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本当の「自粛」の話をしよう。 〜3つの誤った日本的「自」縛について

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止まらない感染者増、経路不明の感染、感染拡大のフェーズが変わったと思います。以下、改めて読み返すと危機感が弱いと思います。「手洗いうがいに気をつけて」とかそういうフェーズじゃないです。今できることは出来得る限り、外出しないことです。あなたが家に留まると街の混雑が緩和され、感染リスクが下がります。熟慮し、想像力を働かせ、できることを。
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お疲れさまです。uni'que若宮です。

新型コロナウイルスですが、いよいよ国内の感染者増も続々判明して、関東圏では外出自粛要請となり、批判も出ています。

大きな問題は経済影響です。「自粛」を呼びかけることによって飲食店などに深刻な打撃が出て倒産なども起こってきますし、外出しなければ収入が減る人などもどうやって暮らしたらいいのか、その補償についての約束なく、無責任に「自粛」というな、というのは尤もです。

震災の時もそうでしたが、このように不安が高まってくると、「自粛しろよ」というように圧力や批判のために「自粛」という言葉が乱発されだして、ちょっとでも楽しそうにしてると刺される、というような閉塞にも繋がります。


「自粛」しろよ!

「自粛」というと「するな」という感じがしますが、そもそもどういう意味なのでしょう。「自」という言葉があるのでそこには本来何らか自主性があるはずですが、「自粛しろ」などと言われたり、そこにあんまり自主性の余地はなさそうにもみえます。

ここに罠があります。


「自粛」を辞書で引いてみると、「自分から進んで、行いや態度を慎むこと」とあります。

この「慎む」というのは「しない」ことかというと、そうではありません。辞書を引いてみると「1あやまちや軽はずみなことがないように気をつける。慎重に事をなす。」とあり、慎重ではあるべきだけれども「事をなす」ことで、「してはいけない」という意味は本来ありません。

自粛の「粛」も、「厳粛」や「静粛」など、しっかりとおごそかに、という意味で使われますが、「しない」という意味はもともとはありません。「粛」の成り立ちは「深い淵がある場所に竿を持って立つ様子」からきていると言われますが、崖っぷちに立った時に畏れを感じ、身が引き締まるような、そんな感じでしょうか。軽率なことやふざけたりしない、という意味はありそうですが、「粛々と進める」のようにむしろ「外乱に惑わされず淡々と物事を続ける」場合にも使うので、ただ「しない」という意味ではなりません。

本来的な意味でいえば、「自粛」とは「自らよく考え判断して行動しようね」という意味なわけです。


「自己判断」するな!

上記のように「自粛」というのはむしろ「自分でよく考え判断して行動する」ということなのですが、この「自己判断」というのもなぜだか日本ではなかなかにネガティブな意味をもっているようです。

Weblio類語辞書によると、

意義素:周りの意見を受け入れず、一方的に行った判断のこと

とあります。自己で判断する、というだけなのに、なぜだか「周りの意見を受け入れず、一方的に」という意味になるのです。個人的には、「判断」というのは最終的には自己でするしかないことだと思うのですが、この意味からすると、周りの意見を聞き入れた上でする判断は「自己判断」とは呼ばない、という感じですね。じゃあなんて呼ぶんだろう。

先程見たように、「自粛」はもともとは「自分でよく考える」という意味なので、「自己判断」と類語なはずですが、実際は逆で

「自粛しろ!」「自己判断するな!」

というのがほぼ同じテンションで言われます。

これが両立するためには、「個人の判断は常に浅はかで、軽はずみな行動である」という前提が必要です。「自粛」において慎むべき軽はずみな行動=「自己判断」なのです。うわあ全体主義的。


「自己責任」だろ!

さらに怖いのは、先程の「自己判断」の類語に「自己責任」というのがあることです。

類語:自己判断 ・ 自分の判断 ・ 自己責任 ・ 自身の判断 ・ 自己の判断 ・ 勝手な判断 ・ ひとり決め ・ 独断 ・ 決めつけ

この、「自己責任」というのも、なかなかにヤバい日本語になりつつあります。

wikipediaパイセンによると、

自己責任(じこせきにん)
辞書の定義では自分の行動には自分に責任が存在することや、自身の行動による過失の場合にのみ自身が責任を負うこととなっている

とあります。「自分の行動の責任を自分で持つ」ということなのですが、そこには留保がついています(太字部分)。

しかし、日本では「責任」がかなり拡大解釈されがちです。

たとえば、2月にヨーロッパに旅行していて、新型コロナウイルスに罹ったことがわかると「自己責任」と言われたりします。しかし、ウイルス感染は「自己責任」なのでしょうか。

感染や被災は本来、事故的あるいは被害的なもので、その人の行動に原因を帰することはできず、過失とはいえません。先ほどの定義でも「自身の行動による過失の場合にのみ自身が責任を負うこととなっている」はずなのに、「自己責任」とされてしまうのです。

これは今回のことに限らず、たとえば事故や犯罪に巻き込まれた被害者に対してもそうです。被害者の人に対して、「自己責任」と言われ、外野から批判や差別が加えられるのです。しかし、犯罪に遭うことが過失でしょうか?もちろん、車が走ってきたところに赤信号を無視して踏み出すような軽々しい行動は誤っていますが、十分気をつけた上でも、(その人にはアンコンローラブルな要因で)事故に遭ってしまうこともたくさんあり、それを「過失」とは言い切れないのです。

「自己責任だよ」と誰かに対して言う時、しばしばそれは「僕の責任ではない」と同義です。そこに働いているのは「自分はあなたとはちがう」と分離する心理なのです。そして、その人の立場や被害に共感することもなく、自分とは切り離すことで「自分はそうならなくてよかった」と保身し、安堵するのです。

しかし、一時的には安堵を得られるでしょうが「自己責任論」が支配する社会は閉塞します。なんとなれば、なにか起こった時に「自己責任」と切り捨てられる恐怖が常に付きまとうからです。それが不安を増幅し、ひとを保身に向かわせます。「助け合い」がなくなり、買い占めが起こります。


「自粛」を変質させる、「自己判断」と「自己責任」

「自粛」と「自己判断」でみたように、そもそも「自分」で判断しただけで、「浅はか」「勝手」とされる日本です。そしてさらに、自分の過失でないことまでも「自己責任」と押し付けられるのですからたまったものではありません。

これでは社会は閉塞し、息苦しくなりますし、保守的かつ全体主義的になります。できるだけ「自己」を減らすことが「自己責任」のリスクを減らす唯一の方法だからです。「右へならえ」と「今まで通り」をしていれば、非難されることはありません。しかしそれでは集団は同質的で排除的になりますし、自由度がなく、新しいチャレンジは窒息して死んでしまいます。

そして、同質的で排除的な全体主義は(ナチスなどの例にみるように)自浄作用が低く、大きな過ちを犯しがちです。とくにどこかの国のようにトップが嘘をついたり私利に走って閣議決定するような時には注意が必要です。


「自」縛の罠

「自粛」は本来、「自らよく考え判断する」ということであって、「自粛しろ!」と押し付け合うべきものではありません。

しかし、このところの「自粛」という言葉はそういう圧力が非常に強いと感じます。

「自己判断」が悪者扱いされ、「自己責任」を過大に押し付けられる社会で言われる「自粛」には、ほとんど「自」の自由度がありません。

そしてそういう環境下で、自主性の余地がないにも関わらず、「自」という言葉が使われているのが怖いのです。

マインドコントロールや洗脳の常套手段は、実行上はそれ以外の選択肢がないようにしておきながら、それをあたかも本人が選択したかのように思わせることです。なにか悪いことがおきたり、ひどい目に合わされても「自らそれを選択したのだ」という自責の念によって、自縛し、相手を疑う気力がなくなり、誰かの思うがままに動くようになるのです。


繰り返しますが、「自粛」は自分でよく考えて判断することです。軽率は避けられるべきですが、自主性をなくすることではありません。ここを間違うと「自己判断」の排除と「自己責任」論によって、「粛清」に近いことが起こっていってしまいます。


国民のみなさん、「自粛」しましょう。自分でよく考えて判断して、行動しましょう。それはただ「しない」ことではありません。風評に流されて買いだめをすることは「自粛」とは真逆ですが、誰かが決めてくれるののに頼るのも、周りを気にしすぎてびくびくするのも「自粛」ではありません。不要だと思えば時間通りに通勤しなくてもよいし、本当に必要なら出かけるのも「自粛」です。

日本はその気になれば、世界でも有数の思慮深さと礼儀正しさをもって行動できる国だと信じています。今回を機に、もっと個人個人を信じてそれぞれが判断しても、大丈夫ではないでしょうか。

牛とか魚とかいろいろと失望することもありますが、それぞれ知恵と力を出して、そしてそれを合わせて、この危機を乗り越えて、もう一歩先に進みましょう。

あと、手洗いうがい、忘れんなよ!

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東洋経済「すごいベンチャー100」uni'que CEO、 ランサーズタレント社員 (最近の興味)コアバリュー、アート思考、新しい働き方、新しい教育 ←DeNAで新規事業 ←NTTドコモで新規事業 ←美学藝術学研究者 ←アート・音楽イベント主催 ←建築士