前田道路の買収防衛策への考察〜コーポレート・ファイナンスの視点から〜
資本市場では、新型ウイルスによる経済への影響に注目が集まっています。しかし、そうしたマクロな現象だけでなく、ミクロでも興味深い動きが起きています。前田道路という上場企業による、買収防衛策のための財務政策が投資家間で話題になっています。今回は、買収防衛策に使われる財務政策には、どんなツールがあるかを考察します。
道路舗装事業などを手掛ける前田道路が20日、従来の2020年3月期計画の6倍に相当する535億円の特別配当実施を決めた。ゼネコン準大手の前田建設工業による敵対的TOB(株式公開買い付け)への対抗策と位置付け、TOB撤回を狙う。「資産を削る」異例の対策は初めから考えていたわけではない。(日経新聞電子版より)
*増配で買収防衛策とは?
上記の記事にある通り、配当金を増額させて現金を流出させて、前田建設側の買収意欲を削がせようとするものです。まさに「肉を切らせて骨を断つ」戦略とも言えるでしょう。このニュースを見た時、私はデジャブを見ているようでした。それは、アコーディアゴルフの資本政策と似ているからです。
2012年、ゴルフ場大手アコーディア・ゴルフが、業界2位のPGMホールディングスの敵対的TOBを止めるために行った策も、増配でした。アコーディアは、当期純利益の90%を配当するという、捨て身の増配政策を発表しました。しかし、永続的に配当性向90%を株主に出すといってもなかなか信じてもらえません。増配効果で株価を上げて買収しにくくしたかったのかもしれません。しかし、理論的には増配には株価上昇効果はありません。短期的には株価上昇要因になっても、増配とは現金のばらまきにすぎません(もちろん、バラマキをするにもコーポレートファイナンスの視点で仮説は言われている)。企業が現金を配当でなく前向きな事業計画に使い企業価値を上げていくことが、持続的な株価上昇と本当の株主株主還元と言えるでしょう。(マクロで経済低迷が続く日本で、これを行える企業は少ないと思うし、実行は難しいのも重々承知ではあるのですが‥) また、増配で現金を流出させて買収意欲を削がせるという論理も、企業の価値は手元現金だけではないですし、顧客名簿やブランドなどもあるので、増配のみで企業の魅力を低減させるにも限界があります。
*買収防衛策に使われる財務政策とは?
増配で買収防衛策というのは、日本以外では私が知る限り聞いたことがありません。むしろ資本市場先進国のアメリカでは自社株買いが用いられることが多いです。なぜ、そうなのかのメカニズムや学術研究では、いくつかの仮説があるのですが、興味深いのは下記の研究です。
Sheng Huang, Anjan V. Thakor, “Investor Heterogeneity, Investor-Management Disagreement and Share Repurchases”, The Review of Financial Studies, Volume 26, Issue 10, October 2013, Pages 2453–2491
ここでは、既存株主の中には、敵対的TOBや買収に賛成の株主もいることを前提に検証を進めています。このような株主が存在する妥当性としては、買収先として狙われるということは、有り余る現金を事業活動に使わず株主価値を毀損する経営がされていた可能性があり、不満のある株主も存在しうるからです。つまり、敵対的TOBに既存株主に賛同してもらわないために、自社で不満のある株主から株を買いあげる機会として自社株買いを用いるということです。言い換えると、企業は自社株買いを行う要因の一つとして、自社の投資政策や企業経営に不満を持つ株主に、自社が株式を買いあげる機会を作り、敵対的買収を阻止しようというものです。これを、コーポレートファイナンス研究の世界では、自社株買いの買収防衛仮説と言います。
前田道路には特有の事情があったと思います。しかし、買収に増配で対抗するというのは海外ではあまり見られない現象です。。また理論的にもメカニズムを説明するのは少し無理があります‥。さて、今後はどうなるのか‥。資本市場研究をする身としては注目の事案です。
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崔真淑(さいますみ)