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「蚊帳の外」に置かれる日本円~史上最低の取引高~

円独歩安の状況
為替市場はドル相場の軟化が目立つ状況が続いています。とはいえ、ドル売りが先行する状況にあってもドル/円相場が下落する兆候はなく、円独歩安の機運が強まっています。年初来の対ドル変化率に関し、主要通貨の現状を見たものが下図です:

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現状、対ドルで下落している通貨の方が珍しい状況ですが、そのような通貨の中でも円の下落幅は突出しています。また、下落している通貨の殆どが経常黒字国であり、「需給が評価されにくい相場環境」ということも分かります。片や、カナダドルや英ポンドのような経常赤字国でも大きめの上昇幅を実現しているのは、やはりワクチン接種率と経済正常化への期待値が高いということの表れなのでしょう。英国はインド変異株の感染拡大が懸念され、6月21日の完全な行動制限解除が延期される可能性が高まっているものの、6月1日には昨年7月以来の「死者ゼロ」が報じられました:

ワクチンにより日常が復活しつつあるのは間違いないのでしょう。為替市場はそこを素直に評価しているのだと思います。また、IMM通貨先物取引における対ドルポジションを見ても、対ドルで大幅に売り持ちされているのは円だけであり、円独歩安というフレーズがしっくり嵌まります。

「史上最低の取引高」と強まる「蚊帳の外」感
4月以降の明確なドル売り地合いでもドル/円相場が堅調を維持したという事実は「買い戻す価値がない」と整理されていることの裏返しでしょう。3月の政策点検を経て日銀の「次の一手」は「黒田総裁退任まで現状維持」という目線すら出ています。元々動かない円金利はさらに動かなくなりました。また、他の先進国では高いワクチン接種率を背景に行動制限解除が話題となっていますが、日本では緊急事態宣言が繰り返され、4~6月期全てが緊急事態という状況に陥ってしまいました。今期のマイナスを受け、日本だけがテクニカルリセッションに陥ることは確定的です。もちろん、ここにきて日本でもワクチン接種率が高まり始めていますし、それ自体は朗報です。

しかし、金融市場はあくまで相対的な評価が物を言う世界です。日本が今の欧米並みのワクチン接種率に辿り着く頃には、それはもう市場のテーマではなくなっており、資産価格には影響しないでしょう。足許の接種ペースを前提にした場合、集団免疫獲得に必要とされる接種率(70%)に到達するのは英国で今年8月、米国やドイツで今年10月と言われています(日本経済新聞電子版『チャートで見るコロナワクチン世界の接種状況は』を参照):

その段階に至れば、ワクチン接種率への関心は薄れ、マスク着用義務の解除や大規模イベントの再開、ワクチンパスポートの稼働などにトピックが移るのではないでしょうか。金融政策は量的緩和の段階的縮小(テーパリング)を筆頭に出口戦略の「可否」ではなく「時期」が話題になるはずです。その傍らで日本は引き続き行動制限を被っている可能性が否めません。

こうした彼我の差は年初から常にテーマ視されてきましたが、年後半にかけてさらに可視的になり、社会全般で話題になるでしょう。もちろん、ワクチンの開発・調達・接種の遅れを今さら嘆いても詮無きことではあります。しかし、市場参加者からすれば今後の経済格差拡大が高確率で見えている以上、わざわざ話題性に乏しい円を取引する理由はありません。この際、買う理由だけではなく売る理由にも乏しいという点がポイントです

現状は悲惨でも日本は30年連続で「世界最大の対外純資産国」であり、多額の経常黒字、過去1年では多額の貿易黒字も常態化しています:

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このような通貨を一方的に売り進めるのも憚られる面はあるでしょう。結局、買い戻す理由もなければ、売りを積み上げる理由もないというのが今の円の立ち位置と見受けられます

これは取引高に現れています。ドル/円相場のスポット取引高は1~5月合計で827億ドルでした。同期間について過去5年平均を見ると1371億ドル、過去10年平均では1687億ドル、過去20年平均では1850億ドルです。過去10年平均の半分以下にまで取引高が落ちている背景に、緊急事態宣言の常態化に伴い在宅勤務率の上昇などが寄与している可能性もありますが、取引する理由に乏しいという事情もあるのかもしれません:

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理由はどうあれ、為替市場全体で起きていることから円が「蚊帳の外」に置かれているという印象は否めず、今年も値幅の出ないレンジ相場に収束する公算が大きくなっているように見受けられます。

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