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企業との紙でのお手続きに「オプション料金」を設定することにしました。

おつかれさまです。uni'que若宮です。

今日こんなツイートをしたところ、

想像以上の反響をいただきました。

これを機にまた色々と考えまして、今後企業とのお取引に際して、紙での手続きに対しては別途「旧態業務手数料」としてオプション料金を請求させていただくことにしたいと思います。突然の宣言で恐縮ですがその理由を下記に記します。


「イノベーション」を阻むもの

コロナ禍ではリモートワークがすごく進みました。(一回目の緊急事態宣言の時に比べればだいぶ戻ってしまったところはありますが)少なくとも「必要に迫られればオンライン・リモートでもやれる」という選択肢が増えたとは言えると思います。

こうした変化について、以前からリモートワークを推進しようとしてきた方たちから聞かれたのは「10年くらいかかって遅々とした歩みに忸怩たる思いを持ちながらも進んできたことがコロナ禍で数ヶ月で実現されてしまった、、、複雑、、、」という声でした。

以前↓の記事でも書いたのですが、社会の進歩や革新はテクノロジーによってだけでは起こらない、と僕は考えています。

日本では「イノベーション」というと「技術革新」と訳されがちだけれども、「イノベーション」とは「技術」の革新ではなく、むしろ「文化革新」であるべきではないか、と僕は考えています。・・・つまり技術の進歩だけではなく、「価値観自体の刷新」があってこそイノベーションであり、それはまさに「当たり前」を変えることだとおもうのです。

「当たり前」を見直すこと、常識や因習を疑い、変化していくこと


実は、コロナ禍をきっかけに2020年から、企業とお取引をして紙の提出を求められた時にはかならず一度「紙じゃなきゃダメですか…?本当に…?」と聞くことにしていました

「必要です」と言われてもちょっとねばって「いま緊急事態宣言とか出てますが、それでも紙を印刷して郵便局にいって出したほうがいいでしょうか?」と返信しました。国を上げて外出自粛をしている中、それが「不要不急」だとは思えなかったからです。

僕は長らく新規事業に関わってきたので、僭越にも企業の新規事業についてアドバイスを求められたり、講演や研修を依頼いただくこともあります。そういう場で「イノベーション」をテーマに話しながら、こうした違和感がどんどん大きくなっていきました。曲がりなりにも新規事業に携わり、「新しい価値」を考えて続けている人間として、このまま惰性に身をまかせていていいのか…?という想いが日増しに強くなってきたのです。

ルールだから、と言われてスルーすることはできる。しかしそれではこの状況を再生産し、未来にこの違和感をそのまま渡してしまうことになる。


ゴネるんじゃなく、ネゴりたい

契約や案件終了後の請求時に、「紙じゃないとだめでしょうか」?と問い合わせるときには、一応無根拠ではなくて、

契約書に関しては、「押印は必要ない」という法務省見解のリンクを

問1.契約書に押印をしなくても、法律違反にならないか。
・ 私法上、契約は当事者の意思の合致により、成立するものであり、書面の作成及びその書面への押印は、特段の定めがある場合を除き、必要な要件とはされていない。
・ 特段の定めがある場合を除き、契約に当たり、押印をしなくても、 契約の効力に影響は生じない。


請求書に関しては、こちらのリンクを

まず気になるのは、このようなPDFなどで電子化された請求書が法的に有効なのかどうかということではないでしょうか。基本的には、双方が請求を認識してやり取りができれば問題がありません。請求書は、このやり取りの証明となります。税務調査などがあり事実確認が必要な場合は、電子データで請求書が存在すれば問題ないので、基本的に電子化された請求書でも問題がないと言えるでしょう。
・・・PDFで請求書を送る場合、印鑑や原本の扱いなどはどうするのでしょうか。印鑑については、もともと請求書に押す必要はありません。

添付し、法的・実効的にみて、捺印や紙にはとくに効力として必須の要件ではないことを申し添え、PDFをメールに添付する方法で代替できないか、と交渉をします。


この問い合わせに対する反応はさまざまです。

①「言われて気が付きましたが、不要ですね!メールで大丈夫です!」

とすぐ変更いただけるケースから

②「こうして課題提起してもらって確かにと思い、改めて部内で掛け合ってみました!そしたら大丈夫になりました!」

とこれをきっかけに運用が変わるケースもあれば、

③「私も確かにと思って改めて掛け合ってみたけど、、、だめでした、、、今回は運用変更が間に合わないのですみませんが紙でお願いできますか…」

と頑張ったけど変わらなかったパターンや

④「ルールなんでだめですね…」

とNGのケース、色々ありました。

中には「紙を出したくない」といったことで契約を見送られたようなケースもあります。決まった手続きを踏まずにゴネるようなゆるい人は信用できない、とおもわれたのかもしれません。


しかし、僕はこれ、ゴネているのではないのです…!

いや、たしかに、めんどくさいけれども!!めちゃくちゃめんどくさいけれども!!

紙で出して判子押して郵便局行ってとか、まじでこの作業何なん!!!価値に関係ない不毛な作業は!!!ってなるけれども!!!


生来自分が面倒くさがりであったり事務処理が苦手であったりするところはありますが、でも、ただゴネているわけではないのです。


実効性の変化に応じて運用を改めよう

さきほどのfreeeのページの請求書の欄にはこのような続きがあります。

ただし、印鑑を押すことで、偽造のリスク回避をすることができます。面倒ですが、一度印刷して捺印してその後再度PDF化する場合も多いようです。

ここにはまだ、「印鑑があれば信用できる」、逆にいえば「印鑑がなければ誰がつくった書類かわからないので信用ができない」という価値観が見られます。

ルールができたのには必ず理由がありますから、おそらく印鑑がない時代に偽造が横行したために印鑑が必要となったり、直接証跡を確認するためにコピーではなく「原本」が大事、ということになったのだと思います。つまり、過去のある時点においては「紙+印鑑」は信頼度やセキュリティ強度が高い運用方法だったわけですね。

しかし、時代は変わり、テクノロジーは進歩しました。

たとえば代表である僕が自身のメールアドレスから契約書や請求書のpdfデータ(押印なし)を送ったとします。

かつては印鑑がないと担当者が勝手に締結したり、偽造したりする可能性があったとしても、代表である僕のメールへの添付なら決裁として有効性は問題ないはずです。むしろ、はんこ議論の時にはんこのメリットとして

こんな話が出てきたりして、はんこだって誰が押したか確実にはわからなかったりします。また、請求書に押す角判とかは印鑑登録もしていないわけですし、はんこ自体の偽造もいくらでもできてしまいます。


証跡能力の面でも、メールの履歴はかなり過去にさかのぼって確認できますから、十分だと考えます。

むしろ、紙による原本保管の場合、紛失してしまえば証跡としては一貫の終わりですから、その意味ではメールサーバーへの記録よりも脆弱だとも言えます。(場所も取りますし、環境問題からしても望ましくありません)

こうしたことを考えると、「紙+はんこ」という運用の実効性・信頼性はすでに相対的に低下しており、pdf+メールの方が信頼性が高くなっているのではないかと思うのです(メールの改ざんも可能ですが、メールアドレスを乗っ取ったりサーバに攻撃をするほうが大変です)。そしてだからこそ法務省も押印は不要だと見解を出しています。


上記のように運用の信頼性というのは時代によって変化するので、時代に応じてその有効性を吟味し、常にアップデートしていくべきだと思うのです。


一番怖いのは「思考停止」と「無力感」

僕が一番怖ろしいと思うのは、こうした実効性の議論がまったく効かない時があることです。そういう時はこんな言葉が却ってきます。

「おっしゃることは理解できますし私もそう思います。でもルールなので」

この言葉を聞く時、僕は憤りを越えて哀しい気持ちになります。そしてさらには、こんな言葉が続くこともあります。

「私は末端なのでルールは変えられません。」

この言葉が出た後では、どれだけ実効性を伝えようとほとんど効果がありません。「思考停止」という鉄のカーテンが引かれます。担当者の表情は能面のように変わらず、同じ言葉が繰り返されるだけだからです。

そういう場合には僕は割と速やかに手を引くようにしています。仕事であればお断りすることもあります。(その前に断られるケースもありますが…)

はんこの運用で契約を失うなんて、本末転倒じゃん!と思われる方もいらっしゃるでしょうか?たしかにはんこのことは小さなことに思えるかも知れません。そんなことでやいやい言わずに進めた方が早いだろうと。

実際、「はんこ必要ですか?紙必要ですか?」というメールをやり取りするほうが手間がかかったりしますし、相手に苦言を呈するようになるので気も引けます。

しかし、こうした議論もできないような場合、おそらく仕事を一緒にするべきではないと思っています。そうした相手先とは実業務に入ってからあれやこれやと不要な消耗を強いられたり、こちらの意見がまったく通じないような徒労感を味わう可能性が高いように思うからです。


誤解のないように申し上げておきますが、これは担当者の性格が悪い、とか使えない、とかそういう問題ではありません。おそらくそうした担当者の多くがかつては仕事にモチベーションをもち、改善しようと声を上げてきたかもしれません。しかしそれが繰り返されるうちに疲労し、いつしか「無力感」とともに仕事をするようになってしまった。組織が担当者を「無力」にしたのです。

僕が一番恐れるのはこのことです。硬直化した組織が優秀な人材の能力やモチベーションを消耗させ、「無力」にしてしまうこと。個は組織に先立つと考える僕にとってはそうした組織と関わることはとても辛いのです。


そこで、オプション料金を設定します。

そうした辛い事態を目にする中、「新しい価値」を考えている身として、こうした事態を見送りそれに巻かれていくことは自分自身にも責任があると考えました。

それをただ見過ごすことは自分の価値のあり方としても不誠実だし、何よりもそれの「再生産」に加担したくはない。


そこで、弊社では今後、以下のルールで運用をしてみたいと思っています。

・ 契約時に、予め相手方に紙の手続きが必要か確認する。
・ 紙での手続きが必要な場合、「旧態業務手数料」として手数料をオプション料金として提示する。
・紙の発行・郵送を希望される場合、一件につき5,000円(税別)を請求する。※相手方の確認漏れなどで再発行が必要となった場合は都度発生

これにより以下のような効果を期待しています。


1)業務負荷の実態が「見える化」される

紙の発行には実際にはかなりの手間が発生します。これまでそれが業務換算されていなかったため、なんとなく紙の発行を求める傾向があったと思います。実際にかかっている手間が見える化されることで、報酬が適切化されることが期待できます。これは逆の味方をすればオンラインでOKならその分値引きができるということでもあります。ECショップなどで紙の領収書は有料、というのと同じ考え方ですね。

2)毎回できるできないの問答で消耗しなくて良くなる

これまでは契約が決まってからや業務が終わって請求をする段になってこうした交渉をしており、相手先にとっても弊社側にとっても後からの押し引きは結構な物理的・精神的負荷になっていました。予めこうして「オプション料金」として提示することで後々の押し引きでの双方の消耗や関係の悪化を避けることができます。

また、前述のように価値観が合わない場合には一次スクリーニングできる効果もあるかもしれません。

3)相手方企業で「紙+はんこの本当の価値」の再検討がされる

タダだと「必要ってわけでもないけどなんとなくもらっておくか」となりがちですが、その分お金がかかるなら「いや必要じゃないならここ節約したほうがよくない?」ということが相手先のコスト検討の際に俎上に上がるでしょう。オプションコストとなっていることにより、これまで担当者レベルではいかんともしがたい、と諦めていたケースでも決裁権者に諮ることができます。上手く行けばこれをケーススタディにして運用が改められる可能性があります。

ちなみに、電子契約システムを入れるのにはコストがかかるため電子化できない、という企業もあるかと思います。上述のように実効性としては決裁の証明と証跡を残すことができれば実際にはシステムの導入は必須ではありませんが、上場企業ではコンプライアンスの要件が厳しく求められどうしてもシステムが必要なケースもあると思いますから、そうした場合にはコスト比較の上で紙を選択いただくことも可能です。(そして弊社も納得して紙を発行できます)

4)「未来へのツケ」について考えるきっかけになる。

この手数料はある意味では「環境税」に似た性質を持つと考えています。環境への負荷もそれが見える化されなければ、個々の企業が行動をかえることはなく、相変わらず環境に負荷をかけ続けてしまうかもしれません。個々の企業にとっては利益の出る運用だったとしても、未来に向けて「ツケ」を回しているようなものですから、そのコストも分担する意識が必要ではないでしょうか。

もし、50年後にも紙とはんこで契約を結んでいると思いますか?と聞けばおそらくほとんどの方がNoと答えるのではないでしょうか。しかし一方で、同じくらい多くの人が「いずれは変えていくべきだけれども、まあ今のところは仕方ないよ、ルールだから」と思うかも知れません。しかし実は、未来に変えられることは今から変えていってもよいのです。「未来へのツケ」と捉えることで、それをそのままに続けてもよいのか、企業が社会的責任を自問するきっかけになるのではないでしょうか。

(追記:と、ポストしたら先駆者がいらっしゃいました!

こちらの記事も↓学びが深いのでぜひご一読を!


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誤解のないように申し上げておきたいのですが、僕はこれを担当者への批判やあてつけとして行うものではありません。また、他の企業もこうしろと押しつける気もありません。


ジェンダーギャップの宣言をして経験済みですが、こうした宣言を行うことにはリスクも伴います。批判や反論もぶつけられましたし、宣言をした手前、登壇をお断りしたこともあります。今回のルールのせいで失注することもあるでしょう。

しかし一方で、宣言によって身の回りではたしかに変化もありました。だからやはり未来へ向けて、小さいことからでもアクションを起こしていくべきと考え、少しドキドキしますが、今回のルールを運用してみたいとおもいます。


正直言って、今の日本はあまりいい状態にあるとは言えませんし、もうかつてのような余裕もないと思います。僕の周りではすでに日本に期待してもしょうがない、という空気すら漂っています。しかし、僕自身がそうでしたが、こうした苦境や失敗のときこそ生まれ変わるチャンスだとも言えます。不毛な作業に才能やモチベーションを消耗せず、その力を価値を創出することに向けていきませんか。

「イノベーション」というのは画期的なアイディアによって成されるとは限りません。アート思考的には「異化」という概念がありますが、いつも見ている風景を新鮮な目で見直すこと、そこにある惰性や偏見に気づき、認識を変えていくこと。小さな事かもしれませんが、身近なところから「当たり前」を疑い、改めていくことが未来をつくるのだと信じています。

お手数をおかけしまして恐縮ですが、ご理解方どうぞ宜しくお願いいたします。

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東洋経済「すごいベンチャー100」uni'que CEO、 ランサーズタレント社員 (最近の興味)編み物としての建築←コアバリュー、アート思考、新しい働き方、新しい教育 ←DeNAで新規事業 ←NTTドコモで新規事業 ←美学藝術学研究者 ←アート・音楽イベント主催 ←建築士