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文化は自然と育まれるか?戦略的に作るか?【日経フォーラム_世界経営者会議】

先日開催された第22回日経フォーラム「世界経営者会議」に参加してきた。世界をけん引するグローバル企業のトップが一堂に会した本フォーラムも、今年はコロナの影響でインターネットでの開催となった。東京に集まっての会合ではなかったが、ネット開催のおかげで世界のトップからプライベート・コーチングを受けているような気分で充実した学びの時間を得ることができた。

今回は、その中から、特に印象に残った2つのセッションについて、思ったことを徒然と述べていく。2つ目のセッションはNETFLIXのリード・ヘイスティング氏による未来展望だ。

カルチャーデッキの衝撃

2009年、slideshareで公開されたヘイスティング氏によるカルチャー・ガイドがビジネスと経営学会に与えたインパクトは計り知れない。FacebookのCOOのシェリル・サンドバーグをして「シリコンバレーから生まれた最高の文書」と評された129ページの資料は、企業文化の明示化と戦略的開発の重要性を知らしめた。

ここでは、カルチャーデッキの内容については解説しない。ほかに良い解説記事が数多くあるのでそちらを参照して欲しい。

企業文化は、元々、事業活動を通して自然発生的に生まれるものであり、構成員には無自覚的な行動規範や価値観のように考えられてきた。2010年、私が大学院で経営学の大家である加護野忠男名誉教授の講義を受けたときは、従業員にとっては当たり前のことなのでわからず、外部から観察して初めて確認できる現象として習った。

しかし、カルチャーデッキは、企業文化は意識的に作り上げることができると、それまでの常識を覆すものであった。それまでも、経営理念やクレドなど、従業員の行動規範の軸となるような概念はあった。しかし、その多くが従業員への浸透という意味では疑問符が付くものであった。INSEAD教授のエリン・メイヤーは、NETFLIXと他の企業が掲げるスローガンとの違いについて以下のように語る。

明文化された企業のモットーが、実際にそこで働く人々の行動と一致していることはめったにない。ポスターやアニュアルレポートに書かれた気の利い たスローガンは往々にして、空虚な言葉の羅列に過ぎない。(中略)一方、 ネットフリックス・カルチャーは、その実態を赤裸々に語っていることで有名である( 良い意味か、悪い意味かは判断の分かれるところだが)。「 ネットフリックス・カルチャー・デック」と呼ばれる127枚のスライド は、当初は社内で使うために作成されたが、2009年にリードがネット 上で一般公開して以降、 数百万人のビジネスパーソンの注目を集めてきた。

リード・ヘイスティングス; エリン・メイヤー. 『NO RULES(ノー・ルールズ) 世界一「自由」な会社、NETFLIX』 (日本経済新聞出版) (Kindle の位置No.71-73). 日経BP. Kindle 版.

カルチャーを浸透させるために、NETFLIXでは様々な施策を講じ、莫大なコストを支払っている。その中でも、「本音を語る」「頻繁にフィードバックし合う」文化を、全世界の拠点で醸成できるようにマネジメントの工夫を凝らしている。

プロスポーツチームと日本企業の相性

NETFLIX のユニークな企業文化をアメリカ以外でも再現するためには、国ごとの特徴を理解し、柔軟に対応していく必要がある。同社では、国ごとの違いを科学的に検証するために、エリン・メイヤー氏のカルチャー・マップを用いている。7つの指標(コミュニケーション、評価、リード、決断、信頼、見解の相違、スケジューリング)で、世界各国の拠点の文化特性を測定し、全世界の結果を統合したネットフリックスのカルチャーマップと比較している。

そうすると、文化に対する解釈の違いや文化差から生じている課題の背景が明らかになる。違うことを受け入れることができれば、あとは対応策を講じ、文化の浸透を図っていく。

世界経営者会議では、ヘイスティングス氏は日本の文化はスポーツチームと相性が良いと語った。スポーツチームという表現は、カルチャーデッキにもあるNETFLIXの象徴的な文化の1つだ。スポーツチームは、成果を出すために役割の異なるメンバーが協力し合いながら力を尽くす。メンバーは優勝という最高の結果を得るために、最高のパフォーマンスを発揮することに方向づけられる。優勝争いをするチームのメンバーは、それぞれが高いプロ意識を持ち、能力密度が高い。このような、スポーツチームの特徴はNETFLIXの文化を体現するのに有効だ。そして、日本は世界的にもチームスポーツの得意な国であり、ビジネスでも再現性が高い。

NETFLIX の強みは、何と言ってもイノベーションを絶えず生み出す企業文化にある。ビジネス構造を根本から変えるような出来事がこれまでにも何度もあったが、それらの変化を革新的な新事業を展開することで乗り切ってきた。そして、更にすさまじいことに、イノベーションの源泉はアメリカ本社にのみ存在するのではない。全世界のどの拠点からも、グローバル市場で評価の高いコンテンツを生み出すことができる。文化の浸透が、イノベーションの源泉となっている企業で、NETFLIX以上の企業はほとんどない。

トニー・シェイ氏に捧ぐ

企業文化を競争優位の源泉とし、戦略的に作り上げてきたのはNETFLIXだけではない。靴のECプラットフォームを手掛けるZAPPOSは、1999年にトニー・シェイ前CEOが経営参画して以来、「顧客の幸福至上主義」「従業員の幸福至上主義」という2つの看板を掲げ、素晴らしい企業文化を作り上げた。

企業文化は、自然発生的に生み出されるのではなく、競争優位の源泉として戦略的に開発するものに変化している。

2020年11月27日、私たちに企業文化の重要性を教えてくれた偉大なリーダー、トニー・シェイが亡くなったというニュースが入ってきた。46歳という若すぎる死だ。企業文化の戦略的な価値について綴った本稿を、彼の遺したすべての功績に敬意を表し、哀悼の意と共に捧げたい。


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