暗号資産はコロナ相場の「あだ花」
現実が期待に追いつきつつある
金融市場は株、金利、為替(ドル)のいずれも勢いを失っているように見えます。理由は様々考えられますが、やはり「金融市場にとって最大のリスクはコロナの終息」だったということなのでしょう。とはいえ、年初からの動きを見た場合、ピークアウトこそしているものの、やはり米金利は高いままです。米経済の正常化が先進国で最速になりそうなのだから、その期待から市中金利が上がるのは自然と言えます。しかし、悲惨な実体経済を脇に置いて株価が上がってきたのは、回復期待が高い割に名目金利が低かった(要するに実質金利はさらに低かった)からであり、名目金利が上昇し、高止まりすれば話は変わってきます。もちろん、米実質10年金利は未だにマイナス圏ですが、恒常的に▲1.0%台にあった昨年からは上昇しています。徐々に、しかし確実に現実が期待に追いついているのは明らかでしょう。目下、金融市場の関心は供給制約に起因する「悪いインフレ」であり、そのために中央銀行の政策運営も正常化へ振れるのではないかとの疑念が根深いものになっています。必然、名目金利は高止まりします。筆者は持続的なインフレ高進があるとは思っていませんが、当面の市場テーマはそこで貼り付きそうです。
未だに良く分からない暗号資産の利用価値
名目金利高止まりは株価を筆頭とするリスク資産価格の調整を招きやすいものです。5月中旬以降、市場心理を悪化させている暗号資産価格の大暴落はその象徴と言えるでしょう(※筆者は「通貨」の価値を満たしているとは思わないので暗号通貨ないし仮想通貨とは呼びません):
現実に企業収益から一応の公正価値(フェアバリュー)が算出できる株価と異なり、暗号資産価格の公正価値はその算出過程に確たるコンセンサスがあるわけではありません。株式の配当や債券の利子のような定期的なインカムを生まないという点では「商品(コモディティ)」に近い資産クラスと言えるかもしれません。実際、ビットコインは「デジタルゴールド」と呼ばれることがあります。しかし、金や銀は工業的・宝飾的な利用価値があり、鉄や銅そして石油の利用価値については改めて説明する必要もないでしょう。それらは公正価値を算出するのが難しくとも、十分な利用価値があると周知されています。「利用価値があれば、それに付随した公正価値も存在するはず」という発想には繋がります。事実、それらの貴金属・非貴金属・資源はそれがなければ実体経済の活動に支障が出るわけですから、それに見合う対価は当然存在すると考えられます。
しかし、暗号資産はつい最近まで存在しなかった代物です。もちろん、利用価値があるならば別ですが、それも今のところ定かではありません。敢えて言えば、既存の金融システムに比較して極めて低コストで国際送金が可能になることは指摘されるものです。フェイスブック社の暗号資産リブラ(現在はディエムに改名)が話題になった時は、そうした送金コストの低下に加え、「銀行口座を持てない層にもサービスを提供する金融包摂(フィナンシャルインクルージョン)としての社会的意義が大きい」という声もありました(※リブラへの批判的な議論に関しては2019年刊行の共著『リブラの正体(日本経済新聞社)』をお読み頂ければ幸いです):
暗号資産を使えば、金融システムが脆弱な国々と取引する際、法定通貨よりも安定性を発揮できるとの主張もあります。こうした国境をまたいだ資本移動が迅速かつ安価になるというメリットは暗号資産が法定通貨に対して持つ利点として頻繁に持ち出されるものです。そうした事情もあってか、筆者のように銀行や証券会社など、伝統的な金融機関に所属する立場から暗号資産に批判的な議論を展開するとポジショントークとの疑義を抱かれやすい風潮も感じます。しかし、そもそも1か月単位で価格が倍になったり半分になったりする資産が決済手段として使えるはずがないし、使いたいという気持ちにもならないし、現実に使われていません。今見られている暗号資産暴落の直接的な契機は5月21日、中国の規制当局が金融機関や決済企業が暗号資産関連の業務を行うことを禁止することを発表したからですが、むしろ現実の危うさに規制が後から付いてきただけでしょう:
「決済手段としての暗号資産」と言えば、3月には米電気自動車大手テスラが同社製品の購入代金をビットコインで受付可能にし、イーロンマスクCEO自らが「テスラに支払われたビットコインはビットコインとして持ち続け、不換通貨に換金しない」と宣言し、ビットコインが急騰したことも耳目を集めました:
しかし、5月に入り、ビットコインを生み出すマイニング作業の過程で膨大な電力消費が環境負荷として好ましくないと述べ、ビットコイン決済の可能性を翻しました。これに応じてビットコインは急落しています:
その後、マスク氏は法定通貨よりも暗号資産を支持すると述べ、またビットコインは上昇している。ここで同CEOの言動について道義的是非を問うつもりはないですが、いち企業(いち経営者)の言動で価値がこれほど変動するものが「通貨」と名乗るのは根本的に無理でしょう。
改めて貨幣3機能に照らして考えると・・・
なお、暗号資産が法定通貨に勝ると思われていた決済機能は貨幣に想定される3機能の1つに過ぎません。3機能は①価値尺度、②決済手段、③価値貯蔵です。②として使えない(使われていない)という議論は上述の通りですが、①も③も満たしていないというのが実情でしょう。決済手段として使われない以上、通貨としての実需(≒利用価値)がないということです。実需が拡がっていかなければ企業部門や家計部門で日常利用されるには至りません。だから通貨にはなれないし、金利も付かないのです。
では、①の機能はどうでしょうか。例えば原油や金の値段がビットコインで表示される未来が想像できるかを考えれば良いでしょう。ドル建てで表示されるのはドルの価値が最も安定しているからという暗黙の前提があります。1か月で価値が半減するような単位で財やサービスの普遍的な価値を表現するのは無理です。価値尺度にもなり得ません。
次に③の価値貯蔵機能はどうでしょうか。敢えて言えば、この点は最も暗号資産の魅力が見出されやすい機能なのかもません。月単位で倍になる可能性があれば、そこに十分な期待値を認め、投資対象とする投資家もいるでしょう。暗号資産が今後も存続するとすれば、それはやはり「資産運用先の一つ」として選ばれるコースが濃厚だと筆者も思います。しかし、暗号資産の異様に高いボラティリティは投資家からすればリターンを蝕むリスクであり、株・債券・為替といった伝統的な資産クラスはおろか、これに次ぐオルタナティブ資産の中でも商品や不動産には及ばない位置づけでしょう。高いボラティリティは価値貯蔵に最も向かない特徴と見なすことも可能です。
なお、価値貯蔵機能に着目した場合、例えばビットコインはその産出量(発行量)に上限があり希少性が高いという点で金に類似し、だからこそ希少価値があり価格も上がるという解説をよく目にします。それは暗号資産がビットコインだけならば有効な理由かもしれません。しかし、有象無象の暗号資産が乱立している今、その希少性をどこまで評価すべきなのかは相当に注意が必要です。もちろん、ビットコインが有象無象の暗号資産とは違って、決済機能(や価値尺度機能)にも優れているなど通貨の基本的機能を強みとして備えているならば差別化もされるでしょうが、上述したように結局、そうした事実は今のところ認められません。そもそも金の持つ価値貯蔵機能は長い人類の歴史の中で、あらゆる国・地域で認知・形成されてきたものです。急に出てきた暗号資産が同じ位置づけになるのは難しいはずです。
暗号資産急騰は運用難がもたらした「時代のあだ花」
最近まで暗号資産の騰勢が続いてきたのは伝統的な資産クラスの投資妙味が限界まで押しつぶされた結果、相対的な投資妙味が改善して見えたからという側面があるのでしょう。実物資産が買われるのと似ています:
コロナ禍に対応するための形振り構わないマクロ経済政策の結果、過剰流動性が生み出され、株も債券も全くアップサイドが見込めない水準まで買われてしまいました。そこで行き場を失った運用資金の置き場所が必要になり、暗号資産が選ばれたという実情もあったのではないでしょうか。
しかし、冒頭述べた通り、米国を中心にコロナ終息が視野に入る中、昨年来続いてきた金融相場が終焉に近づいている感は強いです。ワクチンを無効化する変異種の登場などがない限り、遅かれ早かれ金融相場は終わるしかありません。暗号資産急騰はコロナ禍における運用難がもたらした「時代のあだ花」として散っていくことになると筆者は思っています。
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