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人的資本経営から見る副業・兼業の推進と注意点

下記の記事にあるとおり、政府としては引き続き副業・兼業の推進を図っているようです。その狙いとしては、円滑な労働移動という目的が強く出ています。

他方で、政府は人的資本の可視化等の制度整備も進めており、人的資本経営の推進もまた重要な政策となっています。

後でも述べますが、副業・兼業を原則として「許容」することは法的な要請ですが、人材版伊藤レポートでは、さらにこれを「推進」することは人的資本経営の取り組みの一つとしています。
したがって、「副業・兼業」というトレンドと、「人的資本経営」というトレンドを、それぞれを個別に検討するのではなく、人的資本経営の一環として、副業・兼業を推進することが重要であると思います。

人材版伊藤レポートが示した「3つの視点・5つの共通要素」

人的資本経営の実践の指針である人材版伊藤レポートでは、経営戦略と人材戦略の連動を図ることを狙いとして、経営陣、取締役会、投資家に求められる役割を示すとともに、企業に求められる「3つの視点・5つの共通要素」(3P・5Fモデル)を示しました。

<3つの視点>
① 経営戦略と人材戦略の連動
② As is‐To beギャップの定量把握
③ 人材戦略の実行プロセスを通じた企業文化への定着
<5つの共通要素>
①動的な人材ポートフォリオ、個人・組織の活性化
②知・経験のダイバー シティ&インクルージョン
③リスキル・学び直し
④従業員エンゲージメント
⑤時間や場所にとらわれない働き方

そして、令和4年5月に経済産業省が公表した「人材版伊藤レポート2.0」では、この「3つの視点・5つの共通要素」を実現するための「アイデアの引き出し」を提供しています。

人的資本経営の実践の観点からの副業・兼業の推進

人材版伊藤レポート2.0では、人的資本経営の観点からも副業・兼業の推進の考え方が示されています。
具体的には、共通要素④の「社員エンゲージメント」を高めるための取組として、「副業・兼業等の多様な働き方の推進」が挙げられています。

なぜ、副業・兼業の推進が社員エンゲージメント向上の取組の一つとして位置づけられているのか、少し細かく見ていきましょう。

人材版伊藤レポートが前提とする「エンゲージメント」

時折、「エンゲージメント」を「従業員満足度」と同義で用いている例も見られますが、人材版伊藤レポートでは、「エンゲージメント」を「企業が目指す姿や方向性を、従業員が理解・共感し、その達成に向けて自発的に貢献しようという意識を持っていること」を指すとし、従業員満足度とは異なるとしています(人材版伊藤レポート第14頁)。

エンゲージメント向上と副業・兼業の推進

こうした「エンゲージメント」を向上させるには、個々の従業員のキャリア形成の考え方等にも向き合う必要があり、社内での画一的で硬直的なキャリアパスではなく、副業・兼業を含めた多様なキャリアパス実現の機会や従業員経験の機会を用意することがポイントとなってきます。
そこで、エンゲージメント向上の取組の一つとして、「副業・兼業の推進」が挙げられています。
人材版伊藤レポート2.0で示された具体的な工夫としては、
工夫1:社内・グループ内での副業・兼業を試行
工夫2:副業・兼業を認める範囲の見直し
工夫3:副業・兼業とリスキル・学び直しの連動
が挙げられています。

その他、人材版伊藤レポート2.0では、副業・兼業人材の受入れの視点からも、必要な人材を獲得する手段としても副業・兼業は有効である旨述べています。

副業・兼業推進に関する情報開示の注意点

上記は人的資本経営の「実践」の観点からの副業・兼業の推進でした。
人的資本経営は「実践」と「開示」が車の両輪となり推進されるため、人的資本の情報開示の観点からも副業・兼業の推進状況を開示することが適当でしょう。
また、令和4年7月に改定された副業・兼業ガイドラインにおいても、副業・兼業を許容しているか否か、またその許容条件に関する情報開示が推奨されています。

副業・兼業の情報開示にあたっては、以下の点に注意する必要があるでしょう。

注意点①:副業・兼業の一律禁止は法的に認められない


そもそもも、法的には副業・兼業は、原則として禁止できないというのが裁判例の定着した考え方です。なぜなら、本業での労働時間以外の時間はプライベートの時間であり、法的拘束が及ぶものではないですし、そもそも個人には憲法上職業選択の自由が保障されているからです。
したがって、副業・兼業を認めることは、人的資本経営の実践の「選択肢」というよりは、そもそも副業・兼業を認めることは法的な要求でもあり、「認める/認めない」という点に企業の裁量はないということを認識する必要があるでしょう。

注意点②:適切な許容条件の設定

上記のように副業・兼業は原則として禁止できないため、そもそも「副業・兼業を一切認めていない」ということを開示することはないと思われます。
したがって、実際に問題になるのは、どういう許容条件を設定するかという点になります。
この点について、裁判例も副業・兼業は原則として自由でることから恣意的な条件設定を認めておらず、副業・兼業の禁止に関する裁判例を踏まえた適切な許容条件を設定する必要があります。
特に、(そのニーズはよくわかるところではあるのですが)業務委託型の副業のみOKとする例が多く見られますが、副業・兼業ガイドラインQ&Aや裁判例に照らし、このような条件は認められない可能性があります。

注意点③:経営戦略との関連性のストーリーを示す

上記のとおり、そもそも副業・兼業は原則として禁止できないわけですが、人的資本経営として副業・兼業をより積極的に推進していく場合、「経営戦略との関係で、なぜ副業・兼業の推進が企業価値の向上に寄与するのか」ということを、経営戦略とのストーリーを持って開示することが重要となります。

副業・兼業の「許容」から「推進」へ

さて、上記でも述べましたが、副業・兼業は、法的には原則として禁止することができず、これを「許容」しなければなりません。

昨今、人的資本経営の実践が求められていることも踏まえて、副業・兼業の「許容」から、さらに進めて「推進」することができるかどうかが、エンゲージメントの向上、ひいては人的資本経営の実践の観点からポイントとなると思います。

※本テーマに関しては、フクスケさんのHPにも詳細が掲載されておりますのでそちらもご覧ください。
https://fkske.com/posts/NDj8N3oJ


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