経済の「サプライサイド強化」に対する誤解
経団連・十倉雅和会長「格差問題、分厚い中間層を再構築する」 - 日本経済新聞 (nikkei.com)
伝統的な成長会計に基づけば、一国の潜在成長率は潜在的な労働投入量と資本投入量と生産性の三要素によって規定され、短期的な需要の変化に左右されないとされます。しかし、バブル崩壊や金融危機などにより需要の低迷があまりにも長引くと、企業の設備投資の慎重化などにより供給力に悪影響を及ぼします。逆に強めの需要刺激が続けば、雇用の増加や賃金の改善に伴う企業収益の改善を通じて設備投資の回復を促すでしょう。研究開発や新規創業等を通じて生産性も上向くことで、労働+資本+生産性の潜在成長率も上向かせることになります。日本の経験に基づけば、潜在成長率は実際の経済成長率に遅れて連動しており、高圧経済で日本の潜在成長率も高まる可能性があります。
実際に、日本の潜在成長率を見ると、経済成長率に遅れて変動しているように見えます。そして、潜在成長率と経済成長率の時差相関係数を計測すると、潜在成長率が経済成長率に1年半遅れて最も高い正の相関を示していることがわかります。
構造改革派によれば、潜在成長率の低下は供給側の構造問題により起こってきたと考えられてきました。これが、金融・財政政策を中心とした需要刺激策よりも、生産性向上などの供給力向上策が重要と指摘される根拠となっています。しかし、これまでの実質成長率と潜在成長率の因果関係を見た限りでは、潜在成長率が現実の成長率を後追いして変動していることからすれば、潜在成長率の低迷は供給側の構造的な要因というよりも、総需要の変動の影響を大きく受けてきたものと推測されます。
総需要の拡大は、①失業者の職探し動向に伴う労働参加率の変化、労働需給の変化に伴う完全雇用失業率の変化、②企業の設備投資変動に伴う資本ストック伸び率の変化、③企業内失業や不稼動設備に伴う過剰雇用、過剰設備の変化および設備の更新や雇用の正社員化や転職等に伴う資本や労働の質向上、等を通じて潜在成長率の上昇をもたらすでしょう。
つまり、日本でも総需要を拡大させることで潜在成長率を押し上げる効果があり、高圧経済の有効性が正当化されます。実際、足元ではコロナからの回復などに起因する総需要の拡大が、設備や雇用の不足に伴うTFPの伸び率拡大を通じて潜在成長率を上昇させつつあります。
逆に、デフレギャップ解消前に時期尚早の増税や金融緩和の出口を模索すれば、資本と労働の量的・質的低下により、経済全体で見た供給力の向上は難しいでしょう。効果的に財政政策を拡大し、大胆な金融緩和の継続の合わせ技で資本と労働の潜在投入量と生産性の伸びを加速させることが、日本経済にとって必要な政策運営といえるでしょう。