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変わる大企業の役割と人事の悩み【日経フォーラム_世界経営者会議】

先日開催された第22回日経フォーラム「世界経営者会議」に参加してきた。世界をけん引するグローバル企業のトップが一堂に会した本フォーラムも、今年はコロナの影響でインターネットでの開催となった。東京に集まっての会合ではなかったが、ネット開催のおかげで世界のトップからプライベート・コーチングを受けているような気分で充実した学びの時間を得ることができた。

今回は、その中から、特に印象に残った2つのセッションについて、思ったことを徒然と述べていく。まず、1つ目のセッションはFCA会長のジョン・エルカン氏による未来展望だ。

大業界再編時代を迎える自動車業界

ジョン・エルカン氏と言えば、欧米自動車大手フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)の会長を2010年から務め、経営破綻の危機にあった同社を前任者であるマルキオーネ氏と協力して再建を果たした。若干44歳でありながら、21歳でフィアットの取締役となって以来、経営者としてキャリアを歩んできた才幹だ。

19年には、FCAは仏自動車大手グループのプジョー・シトロエン(PSA)と経営統合を図ると発表があった。エルカン氏は、今後、このような経営統合による業界再編は更に広まるだろうと述べている。

その背景にあるのは、自動車にかかわる新技術の登場だ。自動運転や電気自動車だけではなく、IoTとの接続や5G技術の活用など、これまで自動車と関連性の薄かった科学技術分野との融合が急ピッチで進んでいる。関連性の薄かった科学技術分野ということは、如何に大資本を持つグローバル企業とはいえ、自社で研究開発をするには人材や設備などのあらゆるリソースが足りなすぎる。そのため、大企業は資本力を活かして、専門性を持つスタートアップや大学などの研究機関と連携をとる必要性が出てくる。

大資本力を後ろ盾に研究開発投資をするのであれば、企業規模が重要な要素となってくる。中堅企業同士で競い合うのではなく、手を取り合って、新しい自動車産業の在り方を作り上げる方が合理的だ。イノベーションを生み出す源泉を投資先のスタートアップとし、大企業は本業から得た資本を投資していく関係性が出てくる。そうすると、大企業の投資会社かが一層進めだろう。

投資会社化した大企業で従業員は生き生きと働けるか?

大企業の投資会社化が進むとするならば、多くの人事担当者、とりわけタレントマネジメントに係る担当者は頭を抱えるのではなかろうか。その理由は数多あるが、3つのポイントをピックアップしてみよう。

1つ目は、企業文化の喪失だ。企業文化は、多くの場合、普段の活動から暗黙的・自然発生的に生まれるものだ。近年では、NETFLIXのように戦略的に作り上げる企業も増えているが、全従業員が共通して持つ行動指針という意味では同じだ。これが、投資の原資を稼ぐ事業部門と本業を原資に投資する投資部門という性格の異なる活動で二分された時に、同じ文化を共有できるのだろうか疑問だ。

2つ目は、事業部門の従業員のモチベーション管理だ。本業を原資とした投資というのは、働きアリと女王アリの関係に近い。働きアリは、果たしてその立場で自分の仕事に誇りをもって働けるのだろうか。また、事業部門と投資部門は専門性の隔たりが大きい。そのため、人材の流動性を持たせにくい。もし経営の意思決定の中枢が投資部門に近かったとしたら、働きアリはどれだけ頑張っても働きアリでキャリアを終えるしかなくなる。

3つ目は、人材獲得に関する懸念だ。新しいイノベーションの源泉をスタートアップに求めるのならば、起業家精神や創造性あふれる人材はスタートアップを志向する傾向が強まるだろう。そのような人材にとって魅力ある仕事は、大企業にはないためだ。そうなったときに、本業を担う事業部門は保守的で安定志向な人材ばかりになってしまう可能性もある。事業環境の変化が激しい昨今の時流において、そのような事態は望ましいものではない。

大企業の投資会社化で本業人材をどうするか

これらの懸念は、FCAでは心配する必要があまりない。なぜなら、FCA内の事業部門は別会社のように独立性が高いためだ。

FCAは、フィアット創業家のイタリアのアニェッリ家がオーナーシップを取っており、同家の投資会社であるエクソールを通じて株式ベースで29.41%、議決権ベースでは44.31%を所有している。そのため、FCAの経営は事業買収と統廃合を繰り返すことにたけている。その結果、事業内容は自動車製造やエンジン製造、造船業などを始めとする製造業、農業、金融と幅広い。イタリアの各種製造業の多くがフィアットグループに属しており、イタリアサッカー1部リーグセリエAの強豪ユヴェントスのオーナーもアニェッリ家だ。

つまり、投資にたけたアニェッリ家のもと、独立性の高い事業展開をするグループ内企業という関係性が既にできている。しかし、多くの大企業はそうなっていない。

近年、企業内ベンチャーキャピタルが盛り上がりを見せ、日本でも大企業の投資会社化が進んできているように思われる。海外事業を丸ごと、買収した海外企業に任せる企業も出てきた。しかし、投資会社化に伴うヒトの問題をどうするべきか、道筋は見えていないのが現状だ。

ヒトに関する問題は、癌に似ている。気づかぬうちに進展し、自覚症状が出たときには手遅れになる。投資会社化したときに、本業を担う事業部門も働き手に取って生き生きとキャリアを積むことができる体制構築が求められる。

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