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キャリア研究者、甲田まひるライブ を質的調査する。

さて私、法政大学キャリアデザイン学部で「質的調査法」などを今年限りで講義しています。質的調査とは、データ分析のような量的調査の対の手法。リアルな現場に入り、見たもの、感じたものを記述しながら、理論的に整理していきます。大事なものは目にはみえない。数字の先にあるものへと質的に迫ることで、なぜそうなっているのか、はじめて見えてくるものは多いのです。

「質的調査はどこでも、何に対してでも、できる」と講義しています。ということはライブ会場でもできるということ、まず教師が見本を示さねば! というわけで渋谷で「仕事」してきました笑

開演前。統一性ない客層

なお質的調査のお手本なわけではないので念の為😁「ライブ会場にも調査材料はいろいろあるよ」と例示する目的です。


甲田まひるさんのキャリア

観察対象である甲田まひるさんのキャリアから確認していこう。ざっくり3層:

16歳〜 ジャズ・ピアニスト
以降〜 ファッショニスタ・俳優など
20歳〜 ポップ・ミュージシャン

天才ジャズ少女あらわる!的にデビュー、19歳当時の2020年には日経の年末振り返り長文記事で、世界のジャズの大物たちと並び、 "ジャズピアニストでありながら世界のモデルと肩を並べるファッショニスタの甲田まひる" と紹介される。これが僕のような日経読者層の初期認識だ。

「ジャズ黄金期再び マイルス・ディヴィス没後30年 〜ビート革新、20代がけん引 ヒップホップと地続きに」(2020/12/30) との記事では、前年に紅白に出たKing Gnuを例に、ジャズとポップ音楽との融合を説明している。甲田さんがその後、最も融合を体現する存在となった。翌年には自作のポップでラップ込みな音楽で第二のデビュー。23年−24年とテレビ東京の深夜ドラマ・アニメの主題歌にも立て続けに採用。

こちらは日経クロストレンド「甲田まひる 多彩な顔を持つSSWがアニソンタイアップで飛躍」(2024/2/2)

僕が甲田さんを知ったのは、今年4月はじめ、Spotifyプレミアム無料期間でヘビロテしてたとき、最新曲コーナーでアニメ主題歌「らぶ・じゅてーむ」を耳にしたから。新感覚???となにかに反応して聞き直し、検索し、経歴の多才さにびっくりした。SNSもフォローするとちょうど初ライブの告知中でチケットも買ってみた。ライブチケット買うのは何年ぶりなのか記憶にない笑

キャリアを象徴する最終曲

「らぶ・じゅてーむ」6分超のLIVEバージョン(この1曲だけ録画&公開許可)に、これらのキャリアが濃縮されている。

最初はジャズ風のソロ・ピアノから。(僕はこれを近くで見たくてピアノの置いてある右側をえらんだ)JAZZのアルバムにもある曲。そこから、「らぶ・じゅてーむ」のイントロのJAZZ風ソロに移り、バンドのドラムやギターが入り始め、一転、かわいらしいアイドル歌謡曲ぽい曲が始まり、途中のラップは日本語ラップとしてかなり高度、というかJAZZの達人によるラップになっていてすごい。

これまでの全キャリアを一曲の6分に濃縮している。JAZZピアノはこの一曲の2分くらいだけ、ただししっかりと入れてくる。初ライブの最後がこれなのに、アーティストとしての意思も込められているのだろうと思った。(後に長くて楽しいアンコール)

キャリアがコミュニティを形成する

こうしたキャリアは、会場のファンにもあらわれている。ライブレポート記事に、"モデルや役者などいくつもの顔を持つ甲田まひるには、各分野にファンがいる"とある。(客観的なレポートは、こちらをお読みください)

実際、ファンに統一性がない。やや男性が多いが、その年齢層はバラバラ。

1つの仮説として、以下のようなターゲット層を想定してみる:

  • 50−60代風のおじさん(カラフルなセットアップからネクタイだけ外したダークスーツまで服装もバラバラ)=JAZZ時代からのファン?

  • 年齢不詳ファッション(20−40代かな)男性=音楽業界人?

  • 20−30代風の地味めなお兄さん=アイドル的なファン?

  • 男女混合のオシャレな一団=最先端音楽好きな若者

  • 10−20代のイマドキな女性=同性の憧れとして崇めている同世代女子

つまり、キャリアの過程それぞれにファン・コミュニティが形成され、地層のように重なっていく。それぞれ集まれば、結果、男性の方が多くなるだろう。その中で、甲田さんが向いているのは同世代女子たちであるのは、ライブ中の語りからも、その後のSNS発信からも明らか。

これはマーケティング論の「ペルソナ」といえる。1人だけに対してターゲット設定し、その1人が応える時、それとは異なる属性のファンたちも同時に応えている。

その1人のペルソナ、とは、究極的には、彼女自身なのかもしれない、と思った。大人への期待に応えてきた10代半ばまでの自分があり、それを振り切るように、自分らしい音楽追求してきた歩みだ。

キャリア理論で説明すると

キャリア論では、米国の組織心理学者、エドガー・シャインによる「Will」「Can」「Must」の3つ輪、という考え方がある。

彼女にとって、JAZZ時代は、

CAN: ピアノを上手く弾けること
MUST: JAZZファンから必要とされること

という2つの輪の重なりが高いレベルで発生し(それ自体すごいこと)、それが「WILL=したいこと」だと思って、がんばっていたのではないだろうか。しかし、だんだんと、本当に「したいこと」が見えてきたのでは。JAZZ好きは中高年男性が多いわけで、年齢的にも、かわいい娘さん、くらいに受け止められるだろう。最初はいいとして、だんだんと対等な関係性を求めるようになっていくとしても自然なことだ。

そして、

WILL: 自分が本当に表現したい音楽、言葉を実現すること

という真の3つめの輪が登場したのでは? ここでのターゲットはまず同世代の女の子=もっといえば自分自身

そんなチャレンジを続けてきて、自信を持てるようになっていく。それは「脱皮」であり、それを成功させることが「HAPPY」だ。

「HAPPY-MAPPY(=まひるさん)-DAPPY(=脱皮)」という本ライブのキャッチフレーズには、そんな成長過程が表現されれている。

ライブの前半だったか、「初ライブで緊張して夜寝れない」とか、「今日が誕生日だけど、このライブが終わるまでは誕生日な気がしない」とか語っていて、これまでのキャリアの中でも特別な場として位置づけていたことがわかる。

「プロティアン・キャリア理論」からは、

1.JAZZピアノのスキル=ビジネス資本1
2.大手レコード会社のアーティスト、になる=ビジネス資本2
3.JAZZ好きファン層の獲得=社会関係資本1
4.自作ポップへの転換=
ビジネス資本3
5.新ファン層(同世代女子など)=社会関係資本2

と、各種キャリア資本を増やし、交換しながら、層が積み上がっていると説明できる。

補論:音楽ライブの経営学

ついでに、音楽ビジネスについてもちょっと考えてみる。

「チケット代3,850円」、高くないな?というのが第一印象。なおスマホのチケットシステム利用料+会場のドリンク義務=総額4,780円。さらに会場では限定とかあおられて3,500円のTシャツとか買いたくなってしまう笑。一歩目の障壁を下げて後から沼化させる営業戦術が見て取れる。

売上について。チケット料金は前売税抜3,500円×Max250名=87.5万円。会場レンタル料は金曜15万円。引いて72万。チケットのシステム利用料をイープラスで300円乗せるので、システム業者が合計で7.5万円を自動集金する。さらに会場で600円のドリンクチケットを買わされる(聞いてないw、なお200杯売ってキックバック2万円)。会場のドリンク売上は15万円(税込)、会場はあわせて約30万円の売上。

整理すると

バンド側: 75万円(粗利)+グッズ販売の利益分(原価率高い)
インフラ: 35万円(場所+IT、ほぼ粗利)
日本政府: 11万円〜

バンド側は計6名のミュージシャン+表だけで数名くらいのスタッフ(事務所やレコード会社?)がいて、準備もあるから、これ自体でそう儲かるわけでもない。バンドはこれ1回きりだが、地主は毎日・毎回お金が入る。お上に至っては日本国の領土内でのあらゆるお金の動きを見張り1割づつ抜いてゆく。音楽業界で稼ぎ続けるのは大変なことだ。一方で、仕組みを作った業者は儲かり続ける。

ちなみに会場、渋谷スターラウンジはステージ27平米、フロア63平米、たして90平米、ファミリー向けマンション1戸分程度の狭い空間。ここにMax250名が入る。横20人×12列、みたいな押し込め方になる。

僕は5列目。著名スターならこんな位置は無理なので贅沢だ。なお入場はチケット発券時の整理番号順に呼ばれる。最初に優先入場(招待ぽいMV出演の子役の親子とか音楽メディアとか)が30人くらい?(もう少し?)、僕は一般組の80番目くらいで全体の中ほどだが、遅れる人もいるわけで、やや前側に行けた。

https://starlounge.jp/

この狭い空間で、好きな音楽をして、観客が大喜びして帰り、よかったよかったとSNSに上げる。この経験をできることの価値はプライスレス。バンドという不安定きわまりない活動だからこそのHAPPYはある。

・・・

以上、観察結果を報告した。歴8年くらいのキャリア女性が「脱皮」しようとする、重要なキャリアの転換期・成長期のハッピーな瞬間に立ち会えたと思う。

6/22追記:COMEMO PICKS選出、日経新聞電子版に1日限りですが掲載されました!

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八田益之(「大人のトライアスロン」日経ビジネス電子版連載中)
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