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Airbnbはブリッツスケーリングで世界の旅行業界の雄となった: 「格安エコノミー」の終わりが意味する「ブリッツスケーリング」の終わり(前編)

最近読んだ本で心に引っかかったビジネス本がある。
日経BP社から出版された、リード・ホフマン、クリス・イェ著『BLITZSCALING(ブリッツスケーリング)』 という本である。

ブリッツスケーリングというドグマ

「たとえ行き先が見えなくてもいい、なにがあろうと効率よりスピードを優先するという戦略はわれわれのビジネスで決定的に重要なポイントだ」
ビル・ゲイツは、長年の友人であり、シリコンバレーでヨーダと慕われるリード・ホフマンの著書に、こう序文を寄せた。リード・ホフマンは、ペイパルの創業に加わり、後にリンクトインの共同創業者としてプロフェッショナル向けの世界的なネットワークをつくった。そのホフマンが成功の秘訣として解説するのが効率やリスクを無視して、とにかくスピードを上げて成長しようという「ブリッツスケーリング」だ。中国やシリコンバレーなど、数年で急激な成長を遂げる企業はだいたいこの作戦を採っている。

と、「ブリッツスケーリング」という圧倒的な成果を出すために、効率やコスト効果などは考えず、とにかくスピード重視で突っ走る戦略方法について教えてくれる本であり、一言で行ってしまうと、よく出るこの図についてより詳細に戦略パートを説明している本と言えるだろう。

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(出典:https://www.slideshare.net/nagi5otakegg/ss-64386795

まさにこの比較でいうところの「スタートアップ」の成長イメージこそが「ブリッツスケーリング」であり、一時期大赤字をほりつつもシェアや規模を広げ、サチったタイミングからマネタイズモードに転換し、指数関数的な利益成長を実現していく。それによって、現実的とは思えないほどの圧倒的なスピードで、シェアと利益の拡大を実現する。そういう事だと思う。

Airbnbはブリッツスケーリングで世界の旅行業界の優となったという事実をどう受け止めるのか

特に考えさせられるのは実際の実例として幾つか挙げられているスタートアップとその詳細についてである。個人的は特に Airbnb(エアビーアンドビー)の所に興味を持った。

ついにエアビーアンドビーの創業者チームはサンバー兄弟と対決して勝ちたいと考えていることに気づいた。では次にくるのは「どうやって?」だ。
 その回答が、本書で紹介する「ブリッツスケーリング」の考え方だ。これは総力をあげて成長に集中する電撃戦だ。たとえ先の読めない状況であっても、ブリッツスケーリングは効率よりもスピードを重視して、電撃的な成長を実現する。この戦略と戦術によってエアビーアンドビーがサンバー兄弟自身のゲームで彼らを倒すことに決めた。
 数カ月後、サンバー兄弟と戦うことを決意したチェスキーは、そのために必要な1億1200万ドルのベンチャー資金を調達することに成功した。ヨーロッパでも攻勢に転じた。ドイツのエアビーアンドビーのクローンで、規模が小さく価格も手頃だったアコレオを買収することも、その作戦のひとつだった。これでエアビーアンドビーがウィムドゥとお膝元のドイツで戦えるようになった。2012年春までに、エアビーアンドビーはヨーロッパとブラジル、合計9カ所にオフィスを開設した。ロンドン、ハンブルク、ベルリン、パリ、ミラノ、バルセロナ、コペンハーゲン、モスクワ、サンパウロだ。予約は前年2月から10倍に増え、2012年6月には1000万回に上った。

コロナ禍という未曾有の逆風が吹き荒れる前では、世界の旅行業界を席巻していた Airbnbにどのような危機的状況が発生していて、そしてそれをどの様に梃子にしてスケールしたかがとても良くわかる説明だ。

私は Airbnbは本当に「新しい市場」を創造した企業だと思っていて、「新しい市場」をつくるということは新しい文化(リバイバル的要素はあれど)を創ったわけでもあるので、とてもリスペクトしている。なので Airbnbのとても有名なエピソード(当初は出資がつかずフレークを売っていたこともあるとか)は当然知っていたし、 Airbnbが創造した市場の概念や価値観はある意味とてもクラウドファンディングに近いなと思っていたので、親近感も勝手に感じている部分もあった。

具体的には、 Airbnbというアイデアが親世代には「カウチサーフィン?正気?そんな危ないことなんて流行るわけない」と全く受けなかったし忌み嫌われて目も向けられなかったが、おじいちゃんには「むしろカウチサーフィンなんてよくやったし旅行の手段として当たり前じゃないか。そんなの当たり前なことビジネスになるの?俺はあったら使うけど」という真逆の反応だったというエピソード。
クラウドファンディングもある意味、産業化され構造化された社会が前提となる世代には最初まったく受け入れられなかったけども、その前の世代には当たり前の手段だったりして、特に日本でいうと「講」とか「結」とかが江戸時代に根付いていたわけで、「一周回って新しいけど完全に新しいわけではない」というところだったり、大量生産大量消費社会によって生み出された歪が顕在化しどうにも居心地が悪く感じてきた我々の世代に合致するような、新しいテクノロジーで大量生産大量消費社会から脱した、もっとスマートで多様性に溢れたエシカルな社会をつくりたいと考えて始めたクラウドファンディングと同じトレンドにあるなと感じていた。

そういう意味で、なにか Airbnbも(規模感の話はおいておいて)少なくともグロースのアプローチとしては前述の2つに分けるとするならば「スモールビジネス」の手法で丁寧に文化を作ってきて成長したイメージを勝手に持っていたので、結構驚いた。

よくよく考えればVCからも資金調達し、そしてエアビーほどの規模までスケールしているんだから、それは「スタートアップ」の成長を選択しているのに決まっているんだけど、なんでそう思ったかといえば、 Airbnbもクラウドファンディングも、大量消費社会の潮流を見据えたビジネスであり、エシカルやサスティナブルなどのこれまでの市場経済一辺倒の価値観を塗り替える新しい価値観が根底にある(ブライアン・チェスキーの発言にもそういう匂いを感じさせるものが多くて共感している)。

以前「クラウドファンディングがIPOすること」で個人的見解として、クラウドファンディングは市場経済がもたらす社会の歪みを正す為に存在している仕組みなのに、クラウドファンディング事業者自身が市場経済の商品になること、つまりIPOを目指すことは矛盾に至るのではないかということを述べたが、

その上で、クラウドファンディングは、SNSの様にネットワーク効果が直接的にサービスに指数関数的成長をもたらすものでもなければ射幸心を成長ドライバーに出来る事業ではなく、むしろ文化を作るメディアに近いものであると考えるので、「スタートアップ」の成長イメージではなく「スモールビジネス」の成長イメージが正しいのではとも述べた。

VCから調達してIPOするというスタートアップのトレンドから外れているわけで金融商品としては魅力は無いものの、私自身はその「スモールビジネス」の成長曲線でスケールしていくのが、市場経済の理屈に飲み込まれずに、エシカルでサスティナブルな新しいこれからの事業成長モデルに至るのではと勝手ながら希望を持っている所でもある。
(なにせ現在は、IPOを目指すにあらずんば的な風潮が強すぎる・・・)

・・・という前段があり、 Airbnbも「ブリッツスケーリング」に手を染めていたのかと聞くとちょっと、SDGsだEGS投資だと言われ始めている今、「これからの本筋は「スモールビジネス」の成長イメージでスケールさせていくという新しい形であって、いま称賛されているものの真逆の方向で進んでいるんだ!」という自分の考え方が正しいのかかなり怪しい・・・・。と正直心が揺れ動いてしまった・・・。そんなふうに心につよい引っかかりを残した『BLITZSCALING(ブリッツスケーリング)』を読んでから数ヶ月経ち、久々にそのことを思い出す記事に出会った。

格安エコノミーの終わり、から改めて考える

ニューヨークタイムスに掲載された『ウーバー、エアビーも値上げ。「格安エコノミー」の終わり』という記事がそれだ。

記事の中にある章立てにもその名もズバリ「ブリッツスケーリングの「代償」」とあるので、まさに『BLITZSCALING(ブリッツスケーリング)』を思い出すとともに、前述の心の引っ掛かりについて改めて向き合う機会となった。

当時、大都会に住む20~30代の日常生活の多くは、シリコンバレーのベンチャーキャピタリストたちの資金でひそかに支えられていた。
何年もの間、投資家からの「援助」を受けることで、私たちは物価の安い第三世界並みの予算で贅沢なライフスタイルを送ることができた。
私たちはみな、ウーバーやリフトを安い料金で何百万回も利用し、中産階級の王様気分であちらこちらへと移動した。その料金の一部を負担していたのは、これらの会社に投資した投資家たちだ。

とあるが、まさに未上場のスタートアップが、大企業とくらべてかなりアグレッシブなキャンペーンを行っていたり値下げ競争を突っ走っていたりするかというと、それは上場益での儲けを前提としたVCからの資金を燃やせているからであり、それは上場済みの大企業には無いパワーである。ただ、ここで一般消費者の自分としては「威勢がいい=儲かっている」という誤解が働いてしまうので、未上場のスタートアップがガンガンせめている姿勢をみると「イケているんだな」と思ってしまうが、本質はそうではないというところが重要だと思う。

本質は「上場に向けて突っ走っているという意味で、VCや投資家からの”期待値”としてイケている」という意味であり、ビジネスとして本当に回っている(儲かっている)ことを証明している訳ではないという事だ。

私たちが月額9ドル95セントで毎日1本映画鑑賞ができるサービスに群がったため、ムービーパス(MoviePass)は倒産に追い込まれた。ジムで何回もスピンクラスを受講するようになったため、フイットネスサブスクのクラスパス(ClassPass)は、月額99ドルの無制限プランを中止せざるを得なくなった。
メープル(Maple)、スプリグ(Sprig)、スプーンロケット(SpoonRocket)、マンチェリー(Munchery)といったグルメ宅配サービスのスタートアップはいずれも破綻し、業界は死屍累々。それというのも、私たちが低価格のグルメ料理を提供されるままに快く受け取ったからだ。
これらの企業に投資した投資家たちは、私たちの堕落に金を出そうとしたわけではない。自分が支援するスタートアップに弾みをつけようとしていただけだ。
どのスタートアップもすばやく市場で支配的な立場を確立し、競合他社を出し抜き、急上昇する企業価値を正当化するために、顧客を引き付ける必要があった。
そこで、 投資家たちは企業に金を注ぎ込み、多くの場合、それが人為的な低価格と気前のいいインセンティブという形でユーザーに提供された。

これまでは、このブリッツスケーリングがスタートアップの主流もしくはもはやドグマとなってからまだ1ターンを周りきるまえだったので絶対視されていたが、ちょうど昨今その結果が徐々に現れてきているタイミングであり、死屍累々という結果になっているという。

もちろん全ては優勝劣敗なので、ブリッツスケーリングを取れば全て成功するなんてことは端からないし、誰もそんな事は言っていない。そして死屍累々の中にはブリッツスケーリングすべき市場にてブリッツスケーリング競争に負けただけの企業も混じっていると思う。ただ、それでも、個人的にやはりいまのスタートアップのトレンドが問題だと思ったのは、ブリッツスケーリングが適切でない市場にもそれを浅はかに当て嵌めて、期待値ビジネスを行っていた事例もあることだ。

実は、死屍累々の事例として取り上げられたMoviePassについて、僕は2年前にこんなエントリーを書いている。

テックスタートアップのトレンドやノウハウを元にハリウッドをディストラプトというシリコンバレー側のドリームが籠もったチャレンジだったが、失敗は必然であると指摘した。それは、シリコンバレーが全ての先端であり、そのナレッジを持ち込めば、レガシーな業界はディストラプト可能という思考停止がそこにあるが、得てしてそれは、無知が故に、そもそも「サービスが狙うべきターゲットがこの世にほとんど存在しない」という謎の闘いに挑み敗退していくことに繋がりかねないのではというふうに感じたというのが要約である。

後編では、ブリッツスケーリングに「合う」「合わない」のものさしはどこにあるのか、そしてそれをちゃんと考える(社会的な側面から)必要があるとなぜ考えているのかについてお話したいと思う。


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