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カードを無駄打ちしたパウエル議長

保険的なアクションは予想通り
7月30~31日に開催されたFOMCは、政策金利であるFF金利誘導目標を、「年2.25~2.50%」から「年2.00~2.25%」に引き下げることを決定しました。FRBの利下げは10年半ぶりです。また、米国債など保有資産の縮小(いわゆる「量的引き締め」)も、予定された9月末から2か月前倒しして終了させました。ここまでは概ね予想通りでした。量的引き締めの2か月前倒しは市場にとってあまり大きな違いを生む決断ではないでしょう。記者会見で「It is intended to insure against downside risks from weak global growth and trade policy uncertainty」と発言し、あくまで「現在」ではなく「将来」の景気減速に対応した、というロジックが前面に押し出されましたが、こうした「保険的なアクション」も事前に沁み込まされてきた通りのロジックです。

政治的圧力を前に突っ張ったパウエル議長
問題はここからです。利下げは予想通りですが、パウエル議長は「利下げは緩和サイクル開始を必ずしも意味しない」と述べ、景気循環途上での調整(Mid-Cycle Adjustment)に過ぎない、と利下げの継続性を否定しました。あくまで「景気拡大を延命させるための利下げ」という建付けです。こうした言いぶりは利上げへの未練を感じさせるものです。恐らくは利下げを求める政治的な圧力を前に「突っ張った」という面もあるのかもしれません。しかし、株式市場はこれに激昂し、7月31日のNYダウ平均株価の終値は前日比333.75ドル安と急落しました。会見では「一度きりの利下げだとは言っていない」、「利下げで経済を支える」など利下げの継続性をうかがわせる発言も見られましたが、やはり「利下げは緩和サイクル開始を必ずしも意味しない」とのフレーズが与えた傷跡は大きそうです。今回のFOMCでは、元より市場とのコミュニケーションに難があると言われていたパウエル議長に対する懸念が現実のものとなったと言えるでしょう。

パウエル発の不透明感を払しょくしたトランプ大統領
「0.25%」という利下げ幅自体もさることながら、「タカ派的利下げ(a hawkish rate cut)」の意向を主張してしまったこともあり、利下げを求めるトランプ大統領の「口」撃は今後強まることはあっても、弱まることは無さそうです。直情的な市場参加者に「タカ派的利下げ」などという意味不明な動機が通じるはずもなく、市場変動を抑制するという観点からも失敗に終わったと言わざるを得ません。このFOMCの24時間後にトランプ大統領が対中輸入2000億ドルに10%の関税を課す方針を表明したことは、「利下げの必要性がないなら作ってやる」と言わんばかりの意趣返しにも見えます。今回の利下げの動機には「貿易政策の不透明感から来るダウンサイドリスク」が挙げられていました。具体的には「downside risks from weak global growth and trade policy uncertainty」です。皮肉なことですがパウエル議長により作られた金利見通しに関する不透明感はトランプ大統領の貿易政策によって払拭されました。9月利下げは不可避との見方が市場の大勢です。

いずれにせよ、パウエル議長の「利下げは緩和サイクル開始を必ずしも意味しない」というやや斜に構えた発言は、トランプ大統領の対中強硬策によってもはや何の現実味も持たなくなってしまったというのが実情でしょう。

9枚しかないカードの1枚を無駄打ち

最も FRB にとって 痛手だったのは「緩和サイクル開始を必ずしも意味しない」と煮え切らない枕詞を付けてしまったせい で、9 枚しかない利下げカードの 1 枚を無駄打ちしてしまったということです。最初の 1 枚(▲ 25bps)を出すタイミングで「今後も躊躇なく利下げする」というメッセージを発信していれば-本当に やるかどうかは別にして-、「株高→資産効果→消費・投資の増加」というコースに望みを賭けることは 出来たでしょう。そもそもたった 25bps の利下げで何が変わるものでもないはずです。「これでおしまいかも」 という雰囲気を不必要に示したことで、株価は下落し、ドルは上昇した。どちらもトランプ大統領との関 係を考えるならば悪手だったと言わざるを得ません。結果論ですが、やりたくないのであれば「一切不要」と 突っぱねる方がロジカルな対応でした。

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