InnoVEXを開けない日本のハンデ
台北でInnoVEXが開催されている。Computexに併催されているスタートアップイベントで、今年で4回目。ご縁があって初回の開催から毎年足を運び、これまでの推移を見させてもらっているが、今年から、昨年までの会場より広いホールに場所を移して、一層充実したイベントになってきた。
イベントの構成は、スタートアップやそれを支援する機関や大学などが展示ブースを構え、会場内に2つ設置されたステージでは、キーノートやパネルディスカッション、スタートアップ・ピッチコンテストが行われるという、オーソドックスなもの。ここ数回は、海外から政府がらみのサポートを受けた国単位での出展も増加していて、近いところではKotraがサポートして韓国がブースを構え、この種のスタートアップイベントには「つきもの」と言ってもいい赤いニワトリのフレンチテック(フランス)も存在感ある出展をしている。残念だが、日本は国としてまとまった出展はなく、個別のスタートアップが独自にブースを出しているのが少しだけ、という状況だ。
昨年(2018年)のデータでは、20カ国以上から約400社のスタートアップが出展し、来場者は2万人弱。入場料が有料・無料の違いがあるので単純な比較はできないが、Techcrunch Tokyoが3,000人弱の入場者数であることを考えると、大きなイベントであると言える。
InnoVEXの特徴は、すべての展示や講演等が英語で行われているということ。説明パネル等は中国語(台湾華語)が併記されているが、ステージ上で使われている言葉は、たとえ台湾人同士であっても質疑応答も含めてすべて英語だ。
それに加えて、個人的にとても強い印象を受けたのが、パネルディスカッションに登壇する台湾人たちの姿。
長幼の序の文化があるアジアらしく、モデレーターとなる台湾のスタートアップ関連組織などのトップ層の地位にある人たちは、見たところ50代が多く、若くて40代後半かと思うのだが、みなさん、台湾訛りがあるとしてもかなり流暢に英語を話すだけではなく、モデレーターとして投げかける質問や差しはさむコメントが的確なのだ。自分と同年代の「オッさん」たちなのだが、実に堂々としていて魅力的だ、と思ってしまう。
また、パネラーの一人として登壇した台湾の官僚がいたのだが、スタートアップなど民間人の他のパネラーに少々圧倒されながらも、きちんと自分の立場でのコメントを発していた。
また、台湾人ではないが、ブロックチェーンのセッションでは、オランダのアイントホーフェン市の市長が英語でキーノートスピーチを行い、自分はテック系の人間ではないが、と前置きをした上で、行政課題に対していかにブロックチェーンを活用していくか、その重要性について話をした。
こうした政界の人がスタートアップイベントのような、言ってみればアウェーな場においてもしっかりと自分の言葉で印象に残る良いスピーチをする姿は、先日のICT Springで開催国のルクセンブルク・ベッテル首相にも見られ、日本からの参加者がため息をついていた。スタートアップコミュニティに属する人たちも有権者なのだし、有権者を味方につける話ができることは民主制の政治家として必須の能力だ、とも言えるのだが、それがなくても政治家になれるのだとしたらそれはどういうことか、ということを考えると、それは政治家だけの問題ではないということで、ちょっと悲しい。
翻って、日本でこのようなイベントが実現するのだろうか、と、海外でのイベントに来るたびに思う。年齢性別や政財官、企業の大小などを問わず、日本人が英語を使ってこうした展示や講演・ディスカッションをするということは非常に限られた人しかできないのが現実。また、仮に日本語であったとしても、民間人のパネラーに囲まれて、花を持たされるのではなくむしろ押され気味になるような状況で官僚がパネラーとして登壇するとか、あるいは自治体の首長が、スタートアップとそのコミュニティにいる聴衆を前に、最新のテクノロジーをどう行政に活用していくかというテーマで、例えば30分といったまとまった時間のスピーチをする状況があるだろうか。私が日本の事例を知らずに否定的に見ているだけなのかもしれないが。
そして、主には英語ができないという理由から、このような国の垣根を超えたスタートアップイベントが日本で開催されないことで、日本のスタートアップコミュニティにとってマイナスが生まれていることは、あまり指摘されないことかもしれない。
日本のスタートアップが日本にいながら海外に対してアピールする機会がないことで、顧客や資金・人材の獲得にハンデを負うだけでなく、海外からのゲストが最新の知見や各地での状況をシェアしたり、あるテーマについて幅広い視点・立場からディスカッションすることで新たな発見をする、という機会を、海外に足を運ばなければ得られないということになるのだが、日本の閉じた世界にいると、それを意識することもほとんどない。
せめて、海外に足を運べる資金とコミュニケーション力とガッツのあるスタートアップには、海外のこうしたイベントにどんどん参加してほしいと思うし、その入り口として、台北という地理的にも文化的にも非常に日本に近いところで開催されるInnoVEXはもっと活用されてもよいはずなのに、という歯がゆい思いを、例年よりも一層強く感じている。