企業内スタートアップの罠とジレンマ③〜ユニークじゃなければバリューじゃない(前編
© comemo992439091
前二回では、企業内での新規事業は、その企業にとってのやる意義(=事業ミッション)を"ちゃんと"すり合わせることが大事だよ、ということを書きました。
そして事業ミッションを"ちゃんと"すり合わせるためには
・いくつかあるKGIのうちどれが一番大事なのか、優先順位がついていること
・KGIが他の企業とはちがう、ならでは(unique)のものであること
が大切だと述べました。
ここで「unique」という言葉を使ったのですが、長年新規事業をやっていろいろと失敗してきて僕がたどり着いたもの、それが「ユニークさ」です。実はこの、「ユニークバリュー」こそが僕の新規事業論の根幹をなす概念なのですが、誤解されやすいところもあるので、今回から何回かにわけて少し丁寧に書いてみたいと思います。
「バリュー」とは?
ビジョン、ミッション、バリュー。
企業/事業の背骨であり、軸となるこれらの3つの視点はどれもとても重要ですが、この中で僕が最も重要視するのが「バリュー」です。
なぜか?
企業や事業というのは社会に対して「バリュー/value/価値」を出すことによってのみ存在し、その対価を得てはじめて存続することができるからです。
どんなに素晴らしいビジョンを持とうと、どれだけ高尚なミッションを据えようと、バリューを提供できなければビジョンは大言壮語にすぎず、ミッションは抽象的で根拠のないものに堕してしまいます。
バリューこそが企業/事業の実体であり、現在をかたち作るものです。カントがもし生きていたら「バリューなきビジョンは空虚であり、バリューなきミッションは盲目である」と言うでしょうし、サルトルなら「バリューはビジョンに先立つ」と言うにちがいありません。(ちがいなくはない)
ところで「バリュー」もしくは「コアバリュー」について論じる前に、最初にこの連載における言葉遣いについて断っておきます。
「コアバリュー」というとZapposの例が有名なので、こういうのを思い浮かべる人が多いかもしれません。
〇サービスを通して、WOW(驚嘆)を届けよ〇変化を受け容れ、その原動力となれ〇楽しさとちょっと変わったことをクリエイトせよ〇間違いを恐れず、創造的で、オープン・マインドであれ〇成長と学びを追求せよ〇コミュニケーションを通して、オープンで正直な人間関係を構築せよ〇チーム・家族精神を育てよ〇限りあるところからより大きな成果を生み出せ〇情熱と強い意志を持て〇謙虚であれ
この連載で使う「バリュー」もしくは「コアバリュー」は、これとは少し違います。というのも日本語で「バリュー」という時、valuesという複数形と、a valueと単数形の時があり、実は意味がちがうのですが、これらが混同されがちだからです。
Zapposの例は複数形の「core values」です。複数形のvaluesは「価値観」「行動指針」のような意味で、「オレらレペゼンZappos、こういうこと大事に働いてくぜ」という、Credoのようなものです。
一方、本論でいう「コアバリュー」は単数で、 a core value(本源的価値)を意味します。
それは"ひとつ"の価値なのです。
”ひとつ”の価値?
「三方良し」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?そう、有名な近江商人の、あれです。
新規事業あるあるに「三方良しって掲げがち問題」というのがあります。
企業で新規事業に携わったことがある人ならほぼ例外なく、一度ならず「三方良し」とか「win-win-win」とか書いている事業プランを見たり書いたりしたことがあるのではないでしょうか。特にビジネスコンテストではありがちで、まあだいたい半分くらいのプレゼン資料にこういうことが書いてあったりします。
ですが、「三方良し」は実はとても危険な”思考停止ワード”なのです。
「え、なんでダメなの?ステークホルダーみんなが幸せになってなにがいけないの?」そう思われるかもしれません。
もちろん、”結果として”三方良しなのはある種の理想です。ですが、事業プランにおいて、「三方良し」を使ってる場合、
・実はターゲットとバリューが明確にできていないだけ
という場合が非常に多いのです。
またもう一つ、新規事業プランあるあるに「プラットフォームって言いがち問題」っていうのがあるのですが、これと相俟って「誰もが笑顔になれるプラットフォーム」とか書かれ、ビジネスモデルの登場人物みんなにメリットがある最高のアイディアだよ、と言わんばかりに図の下あたりに赤字で自慢げに「win-win-win-win」とか書かれていたりして、もうどんだけ勝つんだよっていうくらいwinしちゃってるプランとかをよく見ます。
みんなが勝ってなにがダメなの?
でも、「win-win-win-win」の何が悪いのでしょうか?
みんなが幸せならそれでいいに決まってるのではないでしょうか?
その通り。本当にみんなが幸せになれるなら、いいに決まっています。
本当にそんなことができるなら最高ですが、世の中そんなに単純じゃありません。
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たとえば犬と猿と鬼と猫がいたとします。あなたは誰もが笑顔になるプラットフォームでwin-winしたい。
でも「犬猿の仲」の犬の肩をもてば、猿は機嫌を損ねるかもしれない。なんとか犬と猿二人がうまくいって仲間になっても、退治される鬼は不幸かもしれない。さらに100歩譲って、(たとえ退治される役であっても)鬼は出番があるだけいいかもしれないけれど、名前すら出てこない猫はのけものです。
誰もが幸せになれる、というのは実は幻想なのです。”全員がシンデレラ”の発表会というのはやっぱり少しいびつ。もう運命的でもないしガラスの靴もへったくれもありません。
誰を幸せにするのか。
楽天とAmazonは、誰もが知る超大手ECサイトです。どちらかを、もしくはどちらも使ったことある人がもはや大多数だと思います。
どちらも、インターネット上で注文すると商品が届くECサービスであり、両社ともいわゆる「プラットフォーム」です。
超単純化してざっくり絵にすると、こんな感じです。
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両社とも売り手(店舗)と買い手(消費者)を結ぶプラットフォームですが、この図の左側と右側に書いているように、誰を幸せにするのか(=第一ターゲット)も、提供するバリューも、楽天とAmazonは実は正反対と言っていいほどに違うのです。
楽天の第一ターゲットは店舗です。店舗オーナーこそが顧客であり、彼らのECでの商売をサポートします。便利にECで商売できる環境とノウハウを提供し、楽天があることで店舗の売上が上がる、それが楽天のバリューなのです。(なので、その対価として出店料を得ます)
他方、Amazonは買い手のためのプラットフォームです。買い手の利便性を追求する。
そのスタンスを示す、極端な事例がこちらです。
https://netatopi.jp/article/1073208.html
こう言ったことが起こるのは、Amazonが売り手以上に買い手への価値を第一義とするからなのです。
少なくとも売り手を大事にする楽天では、ある店舗の商品を勝手に無料にする、などということは起こらないでしょう。
ここではっきりさせておきたいのは「プラットフォーム」といえども決して中立ではなく、誰かのためにバリューを提供するサービスなのだ、ということです。
もちろん、佐藤氏の事例は極端です。無料化は買い手に喜ばれるとはいえ、これをごり押しすれば結果として売り手の反感を買ってしまい、商品がプラットフォームから消えてしまう。それは翻って消費者のためにも不利益ですし、そうならないように上手くやるバランスは大事で、まさにそれが「三方良し」の視点です。
ですが、それはあくまで「第一ターゲット」へのバリューの先にあるものであり、第一ターゲットを幸せにするための”手段”としてのバランスなのです。
楽天は店舗を幸せにし、店舗がたくさん集まるからこそ、消費者にたくさんの商品を提供できる。Amazonは消費者の利便性を追求し、圧倒的な買い手を集めるからこそ、そこに売り手を集めることができるのです。
本源的なバリューはどちらか”ひとつ”であり、そのバリューを極めるからこそ、”結果的に”「三方良し」が成し遂げられるわけです。
あなたはどっちの味方なのよ!
では、どうして「”ひとつ”のバリュー」でなければいけないのでしょうか。
ビジネスにおいて、特にプラットフォームにおいて、ステークホルダーの利益は時に相反します。
たとえば、僕が複業で参画しているランサーズ。ランサーズは、フリーランスと企業をつなぐプラットフォームです。マッチングすることで両者を幸せにするわけですが、徐々に組織が大きくなり、部ごとに目標が置かれ分化してくると、だんだんジレンマが生まれてくる。
たとえばクライアント企業に向いている部門は、クライアントの効率化・利益を考えるのが業務です。クライアントにとって同じお仕事発注ならできるだけ安く済む方が喜ばれるので、クライアント部門は発注単価を下げる努力をする。しかし一方で、発注単価を下げることはフリーランスの報酬を減らすことになります。これはフリーランスを支援する別の部門からすると喜ばしくないどころかむしろKPIを悪化させる”妨害”です。フリーランス部門はフリーランスの収入を増やしたい。
クライアントはより安く、フリーランスはより高く、じゃあその分手数料を減らそう、っていって手数料を取らないと会社がつぶれてしまう。あちらを立てればこちらが立たない。「三方良し」どころか「三すくみ」のジレンマに陥ってしまうわけです。
こういうとき、 win-win-winとか言っているだけでは解決しません。3股がばれて詰め寄られて「いやあ、みんなのこと好きだし幸せにしたいんだよね」って言っても火に油をそそぐみたいなものです。
「あなたはどっちの味方なのよ!はっきりしてよ!」
誰かを傷つけることになっても、ちゃんと順番をつけないといけない。それが結果的には彼女たちのためなのです。タフでなければ生きては行けない。 けど優しくなければ生きていく資格がない。(なんの話かわからなくなってきました)
こういうと、あーそれはダメ男だね、即別れた方がいいよって気がすると思いますが、実は企業が定めるバリューはこういう「3股」みたいな感じのものがとても多いのです。「世界中のみんなを笑顔に」みたいな。
こういうバリューを僕の用語では「世界平和バリュー」と呼んでいます。「世界が平和になったらなあ」 といっていても何も変わらないのです。それぞれの国にはそれぞれの国の要求があり、利害がぶつかるから戦争は起こります。どこかの国が悪くてどこかの国がいい、というわけではないから難しいのです。
じゃあどういうバリューがよいか?
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前置きがすでに長くなってしまったので、続きはまた次回にしますが、少しだけ予告しておくと、よいコアバリューのポイントは「ユニークである」「浸透する」「やらないことを決める」の3点だと考えています。
そしてこの3要件を満たすことで、”ひとつ”のバリューであるだけでなく、「他でもない自分たち"ならでは"のバリュー」にはじめてなれるのです。
「自社が定めるバリューは、ただ耳触りがいい曖昧な「世界平和バリュー」になっていないか?」
「他の企業と取り替えても気づかないような、誰にでも当てはまるバリューになっていないか?」
そのあたりを自問してみて、あれ、そうかも。。。と思った方はぜひ次回もお読みいただけたらと思います。
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