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豊かな社会を目指すために、人間の本性を理解する

「水清ければ魚棲まず」のように、社会や組織の仕組みは、人の特性を無視して設計すると、長く続きことはできません。

より豊かで持続的な社会を構築するために、どういった価値規範や行動原理に基づいた社会制度にするべきか考える上では、人の本性を考慮する必要があります。

例えば、集産的な社会主義が、なぜ期待通りに経済を発展させられないのかは、我々の特性として、

・中央集権的に計画しなくとも自由な活動の中で調和を見出し、上手に解決策を見出せること
・分配方法が気になってしょうがなく、成果を上げていない人と自分が同じ報酬になるといった不公平に耐えられないこと
・複雑な社会の全てを知り尽くし、最適解を導ける知能は存在してないこと

などを把握できていれば、冷戦時代の痛みを伴う社会実験を経なくとも、論理的な帰結ができるはずです。

しかし、最近の欧米の政治をみると、行き過ぎた資本主義を修正する振り子のように、過激な社会主義の政治家が評価される傾向が出てきています。

現状の課題を解決するために、多大なる発展をもたらした自由主義を簡単に否定し、課題の裏返しの解決方法を持ち出すことは、むしろ状況を悪化させる可能性があります。

第二次世界大戦後、1950年には25億人だった世界人口も、2019年には77億人と3倍以上まで膨れ上がってきています。また、世界中が船や飛行機で重層的な物理ネットワークにつながれ、一部の国を除き情報もインターネットによって瞬時に伝わる状況になることで、世界は絡まり合った巨大で過密な社会となってきています。

中東和平、貿易摩擦、格差の拡大など問題が山積し、歴史の揺り戻しが発生している現代は、まさに、改めて平和に人類が発展を続けるためには、どういった社会を構築すべきかを模索するべき時です。

もっと心地よく、精神的にも物質的にも満たされる社会の在り方を再検討する必要性が高まっています。

そこで、人の本性の社会性に関わる部分、特に正義や道徳の観点を、理解していくことが重要になりますが、実験を通じて仮説検証を行った書籍がありました。

モラルの起源~実験社会科学からの問い(岩波新書 2017年3月23日)

モラル、道徳特性が発揮できる社会

社会契約論のホッブズは、人は自然な状態において闘争状態にあると主張していますが、この書籍ではそれは決して人の本性ではないと言い切っています。

ただし、人を短絡的に善なるものとして捉えているわけではなく、冷徹に利己的に遺伝子を残してきた進化過程において、様々な特性を獲得してきたことを前提にして書かれています。

人は共感という機能を有しており、他者の痛みや喜びを自分事として捉えることができます。契約に基づかなくとも、お互いに役に立ちあい、高い信頼を形成し、生産性の高い集団活動を実施できる、社会的な動物であることが示されています。

そして、この高い社会性を保持するという人間特性は、二つの大きな課題を抱えています。

一つ目が、短期の利己的な活動の存在です。

人類誕生から、長年助け合いながら効用を最大化して集団生活をしている中で、何も集団に貢献せず便益だけを受け取ろうとする、いわゆるフリーライダーの存在は、集団全体を機能不全に落として入れてきました。

フリーライダーの存在は社会全体に対する害悪が大きいので、我々は難なく過度に利益を得ている存在を直感的に受け入れられません。小泉首相が指摘した郵政問題、小池都知事の都政問題はまさに、この人の本性に訴えた選挙活動になります。

社会主義はタダ乗り自由な制度になりやすいため、長続きができないのは必然です。反対に、公正な競争が担保された自由主義は、人間特性に合致していると言えます。

国家、宗教を超えるための功利主義

二つ目の課題はもっと根が深いのですが、情動的な共感は内集団に対してだけ発動する傾向にあることです

特にこれは男性に顕著なのですが、敵対している相手の悲しみは、自分の喜びとなる傾向すらあります。つまり、敵として認定した瞬間に共感性は発動しなくなり、争いは止まらなくなります。

国と国、宗教と宗教のような外集団との関係性構築は、とても困難です。

正義の反対は別の正義であるため、対立の宝庫です。ここでは、思いやりといった情緒に訴える方法では、全く問題解決を期待できません。

現存する唯一の解は「最大多数が最大幸福になる」という目的の設定です。

この目的への共通認識を外集団間で構築できれば、価値観を超えた協力が可能になります。

つまり功利主義です。

功利主義に基づいた活動では、大事故・災害などで同時に多数の患者が出た際に、手当ての緊急度に従って優先順位をつけるトリアージが有名です。

長期合理性に基づき、全体効用を最大化するという方針は、しっかり考えると合理的で好ましいものに思えるのですが、考えないと成り立たないので、功利主義の展開と実行には知性が求められます。

人類の知性の水準を高めることが前提となり、論理的に考える教育が重要になっていきます。

そして、情動的な共感を超えた共感、理性的に相手の立場に立って物事を考えられる知性、認知的な共感を有しているのは生物の中で人間だけで、人間を人間足らしめている特性になります。

外集団に対しても認知的に共感をしながら、長期的に幸せが最大化する論理的思考様式を身に着けていけるかどうかが、我々の未来を大きく左右していくでしょう。

最不遇を照らすロールズの正義論

トリアージの例からわかる通り、最大多数が最大幸福を目指すと、弱者を切り捨てる事象が発生し得ます。

弱者を切り捨て続け、多様性を減少させていくと、社会の安定性に問題が生じます。また、我々は、常に最悪の事態に陥ることを危惧し続ける心理特性を持っています。この特性は、人類が進化の中で、常に誰しもが最不遇になりえる可能性があったために発現したと考えられています。

この観点を克服する上では、ハーバード大学のロールズ教授が提唱する正義論、最も不遇の人の立場を思いやるマキシミン原理の考え方が参考になります。

最悪の事態でも悪くない状態を作ろうという姿勢は、 功利主義の最大の欠点とされる、少数者の犠牲の問題を克服できます。

誰しもが最悪の状況に陥ったとしても、人間らしく生きられる状況を社会の仕組みへ組み込めると、多くの人が抱える不安が解消されていき、寛容な社会が実現できるはずです。

自由主義、功利主義、正義論は、それぞれ人間の本性に合致した原理です。

これらを組み合わせ活用し、実践的な社会制度に落とし込めるとより幸福な社会が実現できるという希望の実感できる書籍でした。

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