会社員30年。感謝しかない貴重なステップ
私が会社員であった時間は合計で30年くらいだ。最初の会社員は学校法人早稲田大学だ。理工学部の助手という立場で雇用された。大学には、博士課程に進学した学生の経済的な負担を軽減しつつ、ティーチングアシスタントが不足しているという現実の課題を解消しようという思惑があったと思う。週10時間にも満たない担当授業をつつがなくやりさえすれば、あとはとにかく自由な立場だった。そんな中で、博士論文を書くべく、欧米の一流紙への掲載に挑戦していた。
既に大学では、改革を進めなければという社会環境にあったと思うが、そんなことは全く意識することなく、自由に泳がせてもらっていた。教授との定例会議のようなものはあったが、それ以外の時間の使い方も自由で、研究計画すら提出する必要もなかった。でも、大学にこれだけ応援してもらっているのだから、研究で成果を残すことが何より大事であると感じていた。当時は、総長の存在など意識せずに、ただ大学という法人に守られていた自分だったが、自律的かつ能動的に動くことの大切さを学んだ時期だったと思う。
2回目の会社員は外資系のコンサルティング会社だ。ここでは、助手時代に培った自律的かつ能動的に動く訓練が役にたった。当初は先輩がどうやるのかを待つという遠慮もあったと思うが、少し経つと、先輩より先に進めて、先輩に手を出させないことが大事であると分かってきた。自分の思う答えを提示して、その答えを目指して進んで良いかを先輩マネージャーに問う。そんなことができるようになるとみるみるうちに仕事の進みが速くなったのを覚えている。
大学時代と違ったのは、向き合っている案件の内容だ。博士課程の時は、自然現象を科学していた。自然には感情はなく、至ってシンプルなメカニズムで動いている。一方、コンサルティング会社で向き合うのは企業の課題だ。そこには、ロジックだけでなく、常に関係者の様々な感情が付きまとう。視野の広さが必要になってきたのだった。それぞれの立場になって、一人何役もをこなして、課題解消に向けた方策を練っていく。どれだけ現場に突っ込んで行き、本音を掴んで来れるかが勝負だったように思う。
最初のうちは1つの課題に対して向き合うだけで良かった。でも、マネージャーになってみると、全社の多様な課題に、かつ同時に、向き合わなければならなくなってきた。一気に複雑になった。その後しばらくして、目の前に突きつけられた絡み合った多数の課題が、経営者の悩みそのものだと気づいた。ロジックに感情が混じり込み、複数の難題が絡み合った糸のように存在する。それが「経営」なのだと確信したのを覚えている。このタイミングに来ても、案件に全精力を注ぎ込むだけで、コンサルティング会社の「経営」には想いを馳せることはできていなかった。
その後、会社員になって20年目だったと思うが、サラリーマン経営者になることになった。正直、嫌だったのを覚えている。「経営」という本質が見え始めていたので、そんな責任を負いたくない。もっと自由でいたいというのが本音だった。でもそれと同時に「経営」をしていない者が「経営」を語るべきではない。これまで会社が自由にさせてくれた私への想いに応えなければいけない。そうした気持ちとの葛藤があったと思う。結局、腹を括って経営者になったのだが、これまで会社員でステージ毎に経験してきた様々なことが、会社の中に詰まっているのが分かった。
さらに、総務や人事などのバックオフィスの方々の支えというのを強く意識したのはこの頃だった。もちろん、直接接していた秘書などには以前から頭が上がらなかったが、初めてバックオフィスを会社の屋台骨として認識した。それからというもの、私の日々の仕事は、様々なステージの社員にはそれぞれ達成感と課題を持ってもらうこと、バックオフィスには感謝を伝えることとなった。未来を見据えた新たな戦略も立てた。会社を牽引する新しい価値観を作り、案件の中で掲げて、クライアントの革新を促した。その結果、会社の収益が拡大して、社員に還元できた。
社内を見ていると、常に成功と失敗が同居していた。これが当たり前の姿だと確信した。成功があるから失敗ができる。失敗があるから進化ができる。そんな感じだ。要は、成功と失敗のバランスと進化のスピードだ。経営者になって学んだことは「失敗だけに目をやって動じるのではなく、全体をポートフォリオとして見る」だと思う。さらに、日々の営みと未来の姿という時間軸。視野がかなり広くなったと思う。そして、今は会社員を卒業して、小さな会社を立ち上げて経営者をやっている。
ダイキンも堀場製作所も30年あまりの期間で躍進を遂げた。独自の企業文化を持って、失敗や赤字を恐れずに突き進んだ結果だ。「経営は人の営み」「おもしろおかしく」という偉大な経営者の言葉は、胸に響く。会社というのは、とても懐の深い存在だと思う。経営者の想いや経験は想像を絶する。会社員は何も恐れることはないと思う。それどころか、大きな胸を借りて、自らの能力を解放して、周りの人の能力を巻き込んで、どんどん進んで欲しいと思う。遠慮はいらない、もっと自由に会社生活を満喫して欲しい。偉大な経営者を追い越して欲しいと思う。