「投票」について思うこと。
お疲れ様です、メタバースクリエイターズ若宮です。
先週都知事選とかもありましたが、今日はちょっと「投票」について書きたいと思います。
選挙を戦いではなく、ピッチコンテストだと考えてみる
今回の都知事選は投票率が前回より5ポイント以上高く6割を超えたそうですが、国政選挙になると6割を切り、日本ではそもそもの投票率が低いですよね…。
台湾などと比べると、投票率を上げていくことが本当に大事だなと思います。
選挙のたびに毎回思うのですが、そもそも選挙を「選挙戦」と呼び、「勝った」「負けた」という言い方をするのはもうやめてもいいんじゃないでしょうか。
あとマスメディアが選挙後には各局揃って開票結果だけを報道するのに、選挙の論点や候補者についてほぼ報道しないのも変えていってほしい。
今回の選挙ではちょっと残念な選挙活動もありましたが、
政治家って本来は、社会を変えたいと声をあげ行動を起こした人たちなわけで、ある意味では起業家と似ているとおもうんですよね。
で、起業家とのアナロジーでいえば、選挙って「ピッチコンテスト」みたいなものだとも言えるんじゃないでしょうか。
ピッチコンテストでもたしかに順位はつきますし、そういう意味では勝ち負けもあります。でも、ピッチコンテストでは誰が勝ったか負けたかだけでなく、というかそもそも勝ち負けですらなく、それぞれがどんな想いをもち、社会を変えようとしているのかが大事なはずです。
そうした想いを丁寧に報道せず、結果が出てからそこだけあーだこーだ言うって、ピッチの本編無しで結果発表だけ配信するようなものではないでしょうか。
こういうところから意識が変わっていくと良いと思うのですが、報道の仕方含め、現状だとどうしても「誰が勝ったか」だけに意識が行きがちで、その結果勝った人の意見しか聞かなくていいような空気になってしまいます。
仮に2位や3位だったとしても、そこに良い意見があればそれをみんなで聴いて取り入れていくべきじゃないかと…。なのに「勝ち負け」だけがフォーカスされ、選挙後のSNSをみていても石の投げ合いのような感じ…。
自分が支持する候補者が勝ったとしても/勝てなかったとしても、勝った人を叩いたり、負けてざまあみろ、みたいなことを言っていいわけではないでしょう(そんなピッチコンテスト僕は出たくないです)。建設的批判ならいいのですが、足の引っ張り合いみたいになっているのをみるととても残念になります。
石の投げ合いが投票率の低さにつながるのでは?
自分が支持する政党を応援すること自体はよいと思います。でも、他の候補者の悪口を言うのは、倫理的な良し悪しを別にしても、得策ではないと感じます。
選挙が近くなって政治に関連するハッシュタグをツイッターなどで見ると、政策や候補者の主張や良いところよりも、地獄のような罵詈雑言ばかりになっていることがあります。「〇〇出るな」「〇〇はクズ」などの個人攻撃にまでなっていたりして、うーん、、、と思います。
もちろん僕も、献金問題とか色々な不正を結局なあなあにされたりしていると「馬鹿にしとんのか!!!!?」とさすがに文句を言いたくなることもあります。
しかし、選挙をそういう石の投げ合いにしてしまうと、いま選挙に行っていない人はますます選挙に参加したいと思わなくなってしまうんではないでしょうか。
外側から過剰な攻撃や中傷に興じている人たちをみると、選挙ってなんか嫌な気分になるな…巻き込まれてもめんどくさいしな…と引いてしまうところもある気がしますし、そもそもどちら側をみてもいいところや本人の声の何倍ものネガティブ情報しか入ってこないとなれば、投票したい候補者なんかいなくなってしまいますよね。
アイドルなどの推し活も根本的にはファンの活動としてよいものだと思うのですが、行き過ぎた攻撃的なファンがいることで、新しいファンを遠ざけてしまうことがあります。
こういうことをいうとトーン・ポリシングだ、と言われそうですが、僕は政府に対して怒りの声を挙げるのは悪いことだと思ってはいませんし、それを「取り締まる」つもりはありません。実際、デモをすることでやっとボトムアップに声が届くということあります。
しかしたとえデモであれ、個人攻撃になったり暴力的になることは必須ではありません。平和的に声を挙げることもできるはずです。
個人的には、選挙のように個人がcompeteしている場合に攻撃的な言葉を使うのは避けた方が良いと思っています。それはどうしても個人攻撃や対立、分断を引き起こしてしまうからです。
(先の衆院補選では候補者が選挙妨害をしていたくらいですが)少なくとも、妨害や攻撃や犯罪の予告をしなければ「声を挙げる」ことができない、ということはないはずです。
(一部何が目的で出馬しているのか疑問に思う方もいましたが)、基本的には政治家を目指す人たちは未来を良くしたいという想いと覚悟を持って出馬しているはずです。ならば、彼らに伴走すべきは中傷や攻撃ではなく、応援と建設的な意見交換なのではないでしょうか。
今投票に行っていない人にとっても、選挙=殴り合いみたいなイメージではなく、もっと全員を応援するピッチコンテストのような雰囲気になるともう少し投票率も上がっていくのではという気がします。
「買って応援」っていいね!
政治に限らず、企業の活動についても同様のことが言えるかもしれません。
「買い物は投票」という言葉があります。
企業が何か問題を起こした時、「不買運動」が呼びかけられたりもします。
買い物という行為は商品だけを選ぶことではなく、ブランドや企業のフィロソフィーという価値も選ぶことです。なので自分が嫌だと思う企業の商品を買わないのもまた、個人の選択です。
ただちょっとだけ気をつけたいのは、「不買運動」も行き過ぎると「制裁」や「攻撃」のようなメンタリティになってしまうことです。中には選挙と同じように、罵詈雑言を投げつける人までいますが、そういう人に限って、別にもともとその企業のファンでもユーザーでもない人するのでなんだかなあ、と思います。
不買自体はそれによって企業のスタンスを変えてもらうこともできますから一つの選択肢として有効でしょう。ただこれは個人的な意見ですが、不買によって「企業の方針を変えさせる」みたいな正義棒的感覚が強くなりすぎる危険もある気がします。
抗議として個人で「買わない」と決めることはハンガーストライキのようなもので、暴力性を持たない非暴力不服従な活動と言えるかもしれません。ただ、それをあまりに煽ったりするとそれは私刑(リンチ)に堕したり、クレーマーやカスハラを助長することにもなりかねませんし、他の候補者を攻撃するのと似たような状況になってしまう。
最近いいな、と思ったのは、カゴメさんや明治さんのようにパレスチナの平和のために声明を出したり、寄付をしたりしている企業を「買って応援しよう!」という風にいっていたツイートで、これ素晴らしいと思います。
不買運動を否定するわけではないですが、「これを買うな!」「この人に投票するな!」よりも、「これを買おう!」「この人に投票しよう!」が増えたらいいなと。
ネガティブなツイートの方がアテンションが取れて広がりやすいからこそ、地道ではあるのですが「応援しよう」という前向きな声をもっともっと増やしていく方がやっぱり良いと思いますし、そういうポジティブな声が増えることが、投票率を上げたり、企業の健全な発展を促し、社会を未来に向かって進めていくのではないでしょうか。