ミャンマーへ、祈りに代えて
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ミャンマーへ、祈りに代えて

2019年の11月13日から三日間、写真仲間と一緒にミャンマーを回ってきました。世界がまだコロナを知る前、まだ世界を自由に動き回れた頃の話です。たった1年半ほど前なのに、大昔に思えます。

さて、今日の文章に関しては、写真を中心に、ちょっとした旅行記みたいなものにしたいと思っています。書きたいことは最後に書きますね。

11月13日は、その直前に回っていたタイからの移動日でした。タイのチェンマイから、目的地であるミャンマーのバガンへは直行便は出てないので、一度ヤンゴン空港で乗り換えが発生します。そこでまずは、アジアらしい光景を見ることになります。もともと3時間ほどの待ち時間に、何事もなかったかのように1時間の遅延が加わり、空港の中は気だるい雰囲気に。

2分でも電車が遅れると怒り出す人もいる日本の通勤電車を見ていると、まるで違う星に来たかのようなのんびりとした感覚。

空港職員さんだって、ほら、この通り。

あんまりぐっすり寝てたのが面白くて、思わず写真に撮っちゃいました。こんな光景は日本じゃ見られないですよね。

さて、4時間の待ち時間の後、無事に出発はできましたが、今度は機内で不測の事態。ヤンゴンからバガンまでは直行便ときいてたのに途中でどこかの空港に着陸。アナウンスもなかったはずで、最初間違えて降りそうになりました。

これ、もし僕降りてたら、その後どうなったんだろう、、、そんなこんなで、バガンに到着したのは夜の21時を回った頃だったと記憶してます。空港は真っ暗!!!日本の地方空港なんて目じゃないわけです。ミャンマーはアジアで最貧国の一つと言われていますが、多分それは基礎的なインフラに現れてくるのでしょう。だって、写真撮るの諦めちゃって、記録が残ってないくらいですから。

でもその後繰り出したバガンの中央通りは、活気に満ち溢れてました。

首長族のおばあちゃんに写真を撮らせてもらったり、

マイクロバスにぎゅうぎゅうづめで乗ってた出稼ぎっぽい女の子たち、

赤ちゃんを抱えて満面の笑みを見せてくれたご家族、

カフェのキュートな給仕さん。

僕はもちろんミャンマー語は一切話せないんですが、でも身振りと「カメラオッケー?」の一言で、みんな驚くほど嬉しそうに写真に写ってくれました。今見返しても、みんないい顔してる。元気にしているんだろうか。

こうして初日は、大したトラブルもなくバガンにこられた喜びをみんなで分かち合って、深夜までミャンマーの市場で飲み明かして終わりました。

そんな数時間後、二日目は早朝から行動開始。前日の疲れと酔いが残ったまま(これは滞在中ずっと同じパターンが続くのですが)、朦朧とした気分でバルーンの搭乗口に到着します。

そう、この日の朝は、バガン名物の市内バルーン観光を準備していました。空から見るバガンの遺跡群は、圧巻の一言!!

終わった後には、凄腕のミャンマー人ガイドさんに、普通の旅行者では絶対に入れない、ディープインサイド of Baganに連れて行ってもらいました。

小さな小さな集落で出会ったお母さんとお子さん。

おうち入れてもらったら最初は大泣きで、

でもお母さんが近くに来たら、すぐににっこりしてくれて。

外に出てみると、母娘二人で糸紡ぎを見せてくれたんだった。この娘さん、カメラが怖いのか、ちょっと遠くからしか撮らせてくれなかったんですよね。

もう一つの集落に行くと、精悍な青年が牛飼いをしている場面に遭遇。まるで絵の世界だなあと思わずシャッターを切る場面が、数分ごとにやってくるんです。

彼は今も、バガンの青空の下で牛飼いをしているのでしょう。

集落の中に入ると、おじいちゃんと一緒にタバコ吸ったり(吸えないけど)

お昼ご飯を食べる少年のとても静かな姿に胸を打たれました。

集落の皆さんにお礼を告げて、街中に戻ります。ミャンマーは敬虔な仏教徒の国。たくさんの仏教寺院や仏教徒の姿を目にしました。

旅はまだまだ続くので、あまり詳細にバガンのことを書いていると、本当にただの旅行記で終わってしまいそうです。

最終日、見事なほどに美しく焼けた朝に、

バルーンが浮かぶ姿を見た後、

僕らは帰路に着くため、再びヤンゴンへと飛びます。ヤンゴン市内で過ごせるのは、わずか数時間。でもその間に、少しでもミャンマーの中心部を見ていきたい。そう思って、睡眠不足で鉛のように重たくなった体と頭を引きずって市内に出ました。今思うと、この時、無理をしてでも撮影に出ておいて、本当に良かったと思うのです。


街は活気にあふれていました。街角では、鋭い眼光のおじさまたちが、スマホをいじりながらお茶の時間。ちょっと怖かったけど、「カメラオッケー?」と聞いたら、ちゃんとこっちを見て写ってくれました。背面液晶に写ったおじさんたちの写真を見せた時、ニヤッと笑って親指を立ててくれた顔を今でも思い出せます。その顔の方を、僕は写真に収めたかった。今、切実にそう思います。

街の路地では、京都の先斗町くらい細くて狭い街路に、わんさと人が集まってました。そこを掻い潜りながら、「カメラオッケー?」だけで切り抜けていく快感!そして見せてくれる笑顔や仏頂面!

彼らは僕のことなんてもう全く覚えていないでしょう。でも、僕はこうやって時々写真を見返すと、あの時の一瞬一瞬を全て思い返します。そして今、ミャンマーの政情が劇的に悪化する中、おそらく僕が歩いたこの路地にも、銃弾に倒れ、血に塗れ、日々の生活を奪われた人々の恐怖と不安と怒りが充満しているんだろうと、ニュースを見るたびに心が締め付けられます。あの時、そんな様子はほんの一欠片もなかった、この元気な市場にも、暴力が吹き荒れています。

先日は、家の周りで遊んでいた子どもさんが、軍隊に撃たれて亡くなったというニュースを見ました。

ヤンゴンで撮った最後の写真は、この2枚です。

ご家族でヤンゴンにいらっしゃってた、お母さん、子どもさん、おばさんやおばあちゃん、そして赤ちゃん。

彼らが今、どんな気持ちで過ごしているのか。それを思うたびに、何の力もない自分に何ができるのか、途方に暮れます。ただ、途方に暮れながらミャンマーを旅した時の写真を見返すと、僕がこの写真を撮った時のミャンマーには、笑顔があふれていたということに気がつきました。

写真を撮る余裕、笑顔を見せる余裕。街の中を歩く自由、言葉が通じなくてもなんとかなるだろうという安心。これら全て、暴力を背景に推し進められる狭隘な「正義」や「権力」の近くには決して生まれない「余白」の中で培われるものであるはずです。

僕ら力のない一般人が、デモや抗議活動はできないまでも、何かできるとすれば、それは「余白」を作り出すことではないか、そう思うのです。法が暴走し、正義の価値が揺らぎ、暴力が世界を覆うとき、声を上げるというのはなかなか難しいものです。そんな中で、今まさに凄惨な暴力に苦しむ人々のために何ができるのか。僕のように弱い人間でもできることは、記憶がなくならないこと、記録が失われないこと、記憶と記録の両方には、かつて笑顔があったこと。笑う余裕があったこと。それらは決して損なわれていないと示すこと。これらを思い出す「余白」を作ること。その余白こそが、声を出さずとも出来る抵抗の一つだと思うのです。

歪んだ正義も暴力も入り込めない、人間の心の「余白」の中で、わずかでも自由を感じる。そのような場所が増えることこそ、恐怖によって人々の想像力を抑圧しようとする人間たちが、最も恐れるものであるはずです。ジョージ・オーウェルの『1984年』で、ウィンストンがビッグブラザーの目を盗んで最後まで大事にしたのが、古道具屋で買ったなんでも書ける白いノートでした。抑圧されているものは「余白」に救いを見出し、抑圧するものは「余白」を恐れる。芸術が作り出せるのは、究極的にはそうした空間ですし、芸術に限らず、おそらくほんの少しの「思い出」を語るだけでも、その総量はどこかの誰かを逃す空間を作れるかもしれない。

そう思って今回の記事と写真を作成しました。

彼らとわずかな時間交わった僕の記憶と記録の中に、ミャンマーの美しさが失われることなく残っています。僕のような個人にできるのは、せいぜいこのくらいです。

だからこそ、大きなメディアにはさらに強い声をあげてほしい。政治が絡むと、急に何もできなくなるのがこの種の国際的な問題です。特に戦争ではなく内戦だと、内政干渉になるのか動きが鈍い。頼みの綱の国際連合は、実効的な策を何一つ打てない状況にあって、今まだ大きなメディアには、できることが残されているはずです。その力を見せてほしいと願って、今日の記事を終えます。

最後に一つだけ、付け加えさせてください。どのような正義でも標榜可能ですし、正義とは単なる価値観の差でしかないというのが僕の信条です。でも、一つだけ。子どもを銃で撃つ集団があるとするならば、その集団の掲げる如何なる言説も、純粋な悪であると僕は言います。それは悪なんです。

遠い日本の空から、祈りに代えて。

#Myanmar #PrayForMyanmar


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別所隆弘

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今日もお疲れ様でした
フォトグラファー。アメリカ文学研究者。滋賀、京都を中心とした”Around The Lake”というテーマでの撮影がライフワーク。インスタはこちら: https://www.instagram.com/takahiro_bessho/