話題にならない「地理必修化」だけれど、自分の命を守るためにも重要ではないかと、地理学を学んだ者として改めて思う、我田引水かもしれないけれど。
ウクライナ戦争が見せる新しい戦争の形(情報戦)
ロシアによるウクライナへの侵略戦争は、これだけ情報通信が発達したなかで勃発しているので、現地での生の情報が主にSNSを通じて流れてくる。そして、ロシアやウクライナに詳しい専門家や、軍事の専門家が、流れてきた情報をもとに自分の分析をSNSで流すという、これまでにない戦争をとりまく情報の在り方となっている。
中には亡くなった方の遺体が映り込んでいる映像などもあり、通常のテレビでは目にすることのないものまでが、インターネットでは広く見ることができるようになっている。
そしてウクライナのゼレンスキー大統領のように、インターネットメディアを巧みに活用した情報発信も行われ、地理的には局地的戦争ながら、ネット上では世界レベルでの情報戦になっている、と言ってよいだろう。日本語ですらも、自国の立場の主張を伝える投稿が双方の国とその関係機関や関係者から発信されている。
こうした情報の中には、プロパガンダとして必ずしも正確とは言えない情報が混在している可能性について留意しなければならない。第三者や中立な立場を装いながら一方当事者の立場を正当化する主張も見かけられる。また、悪意はなくても誤認に基づく情報が流されるケースもあるだろう。
このように情報があふれる中で、どれが正しいものでどれが偽のものであるかは、フェイクニュースの問題としてかねて取り上げられてきたことと同列の問題であり、改めてその難しさを感じさせられている。
特に映像の情報はその視覚的なインパクトが強いだけに間違ったものが流されるとそれによって大きく認識や判断を誤ってしまう危険性はあるだろう。
プロパガンダやフェイクニュースに対抗する手段としてのOSINT/GEOINT
こうした状況の中、ある場所の映像情報を正確な地理空間情報として位置づけることによって、間違った情報の拡散を防ぎ、意図的なプロパガンダの抑止力ひいては侵攻の抑止力となることを目指す取り組みが行われている。これは、GEOINT(Geospatial Intelligence 地理空間情報インテリジェンス)とよばれ、OSINT(オープンソース・インテリジェンス)の一分野・派生形、と理解してよいのだろう。
先日、GEOINTに関する報道関係者向けのワークショップが開催され、一般来場者も参加することができたので私も参加してみた。
当日の模様は既に YouTube で公開されている。ご興味のある方はぜひご覧になっていただきたい。
このワークショップに参加して改めて再認識したのは、身近なツールで様々な情報の正確性(の蓋然性)を容易に手に入れられる、ということである。
実際のワークショップで、Google Earth Pro を使った映像の位置の特定の方法について、実演と各自の演習が行われたのだが、慣れないうちは少し難しいものの、回数を重ねれば比較的容易で、特別な機器やソフトを使わなくても画像に正確な位置情報を与えうるのだということを理解した。動画では1時間20分過ぎから実演と演習があるので、それを参照しながらご自身でもトライしてもらえたらと思う。サンプルデータも公開されている。
また、冒頭に紹介したTwitter映像のように、戦闘自体にもドローンが広く活用されていることが伝わってくるのだが、GEOINTの活動の上でもドローンで撮影された映像が大きく寄与することも紹介された。ドローンで撮影された映像から作り出された3 D 映像は、2次元の画像に比べて非常にフェイクが作りにくいという利点がある、ということだ。爆撃された建物の様子を撮影したドローン映像から3 D 化された建物の様子が紹介されたが、まだ部屋の中で家財道具が燃えている様子までリアルに再現されている。見ていて、非常に生々しく心痛むものがあった。
感情的な問題は置くとしても、映像に正確な場所を特定する情報が与えられることで、情報自体の正確性・信ぴょう性に対して一定の保証を与えることができる。こうした活動は戦争の情報・状況を正しく伝えることに寄与するとともに、プロパガンダによる不正確な情報を排除する手がかりを与えるものになると期待できる。
そして、戦争に限らず、大規模な自然災害でもこうした手法を活用し、単なる映像ではない地理空間情報とすることによって、救助や被害拡大防止対策を立てる上で、一助となるような活用方法もあるのではないかと思う。
重要性を増す位置情報(緯度経度のデータ)
ワークショップでも指摘されたように、どうしても報道では映像は紹介されるものの、位置情報については省略されてしまう傾向にあるということだ。少なくても Web の記事であれば、そうした位置情報を付け加えて報道していくことは、紙のメディアに比べれば、さほど難しくないのではないだろうか。そうした情報を活用する人が増えてくれば、緯度経度の情報を QR コードなどの形でコンパクトに配置し、簡単に読み込めるようにするといった工夫も可能ではないかと思う。
なにより、こうした地理空間における情報を手がかりとしながら、国際問題への理解を深めることは、いわゆる地政学的な素養を養う上でも非常に大切なことではないかと思う。
なぜウクライナは日本にとって「ひとごと」では済まされないのか
日本は太平洋戦争に負け、航空機産業と地理学・地政学の芽が摘まれた、という。これは日本が再び戦争を仕掛けないようにという意図だったのだろうが、現在においては、日本は攻めることよりも周辺国から攻められる可能性の方がはるかに高い、というのが客観的な状況ではないだろうか。
私の個人的な理解では、ウクライナ戦争の動向は、日本の安全保障に非常に大きな影響があるのだが、そういう認識は多くの日本人の中ではあまり一般的ではないのだろう。SNS の書き込みを見ても、なぜウクライナがそんなに問題なのか、遠い場所の話ではないか、ロシアに降伏してしまえば被害も少なくなるのではないか、などの、他人事といった印象を受ける投稿を目にすることが少なくない。
しかし、今ウクライナを侵略しているロシアは日本と国境を接する国であり、北方領土という領土問題を両国が抱えていることは改めて言うまでもない。
また沖縄のすぐ先にある台湾が、中国との間で緊張が高まってきており、それもあってだろう、沖縄周辺の海域で中国の艦船が日本の領海に頻繁にはいり、時に漁船の操業を脅かす行動に出ていることも周知の事実である。
こうした状況を考えた時に、GEOINTの活動は非常に意義のあるものだと思う。たまたま、自分が大学で地理学を修めた関係で、日本における地理学のプレゼンスの弱さやそれに伴って生じる問題というのはかねて感じているところであったが、今回のワークショップで Google のサービスやドローンなどのテクノロジーが、自分の学生時代には実現していない概念に近かった GIS(Geographic Information System 地理情報システム) を飛躍的に向上させていることを改めて認識したとともに、地理情報を有効に活用する必要性を再認識した。
理解されていない、必修化された”超地味な「地理」”が果たす役割
ちょうど、今年度から高校で地理が必修化されることになった。日経新聞では記事が見当たらなかったが、この東洋経済の記事はポイントを押さえた良いものだとおもう。
この記事が指摘するように、地理の一般的なイメージは「超地味」なもので、地名を覚えたりその土地の産物や産業を覚えたりするといったものが普通の認識だろう。しかし、本来の地理学とは、フィールドワークを基礎とし、文系も理系もなく、人間が生きていく上でのすべての事象や課題を理解し解決する出発点となるものであると、大学で地理学を学んだひいき目もあるが、自分の経験からも私はそのように思っている。実際に、大学では「地理学は諸学の母である」と教えられて育った。社会人になってからも、ビジネスを進めるうえで、可能な限り現地に足を運び当事者に話を聞いて1次情報を収集したうえで判断・推進することも、地理学を学んだ時に身につけたお作法の名残なのだろう。
ただ、残念ながら理学部で地理学を修めて卒業する学生数は当時で8名。法学部は1年で800名が卒業することを考えると、法学部が1年で卒業させる学生数が地理学教室では1世紀かかる。
この状況が急に改善するとは思わないが、少しでも多くの方が改めて地理学の意義や役割について理解していただき、特に若い世代の方は、今後の人生で何をやるにしても地理学的素養があることが大きなプラスになる、ということをお伝えしたい。
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