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数理モデルからみる意外なFactorXの正体とは?〜本格的な第2波到来に備えを〜

”ひょっとしてFactor Xは存在しないのではないか”

ノーベル賞受賞者山中教授の名付けたFactor Xを否定する、その大胆な仮説を理解するためには感染拡大の数理モデルを少しだけ理解する必要がある。


1.指数関数的に拡大する感染症〜実行再生算数とは〜

2020/2/6(大昔に感じる)の私のnoteでも書いたが感染症は指数関数的に広がっていく

”NY Timesによると 新型コロナウィルスは特に制御してない限り1人あたり1.5〜3.5人に感染すると研究者は推定しており仮に2.6人に感染するとすると5人→18人(2次)→52人(3次)→140人(4次)→368人(5次)と感染が広がる。”

細かく補足するとR=2.6はクラスター仮説が正しければ、1人が2.6人に伝播させるのではなく、例えば10人いると20%の2人のスプレッダが20人に、残りの8人が6人に伝播させるという意味だが、ここでは単純化の為、1人が2.6人に感染拡大させ再生産させたと考察する。

*日本を救ったかもしれない2-3月のクラスター対策につながる押谷先生の日本独自の疫学解析・数理モデル解析によるクラスター仮説の貴重な資料はこちら↓

2.「42万人死亡説」西浦モデルと同じ前提から感染爆発を試算すると

西浦先生は、おそらく誇大な被害を煽って過度な外出制限を政府に要求し経済不況を招いたと苛烈に非難された。そのためNewsWeekの特別寄稿の場で説明されようとしたのだと思う。


”今、第2波のリスクに対峙するに当たっては、被害の想定と取るべき対策をめぐるコミュニケーションについての問題点を改めないといけないと考える。”
それは、4月15日の記者会見で筆者が話した「何も流行対策を施さなければ、日本で約85万人が新型コロナウイルスで重症化し、その約半数が死亡する」という試算(モデル)が、「42万人の死亡の想定」というメッセージとしてクローズアップされ、前提条件やメッセージの真意から外れて数字が独り歩きしてしまったことを振り返り、強く思うことだ。

ただ、複雑な数理モデルを普通の人々に記事を読むだけで理解するのは難しいので、自分なりの解説を試みる。

この記事の西浦試算の、実行再生算数の設定は先のNY Timesの記事の2.6とほぼ同じ2.5だ。

平均世代時間を4.8日にしているので仮に、1月初旬から3月中旬まで2.5ヶ月まで約80日間とすると約17世代感染拡大する。
10世代くらいまでは、数万で増えていくが、そこから一気に数百万、数千万ののべ感染者数に理論的にはなる。(注1)


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私は数理モデルの専門家でないので、細かい計算違いをしている可能性はあるが第5世代までの計算結果はNY Timesの数値と一致しているので算数としての本質は外していないと思う。
要するに倍々ゲーム以上のペースで増えていくということだ。

一定期間の無策の放置がどんでもない市中感染を引き起こす可能性が理論的にはあることを示している。


3.ではなぜ日本では(第1波の)感染者数も死亡者数も少なかったのか?


ここに2月ダイヤモンドプリンセス号の状況をYou Tube動画で告発し一躍時の人になった岩田健太郎先生の最新の超長文ブログ(6/23)がある。


もちろんお会いしたことはないが、感染症専門医として知識と経験が豊富、饒舌でおそらく多動、空気を読まず学界や厚生労働省等日本の組織からは嫌われるが、忖度せずに正論を言う、そういう印象を持っている。

「なぜ日本では(第1波の)感染者数も死亡者数も少なかったのか」

”このようなアジアの国々やオセアニアの国(オーストラリア、ニュージーランド)はどうして、欧米諸国よりも感染対策が上手くいったのか。それは、これまで検討したように、文化や習慣、BCG、PCR抑制といった理由ではなさそうです。”
患者が少なかった。これが日本の対策がうまくいった最大の理由。”
 ”確定的な証拠はないですが、状況証拠から一番プラウジブル*な理由は、「スタート地点が違っていたから」”   ( *筆者注:プラウジブル=plausible 説得力のある)

第1波において距離が近かったにも関わらずアジア各国で感染拡大が広がらなかったのは、逆に

”まさに距離が近かったから早めに警戒した。”

”欧米と、アジア・オセアニアの違いを決めたのはこの「気づくタイミング」の違い。ここが決定的だったとぼくは考えています”
”一方、ヨーロッパ各国やアメリカ合衆国では初動が遅れました。対策スタート時点で、すでに大量の感染者が発生していたのです。”
”フランスでは、2019年12月の段階ですでに新型コロナウイルスによる肺炎患者が発生していたことが分かっています。”


中国で正式に認められている原因不明の(要は新型)肺炎患者の発病が認められたのは2019/12/8

”1月1日にウイルスの発生源と指摘されている武漢市の海鮮市場の休業が発表された。事実上の閉鎖措置だ。原因不明の肺炎発生から市場の閉鎖まで約3週間かかってしまい、中国でも情報公開と対応の遅れが指摘されている。”

今や経済はグローバル化し世界は距離に関係なくタイトに結びついている。保菌者は世界各国に長くても十数時間で移動できる。

私自身は、欧米含めて2020年1月初旬には、第0号感染患者(Patient Zero) は世界各国に発生していたと考えてもおかしくないと推測する

それでも、距離的な安心感からか、欧米では対岸の火事とばかりの日常が3月上旬まで続いた。

フランス・ベルギーでは不法なロックダウンパーティが集会の制限後も頻発し、フランスでは業を煮やしたマクロン大統領が一気により厳格な法的罰則のあるロックダウンに踏み出す。

米国では経済優先のトランプ大統領は、3月初旬まで楽観的な発言を繰り返していた。

”トランプ氏は新型コロナに関し、1月から3月初旬まで脅威を過小評価するかのような発言を繰り返し、初動の対応が後手に回ったとして民主党勢力などから批判を浴びている。”

要するに、西浦モデルの感染爆発シミュレーションが現実に起きていたのが欧米の1,2月だったのではないかそしてそれは無症状患者も多いCOVID-19において察知されにくかったのではないかということだ。

4. 数理モデルからみたFactor X

先のモデルに、日付を当てはめてみるとこうなる。

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1月初旬に、世界各国にゼロ号患者がいたとすると、ちょうど3月初旬ごろから一気に市中感染が激増しパンデミックが顕在化する。

そして3/11のWHOの世界的なパンデミック宣言だ。


1月初旬にもし第0号患者がほぼ同時期に欧米含む世界各国に発生してたとした場合、

・欧米の様に3月中旬までのこの80日程度積極的な対策を取らなかったか、
・台湾の様に12月31日には国民へ注意喚起、2月6日には中国全土からの入国を禁止までの迅速な対策を取ったか、

これらの違いがアジアと欧米の100倍の差を生んだ可能性が数理モデル的にはありうる

実行再生算数を2.5として100倍の差を生む世代数を計算すると、

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平均世代時間を4.8日とすると、5世代たった24日の差で理論上100倍の差を生む。

中国からの地理的距離による緊張感の有無からくる1,2月の対応の違いが100倍の感染結果の差を生んだ可能性があり、まさに

これこそがFactor Xである可能性がある。

実際、海外でも初動の遅れによる感染拡大について同様の論文が複数発表されている。

5.アメリカの今

アメリカに留学中の友人が、アメリカの今を伝えてくれた。

ニュースでは暴動や、マスクをしないフロリダのビーチ等の人々の映像が良く流れるが、大半の市民は真面目に感染症対策を行っている。日本人だけが民度が高くてアメリカ人は馬鹿というのは、あまりに浅はかだ。

”相当アメリカ人も几帳面にコロナ対策しているのに、なぜここまで死者が増えているのだろうと正直疑問です”
”美術館や映画館は当然閉まってますし、レストランや公共交通の席をsocial distanceを厳密に守り、いちいちアルコール除菌してます。(私は安いレストランやバスばかり使ってるので、低所得層もけっこうちゃんとしてることはわかります)”

一度、爆発的に増えてしまうと、その後いくらロックダウンしても厳格に規制をしても感染者は増え続け、死者は増え続けてしまう。

アメリカの7/10の「1日の」感染者増は6.6万人(日本は7/16 622人)

7/7には「1日の」死者数が1000人を超えている。(日本は7/16 0人)

一般市民は、ほぼ日本と同じ自粛生活。むしろ、満員電車はなくクルマ社会、リモートワークが日本よりも進んでいるアメリカで、だ。

6.本当の第2波が訪れる時

日本の場合は結局2月の国民の早めの地道な自粛活動とクラスター班と保健所によるクラスター潰しの対策がFactorXだったかもしれない。
効果が疑問視された唐突な総理の休校要請も、社会に緊張感をもたらすという意味においては有効だったかも知れない。

私は数理モデルの専門家ではないが、おそらく等比級数的に拡大する感染症における複利計算的な恐ろしさはビジネスマンとして理解できる。

「複利の強さと恐ろしさをを知れ!」(孫正義)                            (「孫社長にたたきこまれたすごい「数値化」仕事術」三木雄信)

ほとんどの経営者がほんの数%の成長率の違いが、後に大きな規模の差となることを知っているのと同じだ。

Factor Xは医学的根拠に基づくものでもなく、

ましてや華々しい政治家の危機管理リーダーシップでもなかった可能性がある

このあたりが、安倍総理がことさらに「日本モデル」を吹聴することへの国民の違和感と嫌悪感に繋がっているのだろう。

実際、G7の中では、優等生でも、アジア・オセアニアでは10万人辺りの死者数はワースト1,2 の存在だ。

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察知力というより、多くの場合は単に「距離」の問題だったのかもしれません。ヨーロッパ大陸、南北アメリカ大陸からはアジアは遠いのです。遠いところで起きている問題は、深刻に、敏捷に察知しづらい。逆に、アフリカで流行していたエボラ出血熱についてはヨーロッパは日本よりも敏感に対応していました。”(岩田健太郎)

アジア人が感染しにくいというFactor Xは存在していないかも知れない

ここで再び、前回の投稿でも紹介した西浦先生の動画での重いコメント。

(最後49:10-51:50までの2分半の結論部分だけでも視聴をお勧めする。)

・どれくらい続くかということについても複数年ということはわかるが
タイムスパンが他の国に揺さぶられるのがパンデミックの特徴。
・どの国が制御に成功して、どのような方針を取るのかがカオスの状態。
流行の制御と社会経済活動がの対立の状況は他国でも見られ神経をすり減らしながら行っている
・世界が壊れないと良いなということを真剣に心配している
アメリカの政治経済の状況は大変危惧される状況
世界が壊れるきっかけがいくつもある
明るい材料はそろっていないというのが実際の状況

普通の感覚では、100倍も違えば、そこには何らかの疫学科学的要因があるだろうと思うのが当然だ。

(前回投稿の医師兼医療ジャーナリストの方の分析も多くの可能性を分析的に否定しておきながら、最後にはアジアは1/100の違いという表象から第2波は来ないと簡単に結論づけてしまっている)

我々が罹りにくいという明確なFactor Xがあったら、もちろん良い。

しかしアジア人が感染しにくい重篤化しにくいという疫学的なFactor Xがないとした時、そして世界の混乱が複数年続き、感染拡大した世界各国から本当の第2波が訪れた時、私達は自分達の生活を、社会をどのように守っていくのか。

ビジネスマン、もしくは現場の臨床関係者としては、疫学的なFactorXはないかもしれないという最悪のケースを想定しておくべき

正常化バイアスで「いつか元に戻るよ」という楽観的な考えを捨てて真剣に第2波について考える必要があると思う。

私達が「夏になって暑くなったらウイルスは自然と消えているよ」と言っていたようにはならなかったのだから。


注1:もちろん西浦先生のモデルでは、より精緻に

感受性保持者(Susceptible)
感染者(Infected)
免疫保持者(Recovered、あるいは隔離者 Removed)

のSIRモデルで検証している。


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