従業員アクティビストは日本でも定着するか
一人の従業員からAmazonが変わった
変化の激しい時代の中で、旧態依然とした組織や制度が時代の流れと会わずに不具合が生じる事態が様々なところで見られる。そして、それは日本だけではなく、欧米でも同様だ。米国、それもGAFAであっても、時代の変化に対応し切れるものではない。
2020年、Amazonは気候変動対策を求める従業員グループを解雇した。マレン・コスタ氏とその同僚は、気候変動対策を求める従業員の組織「Amazon Employees For Climate Justice」を設立した。従業員8700名から署名を集め、経営陣に公開書簡を送るなど、2019年から本格的に活動を開始した。コスタ氏は、2019年秋にAmazonが2040年までに温暖化ガス排出を実質ゼロにする『気候変動に対する公約』を掲げたことは、自分たちの活動による従業員のプレッシャーが大きな影響を与えたと語る。
このような活動は、組織の在り方を大きく変える契機となり得る。それは、従業員個人が声を挙げて社会から賛同を得ることで、たとえ世界的な大企業であっても無視できない声となることだ。SNS社会において、このような声を抑圧したり、規制したりすることはできない。そのようなことをすると、SNS上で炎上し、企業の社会的評価と評判が棄損するリスクが大きすぎる。個人が声を挙げる権利に対して、経営陣は真正面から向き合うしかない。
原則として、企業が将来のためにどのような方針を選択するかは経営課題であり、経営陣が意思決定することだ。そして、従来の組織の在り方では、従業員は経営陣の決めた方針に従うものであり、それに対して意見申し立てすることはご法度だった。
もちろん、従業員が経営陣に対してモノを言う仕組みはある。代表的なものは労働組合であり、コンプライアンスを守るために内部告発をした従業員を保護する仕組みも、先進国の企業であれば様々な面で整備されている。
しかし、既存の仕組みは労使関係や法令順守に対して従業員が団体を通して経営陣に意見を伝えるものであって、企業そのものの在り方や価値観に意見を言うものではない。加えて、個人の活動ではなく、団体の活動だ。
コスタ氏と同僚の活動は、個人レベルの活動から端を達している。そして、Amazonという巨大企業の在り方に対して意見を言うものだ。そこは従業員が経営陣に意見を伝える既存の仕組みとは一線を画すものだ。
従業員アクティビストとは
日経新聞の引用記事にあるように、コスタ氏と同僚のような企業の社会課題に対する姿勢を問う活動を行う個人のことを従業員アクティビストという。厳密には、英語圏では「従業員アクティビスト」という単語はあまり目にせず、「従業員行動主義(Employee Activism)」という単語で使われることが多い。
「従業員行動主義」という言葉は、米国のハルトインターナショナルビジネススクール教授のメーガン・レイツ氏の著書『Speak Up』(2019年、Pearson)で取り上げられたことで広く知られるようになった。
「従業員行動主義」の定義は、従業員が自分の勤める企業に対して、関係のある社会的問題に取り組むために協調して働きかけることと言える。
気候変動などの社会的問題は、企業の経営陣よりも従業員個人の方が問題意識を持ち、それに取り組みたいと強い意志を持つことがある。これは、経営陣は事業を継続させることの重要度が高いために、積極的に取り組もうというより、時代の趨勢が決まるまで静観したいと判断しがちなためだ。特に、社会問題へ取り組むことは、収益性に問題があったり、事業のコストを増やして生産性の低下に繋がることもなりかねない。
一方、企業で働く従業員個人にとって、社会的問題は直接悪影響を被る身近な課題だ。先述したAmazonのコスタ氏が取り組みを始めた契機は、子供の存在だ。自分の子供の未来を考えたときに、気候変動に対する活動に協力的ではない企業の在り方を受け入れることはできなかった。また、"Black lives matter" のように人種差別に対する問題に対して、自分の企業が多国籍に事業展開をしているのにも関わらず、何も意思を表明しないということは恥ずべき行為だと感じる従業員も少なからず出てくる。
従業員個人が持つ社会的問題に対する意識を埋もれさせず、表に出して、企業経営に活かすことが求められている。特に、世界で事業展開をしていたり、社会的影響力の大きな大企業では重要だ。
日本企業にも従業員アクティビストは埋もれている
自分のキャリアを考えたときに、もっと社会的課題の解決に貢献したいと考えている従業員は日本企業にも数多くいる。中には、社会的課題の解決に取り組みたいと企業を離職して、起業することもある。
例えば、2021年にリクルートを退職し、石川県加賀市で自然栽培農家として株式会社にちにち好日を立ち上げた長谷川琢磨氏は「子供たちに希望ある未来を残すために」という思いで農業の世界に身を投じた。長谷川氏は、30代でリクルートではホールディングスやグループ会社の経営企画で活躍するほどの人材だったが、そのキャリアを捨てて、日本の農業を守り、子供達の未来を作る活動に取り組んでいる。
社会的問題の課題解決のために企業を辞めて起業をするほどの従業員は稀だろう。しかし、同じように社会的問題に強い思いを持つ従業員は少なくない人数が組織内に潜在している。このような従業員の声を引き出し、企業として支援することは、企業のレピュテーションを高めるだけなく、従業員のエンゲージメントを高めることにも繋がる。
また、そこから新しいイノベーションが生まれる可能性も無視できない。米国発のスニーカー製造のユニコーン企業であるAllbirdsのように、環境負荷の低減を重要視し、事業展開をしてきたことで「環境負荷に配慮した靴市場」という新しい市場を創造したケースもある。
日本企業の中で眠っている従業員アクティビストの声を "Speak Up"させることは、時代の変化に遅れることなく組織のアップデートを促し、更にイノベーションを生み出す組織作りの有効な手段なのだ。