入れる必要は確かに出てくると考えたいところです。その意味で、まずはノルドストリーム1を通じたドイツへの天然ガス供給が安定的に再開されるのかどうかを見極める必要があるでしょう

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