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開かれた組織は、本当に人の可能性を開くのか【世界経営者会議】

先日、11月9日・10日に「第23回日経フォーラム 世界経営者会議」が開催された。

全体を通貫するテーマは「世界経済再興と新常態の経営」。

新型コロナ禍を中心に激変する世界経済の情勢や今後の組織の在り方、働き方など幅広いテーマで複数のセッションが実施され、ぼくも、人事の仕事に関係が深そうな幾つかのセッションを聴講した。

今回はその中でも特に、ディー・エヌ・エー会長 南場氏のセッション「組織を開き人を生かす新しい挑戦」に参加してみての学びや感じたことをもとに書いてみたい。

独立起業・スピンアウトを支援する(DeNA)

ディー・エヌ・エーでは、近年、社内の人材を会社の中に囲い込まず、寧ろ会社を外に開き、優秀な人材には積極的に外に出てもらうような体制づくりに取り組んでいるという(なお、そもそも前提としてDeNAの離職率は業界平均より低い)。

具体的には、同社の中ではキャリアパスを3つに分けており、1つ目は経営者や執行役員・部長、グループリーダーなど、マネジメントキャリアに進む「①事業リーダー」コース、2つ目がAIエンジニアやゲームクリエイターなど、専門性の高いスキルを研鑽していく「スペシャリスト」コース。

そして、続く3つ目のキャリアパスとして「独立起業・スピンアウト」コースを公式に推奨している。

また「独立起業・スピンアウト」する人達を支援する取組みとして、「デライト・ベンチャーズ」というファンドをつくり、DeNA出身者のスタートアップを中心に投資などを行っている。

南場氏いわく、元々はDeNAでも退職希望者が出たら全力で引き留め、苦労して採用した優秀な人材を何とか自社内に囲い込もうと必死だった時代があったそうだ。

しかし近年、少しずつ、その考え方が変わってきたという。優秀な人材こそ、「起業してみない?」と呼びかけるようになったというのだ。

背景には、日本社会全体の変化がある。

日本経済は30年間、世界における立ち位置が右肩下がりで、アメリカの巨大IT企業のように世界で大勝ちできるような企業が生まれていない。そして南場氏はその理由に、日本社会では人材の流動性が欠落していることや、スタートアップのエコシステムが弱いことを挙げる。

そもそも「会社」とは実体のない概念でしかない。いっそのこと「会社」という枠組みにとらわれず、組織の枠を超えて起業するような人達も、同じ姿勢(DeNAでは「コトに向かう」と表現するそうだ)を持った仲間は積極的に支援すること、そして、優秀な人材は1つの組織に長くいるのではなく、もっと会社の外に飛び出して活躍してもらうことこそが、「メンバー個人」「DeNAグループ」「日本経済」にとって、「三方よし」の未来につながるのではないか、という考えに行きついたそうだ。

投資という形で会社から独立を支援してもらえることは、起業したい「メンバー個人」からすれば、当然、想いを実現する強力な後押しになるだろうし、「DeNAグループ」から見れば、投資のリターン、事業提携の機会が得られるほか、起業家が望めばM&A(合併・買収)のチャンスも広がる。

加えて、外の世界で打席に立った経験のある起業家が、再びDeNAの経営陣に戻ってくる、という人材の還流にも期待しているという。

そして何より、想いと能力を持った人材の流動化が進み、スタートアップがどんどん生まれてくるようなエコシステムを構築できれば、それはきっと「日本経済」全体にも良い影響を与えるだろう、というわけだ。

多様な距離感を支援する(サイボウズ)

組織の中に人を閉じるのではなく、会社の外に出ていくことも含め、多様な距離感を支援していく、という考え方はサイボウズにも存在する。

たとえば、2012年から始めた「育自分休暇制度」という制度は、退職後6年以内であれば、サイボウズで再雇用することを約束する制度である。

2012年制度導入当時の社内告知文を見てみると、「サイボウズ社内では得られない機会・経験を得るためにチャレンジする人を後押ししたい」というメッセージが明示されている。

■背景
これまでも、退職後、サイボウズに再就職して活躍している社員がいます。
また、サイボウズで十分に成長の機会を設けられないことによって退職
する社員がいることも事実です。より成長し、より長く働ける環境を整備することについては、今後も引き続き取り組んでいきますが、一方で、自分を成長させるために他社、留学等、別の場所でチャレンジしてみたいという理由でサイボウズを退職する社員について、より再就職しやすくすることで、優秀な人材に、より長く働いてもらうことを目的とし、この制度を創ります。期間は、サイボウズですでに制度化している、育児休業、介護休業の取得可能期間と合わせました。

現に、サイボウズ社員の中にも出戻りで活躍している人はいるし、大学に入って学び直したい、チャレンジングな環境に身を置きたい、という理由で、育自分休暇制度を利用して退職する人も少なくない。

またサイボウズの場合、働く時間や日数、契約形態を柔軟に合意し直すことができるため、自分で起業した会社にコミットする分、サイボウズ側の勤務日数を減らしたり、元々はサイボウズで雇用されていた人が、個人事業主として独立し、他の会社の業務も請け負いながら、サイボウズの仕事も業務委託として引き続き受けたり、というようなケースも存在している。

個人が1つの会社だけにとらわれず、ちょうどいい距離感を選びやすいようにすることで、1人ひとりが社会に発揮できる価値を、そして本人の幸せを最大化したいという想いがそこにはある。

現状、サイボウズに独立・起業を支援するような仕組みは存在しないが、「会社」という枠組みにとらわれず、共通の理想を持った仲間同士でつながって付加価値を高めていきたい、という考え方には親和性があるため、今後、似たような形の仕組みを検討する可能性は十分にある。

開かれた組織は、人の可能性を開けるか

ここまで、「組織を開く」ことによって、会社の枠に収まらない人や多様な距離感で働く人を支援することが、人の可能性をさらに開き、結果的に、個人や会社、ひいては社会にメリットを生むのではないか、という信念を持った企業の事例を見てきた。

思えば、この「組織を開くことで、人の可能性を開く」というコンセプトは今回の世界経営者会議における他のセッションでも、1つの大きな鍵になっていた。

グーグル日本法人代表の奥山氏は、同社は今後、女性、障がい者、高齢者など活用しきれていない優れた人的資源に目を向けていくとともに、特に、高齢化が進む日本特有の重点施策として、高齢者が情報や仕事にアクセスできる社会づくりのために、高齢者向けのデジタルスキルトレーニングなどを積極的に提供していく、と明言していた。

また、セールスフォース・ドットコムのプレジデント兼COOのブレット・テイラー氏は「昔、シリコンバレーにはサンドヒルロードというベンチャーキャピタルが集積する物理的な場所があった。今では馬鹿げた話だが、ソフトウェアエンジニアになりたければサンフランシスコに行け、という話もあったくらい。しかし今は、世界中の才能ある人と物理的な場所に関係なくつながることができる。最早、シリコンバレーは物理的な場所ではない」と話し、働く場所という物理的制約をなくすことで、今まで以上に多様な人の力を借りられるようになることを強調していた。

どちらにも通底していることは、情報技術の力を活用し、考え方を転換することで、社会や組織の中にあった制約を解放し、より多様な人たちが最大限の力を発揮できる環境をつくっていく、という思想である。

もちろん、誰にとっても開かれた組織が、社会が、本当に社会全体にとってより高い付加価値を生み出すことができるのか、あるいは、事業の成長へとつながるのか、その評価はまだ定まっていない。

南場氏はセッションの最後に「今後、組織を開いていく他の企業にメッセージはありますか?」という趣旨の質問をされ、こんな風に返していた。

「まずはDeNA自身がこのやり方で成功し、開かれた組織をつくっていくことが会社にとっても、社会にとってもメリットがあるのだということを証明しなければならないと思っています」

自戒もこめて、強く頷かされるとともに、「やってやろう」という気持ちに火のつく言葉だった。

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