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画家も起業家も同じ。新たな価値を紡ぐ

以前、油絵を描いている友人に質問をしたことがある。白地のキャンパスをどうやって人を感動させる絵画に変貌させるのか。美術的なセンスがない自分にとって、魔法としか思えないことを生み出すコツに興味津々だったのだ。答えはとてもシンプルで「まずは、頭の中に浮かんだストーリーや世界観をそのまま構図に落とし込む」だった。描き損ねなど全く気にしないとても大胆なスタートだ。そこから絵の具を重ねながら、色や形を少しずつ整えながら、描き続ける。

最初は、何を描いているかが全く分からなかったが、次第に全体像が見えてくる。建物、車、人、空、道。構成要素とその大体の配置が見えてくる。この段階ではまだ、どんな人がいるのか、その表情も分からない。その他の構成要素も同じだ。ふと、へんな色の建物を見つけ、思わず「ピンクの建物なんですね」と友人に聞くと、「ピンクは下地の色」だと教えてくれた。そこで、下地の色はその上に塗る色と相まって、一番表面の色合いに影響するのだと初めて分かった。

全体像を最初に決めて、その仮説に基づいて失敗など恐れず大胆に動く。多少の失敗なら、絵の具を重ねる中で修正していけばいい。完成の状態をイメージしながら、下準備を重ねていく。まるで完成形が頭の中にあるかのように、迷わず進んでいく。書き進めては全体のバランスを整えて、微細な表現が足されていく。素人には完成としか思えない状態も、友人にとっては完成ではない。細かいタッチが次々に加えられていく。ずっと見ているとよく分からなくなるが、1日前に撮った写真と今をくらべると、驚くべき違いがあることに気づく。確かに凄くなっていた。

友人との会話の後、俄然画家に興味を持った。新たな作品を生み出し、世の中に名を残した画家は、絵画とどんな向き合い方をしたのだろうか。写真油絵という新たな技法を生み出した横山松三郎氏の記事を見つけた。写真油絵とは「撮影した写真の表面の画像だけを残して裏紙を削り取り、裏から油絵の具で着彩する技法で、写真がまだモノクロであった時代、写真油絵は写真と油絵を組み合わせた究極の写実表現」だという。横山氏は、石版画、油彩画、写真など、当時最先端の様々な技術を独自に研究、習得し、多様な芸術表現を試みていた。異種の組み合わせによる新たな価値の創出。現代でいうイノベーションの手法と全く同じだ。この記事にある武士が描かれた作品の中央部分は、横山が発明した写真油絵という技法で制作し、画面に貼り付け、周囲を油彩で描いたものだ。なんとも独創的だ。

遠藤彰子氏の記事には、新たな作品を創作し続ける姿が描かれているが、アトリエから持ち出せないほどの巨大な脚立の逸話が出てくる。連綿と続く人間の営みを様々な視点から表現しようと試みるうちに、作品はどんどん大きくなり、5メートルもの高さがある脚立が必要になったのだという。創作活動に夢中になったきっかけも面白い。「(道路をキャンパスに)描いた線は強い風によって薄まり、通り雨でにじんだ。偶然が生み出すフォルムも、新しい世界の始まりだった。イメージが生まれ、また新たなイメージへと連鎖していくのは快感だった」と、幼い頃の体験を語っている。

挑戦を続ける姿勢も凄すぎる。「自分の手の一部と言っていいほど」という相棒の細い筆に対しても、最近では筆を変えてみる必要性も感じているという。「同じことを繰り返しているとどうしてもボルテージが下がってしまう。長年の相棒には少し申し訳ないのだが、最後の最後まで、新しい表現を追い求めていきたいと思っている」と語っている。「今でも、作品に取り組むときは、失敗してもいいと思いながらカンバスに向う。挑戦をやめて、同じ絵ばかりを描くようになってしまうことの方が私はよっぽど怖いのだ」という言葉も心に沁みる。

農水省の研究職で、50年近くも牛のいる風景を描き続けてきた早坂貴代史氏の記事も目に入ってきた。早坂氏の専門分野は牛の行動生態や飼養管理、放牧の研究だ。絵との出会いは大学1年生の時だ。帯広畜産大学の美術部に入り、絵の技法書に載っていた牛の写真を鉛筆でデッサンしたのが最初だという。就職後、本格的に牧場を訪れるようになったというが、北海道では牛のふんを7日間全量採取し、食べた餌の消化率を求める試験をしたのが忘れがたいという。「牛を最も身近に感じた経験だ。多くの牧場を訪れる中で、なぜここに牛がいて人のなりわいが成立したかという文化史に興味を持った。牛を単なるモチーフにするのではなく、そこで働く人や牛舎など、牛と人間の営みを描くようになった」と語る。

牛と人間の営みというストーリー、世界観をその現場に深く深く入り込み、文化を描いているのだ。使われなくなった赤いれんが造りのサイロや、乳牛の品評会で牛を引く若者など、まず描きたい主題を据え、構図を決めて描いていく。「産業家畜である牛は本来の寿命を全うできない宿命を負うが、私たちの食生活を支える大切な存在だ。感謝を胸に、牛と対話しながら描き続けたい」と話す早坂氏の言葉からは、起業家が未来の事業において持つべき心構えを教えてもらったような気がする。モチーフではなく営みであり、収益ではなく社会・地球にも優しい日常だ。

画家も起業家も、それ以外の職業も、もしかしたら根っこで大事にすべきことは同じなんではないだろうか。そんな風に感じる。世界観を持ち、失敗を恐れずにトライアンドエラー、最先端の取り組みや日常の何気ない営みから刺激を受けどんどん取り込む、慣れや同じに甘んじず挑戦を止めない。起業家の端くれとして、これからの事業とはなにか、どう社会と地球と向き合うか、改めて考えてみたいと思う。ヒントはあらゆるところにある。

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