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提言① ふるさとの原風景を活かす、ビジョンベースの地方創生

秋も深まり、山肌が紅や黄色にと色鮮やかに華やいでいる。地方都市に住んでいると、四季の移り変わりを良く感じる。別府鉄輪温泉のコワーキングスペースでこの記事を執筆しているが、肌寒さを感じる秋の風景に温泉の湯けむりという組み合わせは心を温かくする。日本のふるさとの風景は美しい。

郷愁や浪漫の世界だけで生活することができるのであれば、美しいふるさとの風景はそのまま残しておきたいものだ。実際に、東京からの助成金でやり繰りすることのできた時代は、地方出身者の原風景を守ることの意義は大きかった。しかし、そのような牧歌的な地方と都市の関係は過去のものになってしまった。

現実問題として、地方都市の台所事情は火の車だ。首の皮一枚で繋がっているような状況が続いている。人口減少に高齢化社会は言わずもがな、地方経済の地盤沈下は致命的な状況まで陥っている。そのような中、経済を活性化し、若者の定着率を上げるためにも新産業の創造は大きな課題となっている。

国立大学の教員という立場柄、地方自治体の研修や個別相談、起業したい若者の相談に乗ることが多い。今月は、そこで感じた課題感と共に、地方における新産業創造に向けた提言を3回に渡って論じていきたい。


提言① これから30年、この町は何を売りにして生きていきますか?

地方行政の首長さんとお話しをさせていただくときや公務員研修の場で、いつも尋ねる質問がある。「みなさんの街の未来を描く、ビジョンはありますか?」大抵の場合、素の状態で質問すると一様にポカンとした表情をされる。「僕には夢があるんですよ」と意気揚々と答えてくださったのは、大阪府内の某市長くらいだ。

さて、私がこの質問をなぜ投げかけているのかというと、その意図はリソースの問題だ。なにか新しいことを始めようとした際、実行者には制限(資金、時間、労働力、ナレッジ・経験、土地、設備など)がある。東京や大阪などの大都市であれば、都市が保有するリソースは莫大であり、多様性もある。しかし、地方の場合、都市が保有するリソースは質的にも量的にも十分にあるとは言えない。そのため、まず限られたリソースを有効活用するための意思決定の軸となる考え方が必要となる。


ビジョンを描く

限られたリソースを有効活用し、外部環境への状況認識から組織の進むべき未来像を描く。この重要性を指摘し、理論として体系化したのは南カリフォルニア大学のバートン・ナヌス名誉教授だ。ビジョナリー・リーダーシップと呼ばれる理論は、イノベーションをけん引する変革型リーダーシップにおいても中核的な概念として知られる。

地方創生に目を向けた時、都市の未来を描くビジョンの話を聞くことがほとんどない。比較的近しいのは「大阪都構想」を掲げる大阪府と大阪市だろうが、「都構想」は行政区画をどうするかの議論であって、大阪が将来像として何で価値を発揮していくのかというビジョンではない。「都構想」はビジョンを達成するための手段であって、目的としてのビジョンにはなり得ない。

近年、ビジョンを打ち出して地方都市の再生に成功した事例を挙げるなら、米国サウスベント市のピート・ブーテジェッジ市長が挙げられる。自動車メーカーの下請けが中心産業であったサウスベント市は米国自動車業界の低迷と共に苦境に立たされていた。そこで、ブーテジェッジ市長はハイテク産業の街としてビジョンを打ち出し、再建を果たしている。

ビジョンとは、意思決定の拠り所となり、多様なステークホルダーが同じ方向を目指すために必要な価値軸だ。このビジョンがないことで、多くの地方都市では、行動すれども効果出ずという闇夜に鉄砲の状態が続いている。

例えば、行政主導で新産業を作ろうとした際、国からの補助金獲得が目的となってしまい、まったく実現可能性のない施策を講じてしまう事態が頻発している。


下手な鉄砲は数を撃てば当たるのか?

民間の事業創造も状況は芳しくない。その大きな原因が、規模の問題だ。美容院やカフェのような小規模店舗の開業は増えているが、売上高が10億円を超える地方都市を支える基幹産業となるような新事業が生まれてこない。「起業・開業すること」を目標設定としていることで、起業のハードルが低い小規模事業者ばかりが増えてしまい、大規模化するところへの組織的なアプローチができないでいる。

また、地方で成功した企業が大きな市場を求めて、東京などの大都市圏に移転してしまうことも多い。企業の成功と都市の発展がリンクしておらず、企業にとって、その都市に残る理由がなければ本社を置いておく必要性はない。それどころか、企業の成長の足かせとなるリスクもある。そのため、企業が成功しても街に残る理由となるためにも、自分たちの街は何で価値を発揮していくのか未来像やビジョンを提示することが必要となる。

日本国内では、名古屋市(豊田市)や浜松市、豊橋市は、ビジョンとしては明示していないが、暗黙的にビジョンが共有されている例として挙げることができるだろう。

新産業創造のために、創業支援を活性化させている都市は多い。しかし、その結果として、自分たちの都市がどうなりたいのかという未来像まで考えることができている都市はどれほどあるだろうか。起業や開業する数が増えれば、そのうち、成功する例が出てくるかもしれないという宝くじのような発想で取り組まれていないだろうか。大きな成功をおさめるために、数は重要な要素ではあるが、都市が一丸となって同じ方向性を向くことの重要性が軽んじられていないだろうか。


都市のビジョンとクラスター化

大規模化する新事業を生み出すには、産学官とファンドが連携し、クラスターを作る戦略的な取り組みが求められる。理論的な裏付けとしては、ハーバード大学経営大学院のマイケル・ポーター教授の産業クラスター理論が有名だ。

日本の地方都市と同規模の都市で、次々と大規模化する新事業が生まれているのはエストニアのタリンだ。タリンは、人口が40万人超と大分市と同程度の規模しかない小さな町だ。それでも、複数のユニコーンが生まれている。タリンにおける新産業創出を支えるのは、Skypeマフィアと呼ばれる、Skypeで成功をおさめた人々のネットワークだ。

また、成功した企業が市場の大きな東京などの大都市圏に移転してしまう問題もある。成功した企業を引き留めるためには、理由付けをする必要がある。その理由付けに成功しているのは、名古屋(豊田市)や浜松市だろう。

名古屋(豊田市)や浜松市は、明確なビジョンとして打ち出しているわけではないが、自動車産業やモノづくりの世界最高峰として、暗黙的にビジョンが共有されている例だろう。短期間だが浜松市に住んでいたこともあるが、自動車や楽器産業といった製造業のビジネスに最適化された都市は、他の都市にはない魅力と安定感に満ちていた。


自分たちの都市の未来を自分たちで描く

クラスターを作る際に、重要な要素として、基幹となる企業や人物がいることだ。そして、企業の成功がそのまま都市の個性や魅力として定着することが多い。Skypeの成功はエストニアのタリンを情報通信の先進国とし、現在は電子国家としてブロックチェーン技術を中心に世界最先端となっている。また、中国では杭州がアリババの成功によって、若き起業家の集まる一大都市と成長している。

タリンや杭州は経済的な成功を収めており、成功者が都市のビジョンを創り出すわかりやすい例だ。しかし、都市の成功は経済的なものだけではない。米国ペンシルバニア州ランカスターには、19世紀の生活を維持するアーミッシュの住む町がある。アーミッシュとして伝統的な生活を維持するというビジョンは住民を惹きつけ、子供たちはアーミッシュとしての生活を強制されないにも関わらず、8割以上が成人とともにアーミッシュとして街に留まることを選択すると言う。


ビジョンを作るのは誰か

それでは、都市のビジョンを創り出すのは誰だろうか。行政の代表である市長なのか、県庁や市庁舎で働く地方公務員か、地元銀行や企業の経営者が、都市のビジョンを作るのだろうか。トップダウンの強いリーダーシップが歓迎される文化があれば、その都市の有力者が作る方法でも良いかもしれない。しかし、ビジョンはトップダウンで提示されるのではなく、関係者全員がフラットな関係の中から生まれるべきものだろう。

米国であっても、トップダウン型の強いリーダーシップが好ましくない事例が増えてきている。ハーバード・ビジネス・スクールのリンダ・ヒル教授は、ピクサーやディズニーの最も創造的なチームにおいて、リーダーシップやビジョンはメンバー間の相互作用の結果を生み出される(集合的天才、Collective Genius)であると述べている。

都市のビジョンを創り出すのだとすれば、それは自分たちの地元を愛し、未来を創りたいと考えている人々でチームを作り、多くのステークホルダーを巻き込んで作ることを推奨したい。このような地方都市の未来を創るキーパーソンの動きは、至る所で見ることができている。詳しい事例は、法政大学の石山教授の著書に詳しいが、広島県福山市の戦略マネジャーなど、萌芽的な取り組みは出てきている。

筆者の住む大分県でも、今年からOITA Innovators Collegio というイノベーター育成の相互学習の場をスタートさせている。また、別府市の鉄輪温泉ではコワーキングスペース "a side" が中心となって「センスの良い人が集まる温泉町」というビジョンのもと、地元の人々も巻き込んで、温泉町の再生に取り組んでいる。"a side" では、まだ設立1年目にも関わらず、大都市部からライターや小説家などのクリエイターが集まるワーケーションの場としても、成果が出始めている。

地方都市の未来を描く、ビジョンを起点とした地方創生は日本ではスタートを切ったばかりだ。そこから、成功事例が生まれ、地方都市の新たな時代を切り開く鏑矢となることを期待している。

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