『監視資本主義』の衝撃を学ぶ教材としてのNETFLIXドキュメンタリー『グレート・ハック:SNS史上最悪のスキャンダル』
ネットフリックスのドキュメンタリー映画、『グレート・ハック:SNS史上最悪のスキャンダル(原題:The Great Hack)』が7月24日にリリースされました。2016年の英国でのブレグジットをめぐる国民投票や米国大統領選挙において、フェイスブック上で収集された個人データがケンブリッジ・アナリティカという選挙コンサルティング企業にどのように利用されたかを、ケンブリッジ・アナリティカ元幹部の内部告発者、ジャーナリスト、大学教授のストーリーを紡ぐ形で明らかにしていくドキュメンタリーです。
「ケンブリッジ・アナリティカ」という会社の名前は聞いたことがなくても、日々デジタル化が進む社会の中で、自分が知らないところで自分の個人データがどのように利用され、その背景に巨大テック企業が想像も出来ないほどの力を社会の中で持つに至ったかを感じさせてくれる内容です。
タイトルで触れた『監視資本主義』は、ハーバード・ビジネス・スクール名誉教授のショシャナ・ズボフ(Shoshana Zuboff)が著作「The Age of Surveillance Capitalism : The Fight for a Human Future at the New Frontier of Power」で提唱している言葉です。
監視資本主義とは、"ウェブ検索や閲覧、交流サイトの投稿など個人のインターネット上での表現を収集して分析し、将来の行動を先読みすることで、収益につなげる新たなタイプの資本主義を指しています。グーグルやフェイスブック(FB)が無料で集めた個人データを使い消費者の好みや関心に応じて広告が出せる「ターゲット広告」を企業に販売するのが典型です。スマートフォンなどネットに常時接続する機器を通じて個人を追跡できることから、監視資本主義と名付けられています。"
(東京新聞 2019年6月13日の記事より)
映画の中で描かれている内容の多くは主人公の1人でもある英国のジャーナリスト、キャロル・キャッドウォラダー氏や多くのジャーナリストが調査報道で明らかにしてきたことに基づいています。ただ、今回の作品の重要な役割は、とても分かりにくい事象をより多くの人に伝え、その問題の深刻さに光をあてることにあるようです。
ケンブリッジアナリティカの元事業開発責任者であるブリットニー・カイザー氏は内部告発者として実際のケンブリッジ・アナリティカの中で起きていたことを語っていて、映画の中でも多くの時間が彼女の贖罪、そして今まで知りえなかった実際の現場で起きていたことの告発に驚きます。今年の10月には書籍の出版も予定されているとのことで、ドキュメンタリーの中で彼女の証言に過度に寄り添いすぎているのではないか、全ての真実をまだ明かしてないのではないか、という批判的な見方もあります。
とはいえ、ケンブリッジ・アナリティカの果たした役割、実際にフェイスブック上で誰が、どのような広告を、誰に対して、どのくらいの量を出稿していたかなど、未だ誰も分からないという状況において、今回のドキュメンタリー映画の果たす役割はこうした問題を考えるきっかけとして、とても大きいのではないかと思います。学校の授業などでも放映してこれからのテクノロジーと社会のあり方などに関して考える際の格好の教材になるものと思われます。
ネットフリックスでのリリースに併せて、New York Times、Financial Times、Wired、The Guardian各紙でも取り上げられていて注目の高さが伺えます。その中で最もバランスが取れていて、背景情報も含め参考になると思えたレビュー記事は主人公の1人でもあるキャロル・キャッドウォラダー氏によるものでした。
彼女の調査報道がきっかけとなりケンブリッジアナリティカは破産手続き経て解体したものの、第2、第3のケンブリッジアナリティカが出現する可能性があることが指摘されています。また、2016年のトランプキャンペーンのソーシャルメディア責任者であったブラッド・パースケール氏は2016年のキャンペーン時には600万近いビジュアル広告をフェイスブック上で配信したことを明かしていて(ヒラリー陣営は6.6万)、2020年に向けてもSNS活用に更なる自信を見せてます。
MSNBCではドキュメンタリーの監督の1人であるKarim Amer氏とブリットニー・カイザー氏が出演しインタビューに答えています。今後2020年の大統領選に向けて、巨大テックがもたらす大きな力と、個人のデータやターゲット広告のしくみそのものが選挙結果に影響を与えうる、ということを考えれば考えるほど、今回のドキュメンタリーは見ておく必要がある作品なのではないかと思います。