折れていなかった個人の投資意欲
投信経由の買い越しは年初来9兆円に到達
9月9日、財務省から発表された8月分の「対外及び対内証券売買契約等の状況」は相場急落を受けた家計部門の投資意欲がどのように変化したのかを確認する意味で非常に興味深い内容でした。また、機関投資家の中でも目立った動意があり、この点も注目されるものでした:
周知の通り、2024年1月以降、非課税枠が拡充されたNISA(新NISA)が導入され、家計部門は外貨建て資産(とりわけ米国株)への投資を重ねてきました。その勢いは昨年までのそれとは別次元に強いもので、円安相場の一因とも目されてきました:
8月、投資信託委託会社等を経由した対外証券投資は+1兆1702億円の買い越しで、これは過去3位(1位は今年5月、2位は今年1月)の高水準でした。しかし、注目すべきはその資産内訳であり、株式・投資ファンド持ち分が+7689億円、中長期債が+3881億円、短期債が+132億円となっていました。株式・投資ファンド持ち分の買い越し額は年初来で最低、中長期債の買い越し額は年初来で最大という構成です。景気循環の潮目を踏まえた上で株式・投資ファンド持ち分から距離を取り、急遽浮上した9月FOMCでの▲50bp利下げ観測やこれに付随する連続利下げ観測に合わせて債券投資にベットする個人投資家が増えたという状況にも読めます。端的には米金利の先安観とこれに合わせた円の先高観への期待が統計に表れているとも読めるでしょう。
いずれにせよ、これで投信経由の対外証券投資は年初8か月間合計で+9兆397億円に達しており、これは2023年実績(+4兆5447億円)の概ね倍に相当する。生命保険会社や金融商品等取引業者(証券会社)などと比較しても明らかに異質の動きと言えます:
今のところ、8月初頭の暴落を経ても家計部門の投資意欲は活きているという評価で差し支えないでしょう。また、これら全てが為替ヘッジ無しという理解はできないものの、円売り圧力の一端を担っていることは否定できません。こうした動きが9月以降も確認できるのかは円相場の行く末にも小さくない影響があると思います。当面は米国経済の失速とこれに合わせた米金利低下が想定され、その意味で「円安・株高に賭けていれば、とりあえず報われる」という従前の金融市場の雰囲気が一旦変わることになります。勝ち続けてきた本邦家計部門が試される局面に入るわけですが、今回のように投資対象資産が機動的に修正される格好で買い越しが続くのであれば、家計部門の金融リテラシーも相応に研磨されている、ということになりましょうか(あくまで数字上からの印象論ですが)。
機関投資家の相場観も修正へ
今回、もう1点注目されたのが、銀行等及び信託銀行(信託勘定)の買い越し額が+3兆5972億円と統計開始以来で最大を記録したことです。これは中長期債の巨額の買い越し(+2兆8065億円)にけん引された結果でした。
基本的に銀行等及び信託銀行(信託勘定)は信託銀行(信託勘定)の動きに規定され、概ね年金資金の動き(近年ではGPIF)を反映することで知られています。個人投資家および機関投資家の双方で米金利の先安観とこれに合わせた円の先高観への期待が強まり、資産選択に反映されたのが8月だったという整理になるでしょう。もちろん、大半のフローが為替ヘッジ無しと推定されることが多い個人投資家と異なり、機関投資家を同様の事情で見ることは難しいですが、2022年3月以降に続いてきた「円安・株高に賭けていれば、とりあえず報われる」というゲームのルールが一旦は変わりつつあることを市場参加者が確認したのが8月の動きだったと言えそうです。
ちなみに、海外から国内への対内証券投資に目をやれば、株式・投資ファンド持ち分の売り越しが3か月連続となっており、3か月連続はパンデミック直後の2020年7~9月以来の出来事となります。円安修正と共に日本株への評価が下方向に見直されている、裏を返せばこれまでの日本株上昇が円安に支えられていたことの証左と考えざるを得ない動きと言えるでしょう。